小説『私は障害者である』
作者:佐藤賢二(ABストア)

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5. ?2からのスタート、そして20%の1/3の意味

ここの病院の新生児室は通路を隔てて左右2つに分けられる。
一方が通常分娩での順調な赤ん坊が入る新生児室で、もう一方が未熟児用の新生児室である。
中に入ると、窓際に真っ直ぐ通路が伸び窓際の壁に長椅子が並び、反対側に窓ガラスで仕切った未熟児ばかりが収容された大きな部屋が広がる。
およそ学校の教室が2つ入る程度の大きさで、入口に近いところが85番と表示されていた。
つまり85人の未熟児がベットに横たわっているということである。
私はその部屋の入り口から最も遠いスペースの、更にガラスで仕切られた小部屋の中に通された。
中にはおよそ10個のパッケージが並び、私は2番目のスペースに招かれた。

正確にはその前に処置室に運ばれ治療を受けた。
生まれた時の体重は1750グラムだったのを、体から徐水して1450グラムにした。
生まれたばかりの新生児は体中で激しく新陳代謝を繰り返し、細胞分裂を加速して一気に成長していくものだそうだ。
それを止めたのだ。私の場合、、、、
脳の損傷が大きく、私の成長の能力を脳に集中させ、体の代謝を抑える為に体重を落とし、脱水症状にしたのだそうだ。
そして、高酸素治療、抑カリウム治療、と坦々と進められた。
しばしの処置の後、私の居場所No.2に運ばれた。
その部屋は窓があると言ってもカーテンが閉められており、外は見ることは出来ない。
もっとも私はその時点では目が開いておらず見えなかっただろうし、何よりも未だ麻酔により寝ていたのだ。

病院に運ばれて2時間位経っただろうか、担当の若い先生は待ち会い室で待機していた親父と対面した。
その時の様子は後日親父がよく人に話しているのを私は聞かされ、実は私の病状をそれで知ったのである。
「お父さん、お待たせしました。」
3畳程度の狭い部屋に白いテーブルを挟んで親父と先生は対峙し、手術着のままの先生はおもむろにマスクを外しながら、少し低い声で話し始めた。
「はい。」
「お子さんは無事です。命は取り留めました。もう峠は越えて今後心配はいりません。」
「はあ、、」
すっとんきょうに声が裏返り、何時もより高いトーンで親父は返事をした。
そして、小さくため息をつく。
先生は務めて冷静に、きっと普段からそれほど低く無い声質を抑えた声で話を続けた。
「はっきり言いまして、あちらの病院に迎えに行った時はお子さんは大変な状況だったんです。
前の夜に痙攣をおこしてましたね。
お子さんの場合、低体重ですから、所謂「未熟児痙攣」と言いましてね、その時点での生存率は20%だったんです。
勿論向こうの病院でも大変努力をして状況悪化は防いでいましたが、何分治療設備はうちの方が整っていましたから、今回の転送は正解でした。」
親父は神妙に聞き入っていたが、先生は表情を変えずに更に話し始めた。
「ここからは、大変に重要なことなんですが、、、」
「はあ?」
「現在の状態。つまり、ここに来て治療をした結果、3分の1は重度な障害を持つ可能性があります。さらに、3分の1の確率で何らかの軽度な障害が残るでしょう。残りの3分の1が何もない状態、つまり健常に育つ可能性です。」
親父はますます顔を強張らせるが、良く考えれば、荻窪の衛生病院では「手の施しようが無い」とまで言われたんだった。
そして、今の説明でも20%の生存率の症状だったと言うことだ。
先ずは「生きてくれてよかった。」そう強く思うのだった。
実際、障害と言われても現実ピンとは来ない。わからない。
先生は続ける。
「私見ですが、、、」と前置きをして、
「お子さんは大変な生命力を持っています。弱っている子が多い中で、お子さんは驚異的な生命力を持っているようです。」
えっ!何か、、、うちの子はカンダムか? とか思いながら親父は先生の顔を正面で見た。
いたって真面目なのだ。クソ真面目なのかな、、、 
「現状お子さんは脳細胞が一部死んだ状態なんですね。
それがもの凄い勢いで新しい細胞を作っているんです。一回死滅して細胞を蘇らせることは出来ないんですが、それを埋めるだけの新しい細胞が激しく生まれているんです。」
何かカッコ良いぞ、、、って親父は褒められているような気分になっていた。
「何れにしろ、この後はお子さんの自身の生命力に掛かっていますから、暫く様子を診ていきましょう。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
親父はほっとするのだ。 
とにかくやれることはやった。 いや、やってくれたのだ。
親父は見てるだけ、、、何もできない。
その無力感はズシリと親父の心を包み、どっと疲労感が全身を覆った。

その後の注意事項を手早く親父に説明して、先生は席を立った。
部屋の出口で振り返りながら、「お子さんに会って行かれますか。」と訊ねてきた。
親父は無意識に頷きながら、
「あっ、是非お願いします。」と頭を下げた。
父と娘の御対面〜。
未熟児新生児室は無菌状態に保たれており、親父は入れないのだ。
通路のガラス越しで、一番奥の更に間仕切りされた「新生児集中治療室」の中の、また更にパッケージの中に寝かされていた訳で、到底親父は私を見る事はでかない。
その中で看護婦さんが私を抱きかかえて隔離された小部屋から出て来てくれた。
私の顔は遠すぎて見えない。
抱いた看護婦さんの大きな笑顔が親父には無性にうれしく見えたそうだ。
親父が軽く会釈をすると、直に私も元のNo.2のパッケージに戻された。

先生から言われた留意点、
?暫く入院する。
?現在2番ベットだか、この番号は重度なほど若い番号で、より重度な患者が来た場合、どんどん番号は大きくなっていく。けっして本人が良くなっているからで無く、単純に重度な状態の子からの順番である。優先順位として考えれば、85番の次は、退院か一般新生児室に移ることになる。
?母親の初乳はもとより母乳を飲ませたいので運ぶ。
?完全看護だし、面会もできないから、毎日来なくてもよい。
等々、、、

さあ、私のリスタートのはじまりはじまり、、、、

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