小説『私は障害者である』
作者:佐藤賢二(ABストア)

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4. 私の心臓は3度止まる。 

朝の青梅街道は平日なら大変に混雑するところだが、今日は日曜日。
しかもサイレンならしてのノンストップ。
お気軽親父はちょっと良い気分なことだろう。
私は大変なんだ。
搬送中の車の中でも、その若い先生と看護婦さんに救急員みたいな人がいて、あと運転手がいる。それに親父が乗っている訳で、ちょっとした御一行様だ。
といっても、皆真剣な顔をしていた。
キョロキョロ外を見まわす親父を除いて、、、

私は病院の時よりも又何本か体に刺されたチューブが増えたような気がする。
先生は私の顔やら全身を舐め回すようにみたり、時々チューブに接続している計器の表示を見たりして、看護婦さんともボソボソと話をしたりしていた。
実は、私は病院にいた時からずっと頭がボーっとしていて、記憶が断片的に途絶えるのだ。
苦しいかって?
何かごちゃごちゃしていて何も感じない。
どうやら私は強制的に眠らされようとしているみたしだ。
やがて、私の意識、記憶はしばらく無くなるのである。
その後は後で親父が皆に話しているのを聞いたことだが、結構スリリングなドライブだったみたいだ。
スリルがあったのは、私の命のことだけど、、、

荻窪の病院を発ってから10分位たった頃、スピーカーにつながって車内に流れていた私の心臓の鼓動音が、消えた。
つまり私の心臓は、止まった。
さすがの親父も目を大きく開き、狭い車内で立ち上がろうとして天井に頭をぶつけても、悪ふざけは出来なかった。
先生は顔色を変えることなく、真面目な表情のままで、私の入れられたパッケージに付いていた管を抜き、それを直接私の口の中に突っ込んだのだ。
その管は酸素を送っていたものだった。
パッケージを満たすように設置してあった管を、直接口の中に入れると言う意味が何なのか? 最初親父は訳が判らなかったそうだ。
やがて車内は再び私の心臓音に満ちた。『ドクッ、ドクッ』というより「シュルル、シュルル」といった感じか、あるいは「ジュール、ジュール」という感じの音だった。
一人、親父は大きなため息をついた。
さすがに快適なドライブ気分ではなくなったようだ。

やがて、車は青梅街道を外れ、南下を続けた。
少し狭い道路は休日といえども車の数が増えはじめ、しばし何度かスピードを落とさざるを得なくなった。そして
ついに車は渋滞の中で完全に停車した。
それでもサイレンを強く鳴り響かせて、対向車線を進む。
つまり対向する車が来ないのである。
やがて私鉄電車の踏切に当たる。
朝のダイヤラッシュによるものだけでは無さそうだ。
何やらダイヤが乱れているのだろう。
さすがの救急車も電車の踏切は突破できない。
待つしか無いのである。
私の心臓は再び停止した。
同じような処置がなされ、又再び蘇生を繰り返した。
私は強いのである。
その後の私のことを、他人は『鉄人』と呼んでいる。
私は一生懸命頑張っていたのだ。
折角ドライブ、そう易々と終わらせてたまるかって、、、
2度目の心臓停止には、さすがの親父も覚悟を決めたそうな。
「あ〜、私は悲劇の父親である。」ってか、、、

10分も待っただろうか、踏切は僅かの隙を付いて開いたのだ。
早速けたたましいサイレン音を響かせて横断する。
ラッキー!!この車が横断するか否かの時に、早くも再び踏切音が鳴り出す。
結局私達の車以外に数台も渡れなかったみたい。
私的にはラッキーだった訳で、お先に失礼という感じ、、、
 
車はその後東に進路を変え、山手線のガードをくぐる。
その時、3度目の心臓停止だ。
先生は少し首をかしげながら三度同様の処置を繰り返す。
そしてフロントガラス越しに車の進行方向を見据えていた。
「あと5分位ですかね。」
「そうですね。これからは順調に行けると思います。」
と先生と運転手の間で言葉が交わされた。
 
車は少し昇り勾配の道を幾つか曲がりながら進み、やかて門を通り、広い駐車場の間を行くと、日赤病院が現れた。
正面の玄関の先の救急入口に止まり、私の生まれて初めてのドライブは終了した。
その後、私は4階の新生児集中治療室に運ばれるのである。

そう、事は終了したのでは無い。
これからなのである。
意外に深刻な、そしてシビアな生への戦いが始まるのだ。

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