『己が己であるために』
「くそっ!」
小さいながらも鋭い悪態をつきながら夜明は道端に転がっていた小石を蹴り飛ばした。数秒後、自分のやった事に自己嫌悪を覚えてへこむ。この一連の流れを夜明は朝からずっと繰り返していた。部室には顔を出していない。胸の中がもやもやしてて、とても行く気分にはならなかったのだ。
「どうしたいんだよ俺は……」
公園のベンチに座り込みながら夜明は顔を両手で覆う。昨夜、太陽に言われた事はそれ程夜明にダメージを与えていなかった。言ってる事の筋は通っているし、自分が弱者だということも重々理解している。なのに、気分は晴れやかではない。己の心中が分からず、夜明は苛々を募らせていた。
「あぁ、分かんねぇ!!」
立ち上がり、絶叫した夜明の視界に金髪が映った。そっちに視線を向けてみると、見知った顔と目が合い驚く事になる。
「アーシア?」
「夜明さん?」
夜明の向かいの席に座ったシスターは包み紙で覆われたハンバーガーを珍しそうにまじまじと見ていた。
「こうやって食べるんだよ」
「おぉ、そうやって食べるんですか!」
手本に一回食べて見せると、アーシアは目をキラキラ輝かせながら感嘆の声を上げた。昼食時だったので、二人は繁華街のバーガーショップへと足を運んでいた。可愛らしいシスターがいるということもあり、店内にいる客の全員がアーシア、連れの夜明に視線を向けている。
(何だかなぁ)
視線が集まり、居心地が悪くなってきた夜明はハンバーガーに小さく齧り付いているアーシアを見た。さっき、公園で出会った時は明らかに何かに怯えていた印象を受けたが、こうやって何かを食べているところを見ると、ただの杞憂だったのではないかと思える。
「(聞くのは……野暮ってもんだな)アーシア。この後って時間あるか?」
「むぐむぐ……はい、ありますけど」
「だったらこれから俺と一緒にどこか行かないか?」
「ふぇ?」
その後、バーガーショップを出た夜明はアーシアの要望に従い、街にある一番大きな百貨店へとやって来ていた。
「ここが街で一番でかい百貨店だな。老若男女の要望、何でもお応えしますがキャッチフレーズだったかな……ってアーシア?」
ふと、隣りを歩いていたはずのアーシアが居なくなっている事に気付く。慌てて周囲を見回してみるも、それらしき影は無い。
「何してんだよあいつは……!」
小さく舌打ちし、夜明はアーシアを探しに走り出す。幸いというべきか、金髪のシスターなんて物凄く珍しいのから即行で見つかった。人だかりが出来ているペットショップを覗き込む。そこには案の定、金髪シスターの姿が……。
「アーシア。お前、何やってんだ?」
「あ、見てください夜明さん! この子達、凄く人懐っこいんですよ!」
ペットショップ内で放し飼いになっている子犬を抱き上げ、アーシアは瞳を輝かせる。ここまで嬉しそうにされると何も言えない。。夜明がため息を吐き、呆れたように額に手をやっていると他の子犬達もアーシアに抱っこしてくれと群がり始めた。
「え、ちょ、ちょっと待ってくだわきゅきゅ〜」
哀れ、アーシアは子犬たちの山の中に……。もう一度大きく息を吐き出してから夜明は子犬の山に手を突っ込み、目を回しているアーシアの首根っこを掴んで引きずり出した。
「あ、ありがとうございましゅ〜」
「はぁ。頼むから勝手にいなくならないでくれ。心臓に悪い」
「すみません。でも、こうやって誰かと一緒に買い物に来たのって初めてで、舞い上がっちゃいまして」
照れたような、でも嬉しそうな表情を浮かべるアーシア。そんな顔をされては言葉が出てこない。夜明は三度ため息を吐く。しかし、その表情はどこか優しげだった。
「疲れた……」
「す、すみません……」
あの後、夜明はひたすらアーシアの好きにさせていた。初めての百貨店にテンションが上がってしまったアーシアは無尽蔵の体力を持つ小動物のように百貨店内を動き回っていた。一時も離れずにアーシアを見守り続けるのは至難の業であった。百貨店を出た後、ベンチに座り込んでいる夜明にアーシアは申し訳無さそうに謝る。
「まぁ、気にすんなよ。俺が好きで付き合ってたんだし……いっつ」
不意に鈍い痛みが走った。昨夜、フリードに斬られた傷が痛んだのだ。
「あの、夜明さん。大丈夫ですか? もしかして昨日の……」
アーシアの顔が曇る。さっきまで浮かべていた陰のなかった顔に陰を生ませてしまったことを夜明は内心で後悔する。大丈夫だ、と言おうとするも、その前にアーシアが意を決した表情で夜明の服に手をかけた。
「傷、見せてもらってもいいですか?」
「え? あぁ、別に構わねぇが」
アーシアの言うとおりにシャツを脱ぐ。上半身裸になった夜明にアーシアは赤面するが、すぐに夜明の右肩から腰にかけてまで残っている切傷の跡に痛ましそうな表情を浮かべる。その部分にアーシアが手を当てると、柔らかで温かな光が傷を照らした。
「……これでどうでしょうか?」
アーシアが手を離すと、傷跡は綺麗さっぱり無くなっていた。試しにその場でバク宙を決めてみるが、傷は全くと言って良いほど痛まない。
「全然痛くねぇ。アーシア、凄いなお前。これって神器(セイグリッド・ギア)の力だよな?」
「はい、そうです」
「実は俺も持ってるんだよ、神器(セイグリッド・ギア)」
そうなんですか? と目を丸くするアーシアの目の前で夜明は神器(セイグリッド・ギア)を展開させた。蒼、白、蒼銀の翼が広がり、微風がアーシアの頬を撫でる。アーシアは眼球を零さんばかりに目を見開いて驚愕を露にしていた。
「……夜明さんは天使なんですか?」
「いや、生粋の人間だよ。あの白髪神父にも同じこと聞かれたなそういや……」
しかし凄いよな、と夜明は直剣を創り出しながら呟く。
「俺の神器(セイグリッド・ギア)はこうやって物を創り出すことしかできない。でも、お前の神器(セイグリッド・ギア)は傷を癒す事ができる……お前にピッタリの優しい力だな。ってアーシア?」
ふと見ると、アーシアの頬を一筋の涙が伝い落ちている。涙は止まる事を知らず、終にアーシアはその場に座り込んで咽び泣き始めた。アーシアが泣く理由が分からずオロオロする夜明に彼女は話して聞かせてくれた。「聖女」に祭り上げられた少女の末路を。産まれてすぐに親に見放され、教会と孤児院を兼ねてやっていた施設に拾われた。
聖女と呼ばれるターニングポイントは彼女が八歳の時。負傷した子犬の怪我を不思議な力で治したところを偶然、教会のものに見られたのだ。以降、彼女はカトリック教会本部に連れて行かれ、「聖女」として担ぎ出された。信者に加護と称して傷を治す。噂はあっという間に広がり、多くの信者から彼女は崇められた。
別段、その事に不満は無かった。待遇は良かったし、人の傷を治してその人が喜ぶ姿を見るのも嬉しかった。だが、同時に寂しかった。友達がいなかったのだ。確かに周りの人間は彼女を大事にしてくれる。しかし、それは彼女が彼女だからではない、彼女が「人を治療できる生物」だったからだ。
再び彼女は転機を迎える。偶々見かけた悪魔を力で治療してしまったのだ。八歳の時のあの日と同じようにその光景も目撃されたのだ。以来、彼女の扱いは一変する。「聖女」から「魔女」に。呆気なく教会から放り出され、行き場をなくした彼女が行き着いた先は堕天使の加護を受けたはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)の組織。
「きっと、私の祈りが足りなかったんです」
そう彼女は、アーシアは締めくくった。無言で彼女の言葉に耳を傾け続ける夜明。
「これは試練なんです。ダメダメなシスターな私への、主が与えてくれた。今は我慢の時なんです。試練を終えたら、きっとお友達もたくさん出来ると思いますよ。私、夢があるんです。お友達と一緒にお花を買ったり、本を読んだり……おしゃべりしたり……」
彼女自身、自覚があるのか分からないが、頬をまた涙が流れていた。彼女の夢はとても些細なものだ。人が当たり前にやっている些細な事が、彼女にとっての夢……。
(神様よぉ。手前の愛ってのは何だ? こんな心の清らかな子をクソふざけた環境に追い詰め、些細な事を夢と言わせるのがお前の愛か? だったら俺はお前を全否定してやる……!)
終始、一貫してアーシアの話を無言で聞いていた夜明はいきなりベンチから立ち上がった。驚きと戸惑いが入り混じった表情を浮かべるアーシアに手が差し出される。
「俺と一緒に来い」
「え?」
「お前の夢、全部俺が叶えてやる。お前の試練も俺が終わらせる。お前を取り巻いているクソみてぇな状況もぶっ壊してやる。だから俺と一緒に来い」
いきなりそんな事を言い始めた夜明にアーシアは戸惑いの色を強くする。何で、と声を出さずに問われ、夜明は力強く答えた。
「友達の幸せを願って、友達を幸せにしたいと思って何が悪いんだよ」
「ともだ、ち?」
「あぁ、友達だ。少なくとも俺はそう思ってる。今日、一緒に話した、歩いた、遊んだ。それだけで友達と呼ぶには十分なはずだ。綺麗な花が置いてある花屋も紹介してやるし、お勧めの古本屋にだって連れて行ってやる。俺の好きな本を貸すのだっていい。今度、またどこかに行こうぜ。な?」
月光夜明は女性に対して免疫が無い。故にこういう場面、どのような言葉を女性にかければ良いか分からなかった。それでも彼は自分の心を言葉にして精一杯アーシアへと伝えた。
「夜明さん。私、世間知らずです」
雫が零れそうなアーシアの目元を優しい手つきで拭う。
「これから俺と一緒に覚えていけばいいさ。まぁ、俺も常識人かって言われたら首捻るところだけど」
「日本語も文化も分かっていません」
「俺が教えてやるよ。何から知りたい? 侍、寿司? インターナショナル万歳!」
「友達と、何を、話したらいいのか、分かりません」
「おいおい。今もさっきも俺と話してたじゃねぇか。お前、一々考えながら俺と話してたのかよ?」
「夜明、さん……こんな私でも、友達を、作れますか?」
「作れるに決まってるじゃねぇかアーシア! お前は、お前はこんなに優しいんだから!」
肩を震わせるアーシアを抱き寄せる。出来る限り優しく、でも離さないという意味を込めて腕の力を強くしたその時だ。
「無理よ」
第三者の声が介入してきた。夜明はすぐさま戦闘態勢に入り、アーシアを背中に庇った。アーシアは目に見えて分かるほどに怯えている。
「天野夕麻……!」
「驚いた? それにしてもその羽は何? 天使の真似? それともまさか貴方の神器(セイグリッド・ギア)? だとしたらとんだお笑い草ね」
「レイナーレ様……」
女堕天使。夜明にとっての天野夕麻をアーシアはそう呼んだ。
「へぇ、やっぱり堕天使だったのかよ」
「人間如きが私に気安く話しかけないでちょうだい」
あらら、釣れないと軽口を叩きながらも夜明は天野夕麻、レイナーレへの視線を揺るがせない。寧ろ、鋭くさせていっている。夜明など最初(はな)っから眼中に無い様子でレイナーレはアーシアへと話しかけた。
「何度も言わせないでちょうだいアーシア。貴方の神器(セイグリッド・ギア)は私達の計画に必要なの。余り迷惑をかけないで」
「嫌です……私は、戻りたくないです。夜明さん……」
「了解した」
右腕を地面と水平に伸ばし、三対の翼を広げる。夜明の威嚇行動にレイナーレは嘲笑を以って応える。
「威嚇の心算? 勘違いしているようだから言っておくけど、貴方の神器(セイグリッド・ギア)は『龍の翼』と呼ばれる、所有者に高度な飛行能力を与えるだけのものよ。貴方如きが堕天使の私に勝てるような力を秘めてるものではないのよ……目障りよ、消えなさい」
光の槍を出現させ、射出する。文字通り、光速の速さで迫るそれを夜明は翼を一閃させるだけで打ち砕いた。多少、焦げた翼の先を気にしながら夜明はレイナーレに視線を戻す。
「それで?」
「っ! 人間風情がぁ!!」
再び光の槍がレイナーレの周囲に現れる。その数三本。放たれる前に夜明は蒼銀の直剣を両手に顕現させた。光の槍二本を直剣で斬り裂き、最後の一本は翼で打ち砕く。目の前の光景が信じられないのか、口を半開きにしているレイナーレから視線を外さずに夜明は背後のアーシアに話しかけた。
「アーシア。俺が通ってる高校、駒王学園までの道のりは分かるか?」
「え? は、はい。うろ覚えですけど」
「そこの旧校舎、二階の一番奥にオカルト研究部ってプレートがかけられた部屋がある。そこに匿ってもらえ。中には俺が主と仰ぐ悪魔とその仲間達がいるはずだ。お前はシスターだけど、俺の名前を出せば多分守ってもらえる」
「夜明さんはどうするんですか?」
「あの堕天使女ぶちのめしたら追いかける。早く行け」
それでも尚、アーシアはレイナーレと夜明を何度も見比べていた。行け!! と夜明に大声で怒鳴られ、やっとアーシアは公園の入り口に向かって走り出す。
(こいつの口ぶりから考えるに、アーシアは重要な存在。あいつに攻撃する事は無いはず)
少なくとも夜明はそう踏んでいた。レイナーレもアーシアが走り出したのを見て焦りの表情を浮かべるが、すぐにそれは邪悪な嘲笑へと変化する。
「(何だ……まさか!)アーシアぁぁ!!」
夜明が叫ぶのと、レイナーレがアーシアに向けて光の槍を作ったのはほぼ同時だった。振り返り、足を止めたアーシアに向けて走り出す。
(間に合えぇぇぇぇ!!!!)
アーシアを守るように立った夜明の腹部を光の槍が貫通する。呆然とするアーシアの眼前で夜明は膝を突き、その場に倒れ伏した。
「夜明、さん? ……夜明さん、夜明さん!」
泣き出しそうな表情でアーシアは夜明の身体を揺する。大丈夫だ、と答えようとするが口の中が血で一杯なので声を出せない。安心させるようにアーシアの頭を撫でながら夜明は腹に突き刺さった光の槍を掴んで引き抜こうと力を込めた。
「ふふ、想像通り。貴方みたいな人なら絶対にアーシアを庇うと思ってたわ。ここでアーシアを守らずに私を殺りに来てたら何もかもが終わってたけど……人間って本当に扱いやすいわね」
「手前……」
引き抜いた光の槍を投げ捨て、こちらに歩み寄ってくるレイナーレを睨む。不思議と身体に痛みが無いのはアーシアが神器(セイグリッド・ギア)で治癒してくれているからだ。
「さっきの武器を創造したのには驚いたけど、所詮はこの程度ね。アーシア、貴方の神器(セイグリッド・ギア)、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』はこの人間に宿っている神器(セイグリッド・ギア)と違って稀少なものなの。まだ駄々をこねるようなら、この人間を殺すわ」
「ふざけ「分かりました」アーシア!!」
己の命を人質にするレイナーレの交渉を蹴ろうとするが、それよりも早くアーシアが交渉に応じてしまった。傷は完治したが、まだ立てずにいる夜明へとアーシアは笑顔を向ける。
「夜明さん。今日は一日ありがとうございました。本当に楽しかったです」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
(違う! 俺が見たいのはそんな笑顔じゃないんだ!!)
「いい子ね、アーシア。人間、この子のお陰で生き延びたわね。次、邪魔をしたら今度こそ殺すわ」
アーシアを抱きかかえ、レイナーレは漆黒の翼を広げて飛び上がり、空の彼方へと消えていった。レイナーレの姿が見えなくなったところで、漸く夜明の身体は動けるようになった。ゆっくりと起き上がりながら夜明は己の手を凝視する。
(ありがとうよぉ、堕天使。お前のお陰で俺が本当にやりたいことが漸く分かった)
腸は煮えくり返、頭の中はぐらぐらに沸き立っているが、夜明の芯とも呼ぶべき部分は異常なまでに冷めていた。
「俺がやりたい……いや、やらなきゃいけないこと」
パン! と乾いた鋭い音がオカルト研究部部室に響いた。音の発生源は夜明の頬、それとリアスの平手だった。険しい顔でリアスは夜明に告げる。
「何度言えば分かるの? ダメなものはダメ、あのシスターの救出は認められないわ」
部室に戻ってくるなり、開口一番夜明はアーシアを助けに行くと全員に告げた。当然、主であるリアスは怒るわけで、こうして夜明は平手を受けることと相成った。
「そうすか。んじゃ、報告もすませたんで俺は教会に行ってきます」
「……冷静になりなさい、夜明。今の貴方は頭に血が上って酷く短絡的になっているわ。行けば確実に殺される、それが分からない貴方じゃ無いわよね?」
諭すようなリアスの口調に夜明は機械的に返す。
「殺されませんよ、絶対に。俺の行動が皆に影響するというのなら、今すぐに俺を眷属から外してください」
「そんなこと出来る訳ないでしょう! 何で分かってくれないの!?」
リアスの叫ぶような声。漸く夜明は部室に入ってきてから感情の籠った声を発した。
「分かりたくも無い……悪魔側だとか、堕天使側だとか、そんなクソ下らない理由で目の前で苦しんでいる友人を助けちゃいけない事情なんて、分かるつもりもないし分かりたくも無い!!」
目を爛々と輝かせ、唾を吐くような勢いで夜明は吼える。一瞬、夜明の迫力に圧され全員が黙り込む。いち早く正気に戻ったリアスは再び夜明の頬に平手しようとするが、横から伸びてきた手によって妨害された。
「離して太陽!」
「落ち着けリア。お前こそ、頭に血が上りすぎだ」
リアスを朱乃に任せ、今度は太陽が夜明の目の前に立った。微動だにしない銀の眼光を正面から受け止め、太陽はゆっくりと口を開いた。
「夜明。私が昨日言ったことは覚えているな?」
「あぁ」
「その上でお前はあのシスターを助けに行くと」
「くどい」
速答する夜明に太陽は嘆息した。殴って気絶させるのは容易だが、一つ気になる点があったので太陽は拳をまだ握らなかった。
「一つだけ答えてくれ。何がお前を決心させた? 今のお前と昨日のお前では目が違いすぎる」
昨日の夜明の目は後先考えないで行動する狗の目。今の夜明の目は後先を考え、その上で行動しようとする決意を固めた人間の目だ。
「俺が月光夜明(おれ)であるためだ。ここで何もしなかったら、俺は月光夜明(おれ)じゃなくなる。月光夜明の皮を被った、血と糞尿の詰まった肉袋以下の存在に成り果てちまうんだ……部長、手を貸してくれとは言いません。ただ、俺が月光夜明であるために行かせてください!」
お願いします!! リアスの方を向いた夜明は深々と頭を下げる。さっきまで浮かべていた怒りの表情を引っ込め、リアスは無言で夜明を見ていた。やがて、リアスはため息を吐きながら夜明に頭を持ち上げるよう言った。
「夜明。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)については以前に話したわよね?」
コクリと頷いてみせる。聞いたのは割と最近の話なので良く覚えていた。
「上級悪魔の主が王(キング)。眷属悪魔達をそれ以外の駒に見立てて戦うっていう奴ですよね?」
ちなみに夜明は兵士(ポーン)の特性と役割を与えられている。
「兵士(ポーン)にはね、ある特殊能力があるの。それはプロモーション。王(キング)以外の駒へと変ずる事ができるの」
私が敵の陣地と認めた場所でしか出来ないけどね、と付け加える。それともう一つ、と夜明の頬に手を添えた。
「想いなさい。神器(セイグリッド・ギア)は想いの力で動き始め、その力を決定する。貴方の想いに神器(セイグリッド・ギア)は必ず応えてくれるわ」
「想い……」
ゆっくりと拳を握り締める夜明に頷いて見せ、リアスは用事ができたと魔方陣を使って朱乃と一緒にどこかへと消えた。二人の後を追おうとした太陽が片脚を魔方陣の中に突っ込みながら夜明を振り返る。
「夜明」
「何だ?」
「勝ってこい」
それだけ言うと、振り返ることも無く太陽は二人の後を追って消えていった。後には夜明と木場、小猫が残っているだけ。扉に向かおうとする夜明に木場が問いかける。
「行くのかい?」
「あぁ」
「無茶だよ。自殺行為だ」
「無茶で無謀で上等。こちとらそんな言葉、今まで何千回何万回と押し潰し粉砕してきた」
今更、やることに変りは無いと夜明は部室を出て行った。部室に二人残された木場と小猫は顔を見合わせ、示し合わせたように肩を竦めてから夜明の後を追いかけた。