『覚醒の一歩』
「さて、こうやって敵さんが潜んでる教会までやって来たんだが……どうでもいいが、何で教会を本拠地になんてしたんだ? 堕天使もはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)も神から離反した存在だろうに」
「今まで敬っていた聖なる場所。そこで神を否定する事で自己満足、神への冒涜に酔いしれるんだよ」
「離れる原因は手前で作ったってのに、それで逆恨みか。とことん救えない連中だな」
「……それで、どうするんですか?」
小猫の質問に木場が教会の見取り図を取り出す。どっから出した? という夜明の問いにはただ爽やかなスマイルを浮かべるだけだった。
「十中八九、連中は聖堂の地下で儀式を行っているよ。入り口から聖堂は目と鼻の先だからいいけど、問題は地下への入り口を探すこと、待ち受けてるだろう刺客を倒せるかどうか」
「問題なんざねぇ。やるだけだ」
直剣二本を創造し、夜明は教会へと走っていった。後に木場と小猫が続く。うらぁ! と夜明は閉まっている扉の中央に蹴りを叩き込み、蝶番をぶっ壊して吹き飛ばした。
「ち、ちょっと! 何やってんの月光君!」
「良い事教えてやるよ木場。喧嘩は相手をビビらせた方が勝ちだ」
「……どこの不良ですか、月光先輩」
呆れ切った小猫の声を無視し、夜明は聖堂内を見回す。長椅子と祭壇がある、至ってまともな感じの聖堂だ。ただ一つ、十字架に磔になっている聖人の彫刻の頭部分が破壊されてる事を除いて。不意に拍手の音が聖堂に響いた。音の発生源である柱の影から人影が出てくる。
「ご対面! 再会! 感動的だねぇ!」
「あの時の白髪神父か」
何か早口に口上を捲くし立てているが、こんな気狂いに構っている余裕は無い。夜明は突っ込むなり、直剣二本をフリードに振り下ろした。光の剣と直剣が火花を散らす。
「人が話してる途中に攻撃してくるんじゃねぇよったく本当に悪魔ってのはクズしかいねぇなぁ!」
「お前みたいな気狂いに構ってる暇はねぇんだよ。こちとら」
鍔迫りあったまま蹴りを放つが避けられる。追撃をかけようとしたところで、背後から小猫の声が飛んできた。
「……月光先輩、伏せて」
身体を沈ませた刹那、夜明の頭上を巨大な何かが掠めて髪の毛が逆立つ。小猫は長椅子をぶん投げたのだ。
(『戦車(ルーク)』の特性、規格外の攻撃力と防御力だったか)
「しゃらくせぇ!!」
フリードは光の剣で長椅子を両断する。真っ二つになった長椅子が派手な音を上げて床に落ちる中、西洋剣を携えた木場が凄まじい速度でフリードへ切りかかった。
(『騎士(ナイト)』の特性、化け物じみたスピード……確かに化け物じみてらぁ)
夜明の目の前で両者は切り結んでいる。実力は見事に伯仲しているといった感じだろうか。このまま夜明、木場、小猫の三人がかりでやれば倒せない事も無いだろうが、かなり時間がかかるだろう。
「木場、どいてくれ。俺がやる」
「やれるの?」
黙って頷く。木場はフリードの一撃を弾くと、夜明に場を譲るように後ろへと飛び退いた。
「だからぁぁ、うざいってぇのぉぉ!!!」
無言で歩み寄ってくる夜明にフリードは拳銃を乱射させる。
「プロモーション、『戦車(ルーク)』」
口の中で小さく呟くと、夜明の中で何かが変わった。光の弾丸は夜明を撃ち抜くことは出来ず、弾かれて無へと還っていった。
「プロモーション!? お前、兵士(ポーン)か!」
「だったらどうしたぁ!!」
戦車(ルーク)の特性、馬鹿げた防御力を得た夜明はフリードへと走っていった。また光の弾丸が放たれるが、夜明の肌を打ち叩くだけで身体を貫通することは無かった。斬られる寸前にフリードは光の剣を振り下ろした。防御する前触れすら見せず、夜明は無言で光の剣を肩で受け止める。
「ひ、ひゃははは! 何考えてんのお前!? 悪魔にとって、最悪の毒である光を受け止めるなんて馬鹿なんですか!? いや、何も考えてんn」
ザシュ。フリードの両肩に夜明の直剣二本が突き立てられた。
「クソ神父。忘れてるみたいだから思い出させてやる。俺は悪魔の眷属ってだけで別に悪魔じゃない。人間だ」
直剣を更にフリードの身体へと埋めながら夜明は吼える。
「光の剣も弾丸も! 別に痛いだけで俺にとっちゃ毒にも何にもなんねぇんだよ!!」
信じられない、と顔で語るフリードの手から光の剣を奪い取り、胸元に突き立てる。腹に拳を叩き込み、くの字に身体を折ったフリードの喉を肘と膝で挟むように打つ。
「げはっ!」
「一遍死んで来い、この気狂いクソ野朗がぁぁぁ!!!!」
仰け反ったフリードの胸元から光の剣を引き抜き、胸倉を掴む。反対の手は手甲で覆われていて、大きく引かれている。
「紅蓮腕ぁ!!!」
フリードの顔に拳を叩き込んだ瞬間、派手な爆発が手甲から発した。フリードは爆発の勢いで祭壇に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。煙を放っている右手を振りながら夜明は唾を吐き出す。
「爆薬入りの手甲って……無茶をするね」
「無茶は推し通してなんぼだ」
呆れ返った表情を浮かべる木場。周囲を探っていた小猫が地下へと続く階段を見つけた。
「この下にアーシアが」
「……そうだと思います」
「行こう」
三人は迷うことなく階段を降りていった。階段を降りきると、奥に続く一本の大きな道があった。壁には蝋燭が灯され、扉がちらほらとある。
「地下室か……アーシアはどこだ?」
夜明の疑問に小猫が答える。
「……奥から、あの人の匂いがします」
「そうか。恐らく、アーシアさんがいる部屋にはその堕天使とはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)がいるだろうから、油断せずに行こう」
互いに頷きあい、三人は奥へと進んでいく。幾らもしない内に大きな扉が見えた。
「あれか」
「多分ね。入れば堕天使とはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)の大群がいるだろうけど、覚悟は出来てる?」
愚問だ。ただ一言、そう答えた。
「分かった。じゃあ」
木場が扉を開けようとすると、扉のほうが勝手に開いた。中には案の定と言うべきなのか。
「いらっしゃい、悪魔の皆さん」
堕天使レイナーレとその愉快な仲間達であろうはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)の皆々様が。全員が光の剣を持って臨戦態勢だ。その奥の十字架に磔にされている少女の姿を認め、夜明は叫ぶ。
「アーシア!!」
「夜明、さん?」
「悪い、待たせた」
「残念ながら、もう儀式は終わるところよ」
んだと? と声を上げる間もなく、アーシアの身体が光を放ち始めた。
「あぁ、いやあああああ!!!!!」
苦しそうに叫ぶアーシア。最早、一刻の猶予もないと分かった夜明はアーシアに向かって走り出した。
「邪魔はさせんぞ!」
「滅してくれるわ悪魔め!」
「邪魔だぁ、どけぇぇぇぇ!!!!!」
絶叫しながら創造した大剣を両手で振り抜く。夜明に切りかかってきたはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)達は薙ぎ払われたが、それ以外が間髪入れずに襲い掛かってくる。
「……触らないで下さい」
「僕も本気でいかせてもらうよ。僕、君たちのこと嫌いだからさ」
小猫と木場が夜明をフォローする。三人ではぐれ悪魔祓い(エクソシスト)達をぶちのめすも、遅々として進まない。そうこうしている内にアーシアから大きな光が飛び出した。
「いやぁぁぁ……」
「これよ、これ! これこそが私が欲していた神器(セイグリッド・ギア)! これがあれば私は愛をいただけるの!」
狂喜を表情に浮かべ、レイナーレは光を抱き締める。途端、眩い光が儀式場を包み込んだ。光が収まると、全身から淡い光を放っている堕天使がそこにいた。
「やっと手に入れた! 至高の力を! これで私は最高の堕天使になれる! 私を馬鹿にしてきたあいつらを見返せる!」
邪魔してくる連中をぶっ飛ばし、夜明はアーシアへと駆けていく。木場と小猫のフォローもあり、夜明はすぐにアーシアの下へ辿り着く事ができた。ぐったりしているアーシアを拘束している器具を壊し、夜明はアーシアを抱きかかえながら素早くレイナーレから離れた。
「夜明、さん……」
「助けに来たぞ、アーシア……木場! 俺はアーシアを連れて一旦上に戻るぞ!」
「そうして! ここではその子を庇いながら戦うのでは形勢が不利だ!」
アーシアを左腕で抱きかかえながら、右手に大きな槍を創造する。力の限りに槍を投げ、儀式場の入り口を固めていた悪魔祓い(エクソシスト)を一掃する。また別の悪魔祓い(エクソシスト)が入り口を塞ごうとするが、木場と小猫によって邪魔されている。
「ありがとよ、二人とも!」
一声叫んでから夜明は儀式場の外へと飛び出していった。
階段を駆け上がった夜明は近くの長椅子にアーシアの身体を横たえた。
「アーシア、もう大丈夫だからな! 俺達がお前を助けるから、な!」
夜明の言葉に小さく微笑みながらアーシアは手を取る。夜明の手に感じられるアーシアの手は冷たく、生命力を感じさせなかった。
「夜明さん……私、少しの間だけでも……友達が出来て……幸せでした」
喋れないほどに苦しいだろう。それでもアーシアは夜明に自分の想いを伝えようと必死に言葉を紡いでいった。
「生まれ変わっても……また、友達に……なってくれますか?」
「何で、何でそんなこと言うんだよアーシア……! これからだろ、お前の自由は!」
銀の男の頬を涙が止め処なく流れ落ちる。分かった、理解できた。理屈ではなく、本能でもなく、命で理解できた。目の前の少女はもう死ぬ。死んでしまうのだ。
「言ったじゃねぇか俺。花屋だって紹介するし、古本屋にだって連れて行ってやるって。約束はどうなるんだよ?」
「ごめん、なさい……約束、破ってしまって……」
アーシアの手がゆっくりと持ち上がり、夜明の頬を撫でる。
「私の、ために……泣いてくれるんですか?」
ゆっくりとアーシアの手から力が抜けていく。
「ありがとう……」
アーシアの手が落ちる。咄嗟に掴もうとするも、すり抜けてアーシアの手は力を失ったままもう動かなかった。
「……」
少しの間、夜明は何もしなかった。いや、何も出来なかったという表現のほうが正しいのかもしれない。認めたくなかった。自分の目の前で、アーシア・アルジェントという少女が死んだ現実を。何度も瞬きしてみる。目を擦ったりもした。だが、アーシアが目を覚ます事は無い……。夜明はぶら下がったアーシアの手を胸元まで運んでやり、脱いだ上着をかけてやった。
「幾ら四月とはいえ、この時間帯は寒いからな……これ以上、お前に寒さなんて必要ない」
穏かな表情を浮かべているアーシアを一撫でし、夜明はゆっくりと立ち上がった。握り締めた両の拳がメチメチと嫌な音を立てる。唇も噛み締めすぎて血を流していた。
「神様……これはお前が用意した惨劇の一つか? だとすれば俺は、今ここでお前を滅ぼす理由をみつけた……」
ふと、背後にある階段から誰かが昇ってくる気配が。夜明が振り返るのと、レイナーレが地下から顔を覗かせたのは同時だった。
「あら、やっぱり死んだのねアーシアは。まぁ、当然かしら。神器(セイグリッド・ギア)を引き抜いたのだから」
「神器(セイグリッド・ギア)を引き抜いたから死んだ?」
「えぇそうよ。見てご覧なさい。ここに来る途中、『騎士(ナイト)』の子にやられた傷よ」
夜明の問いに律儀に答えながらレイナーレは腕に走っている切傷に手をかざす。淡い緑の光が発せられ、傷を塞いでいった。
「どう素敵でしょう? どんなに傷つこうがたちどころに治してしまう。神の加護を失った私達にとって、アーシアの神器(セイグリッド・ギア)は最高の贈り物だわ」
「神器(セイグリッド・ギア)を抜いたから死んだ、か……」
玩具を買ってもらって自慢したくてうずうずしている子供のようなレイナーレの言葉を全て無視し、夜明は一人何かをぶつぶつと呟いていた。頭は冷えている。しかし、それい以外の部分は憎悪や憤怒などのドロドロとした焼け付く感情でどうにかなりそうだった。衝動の赴くままに目の前の堕天使を屠りたい、蹂躙したい。衝動に身を任せようと全身から力を抜いたその時、リアスが言っていたことが頭の中に響く。
ー想いなさいー
ー神器(セイグリッド・ギア)は想いの力で動き始め、その力を決定する。貴方の想いに神器(セイグリッド・ギア)は必ず応えてくれるわー
「……」
ゆっくりと後ろを振り返り、アーシアを見る。
「……待ってろアーシア。すぐまた、笑えるようにさせてやるからな」
カキン、と甲高い音が夜明の中で響いた。ギアとギアとが噛み合い、高速で動き始めている。全身に痛烈な力が走る。背中から顔を出した神器(セイグリッド・ギア)は燐光を纏い、目が眩むほどの輝きを発している。力は我が手中にあり。
「つまり、手前をぶちのめして神器(セイグリッド・ギア)を引っこ抜いて、アーシアに戻せばアーシアは生き返るんだな?」
「何を言っているの? 人間如きがこの私に勝てるわk……」
言葉を失うレイナーレ。それも無理からぬ事だろう。さっきまで、ただの取るに足らない人間だと思っていた夜明が上級悪魔を超えるレベルの魔力を放っているのだから。瞳孔は縦に切れ込み、その姿は最早人間と呼べるものではなかった。
「ドラゴン……」
そんな台詞をレイナーレは呟いていた。夜明が真横に手を突き出すと、聖堂内を渦巻いていた膨大な魔力が夜明けの手へと集中していく。
「時間が惜しい。一撃で終わらせる」
魔力が雷を放ちながら形を成していく。それは槍、真紅を放つ一本の魔槍だった。夜明が両手で柄を握り締め、構えると穂先から不吉な蜃気楼のように魔力が揺らめいた。レイナーレにそれが何なのか分からなかったが、一つだけ理解できたことがあった。夜明が手にしている真紅の槍は紛れも無く神器(セイグリッド・ギア)だった。
「どこから取り出したの、貴方? その神器(セイグリッド・ギア)をどこに隠し持っていたの!?」
「知るかそんなもん!!」
両脚に満身の力を込め、レイナーレへと突進する。翼を羽ばたかせて逃げようとするが、レイナーレには分かった。あの魔槍は避けた程度では防げない。
「人間如きがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「刺し穿つ(ゲイ)!!」
レイナーレが放った光の槍を容易く掻き消し、魔槍の穂先は堕天使の左胸を捉える。
「死棘の槍(ボルグ)!!!!!」
一寸の狂いもなく、紅き魔槍は堕天使の心臓を貫いた。血を吐き出すレイナーレを壁へと縫いつけ、漸く夜明は足を止めた。レイナーレを見る。苦痛に顔を歪めてはいるが、死んではなさそうだ。
「流石堕天使。心臓を貫かれても死なないか……そう言えば俺、どうやって神器(セイグリッド・ギア)を引き抜いたらいいか分からな」
不意に両脚から力が抜け、夜明はがっくりとその場に膝を突いた。
(おいおい。ここに来て体力切れとかそりゃねぇだろ)
「アー、シア……」
最後に一言囁きを残し、夜明の視界はブラックアウトした。