小説『The Last Judgement―最後の審判―【完結】』
作者:亜薇(楽園喪失)

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<3>悪魔の指


――ようやく……お楽しみの時間か。
「動くな……動けば撃つ」
 まだ幼さの残る声に、炯士は溜息を漏らす。
――ちっ、そこらへんの三流映画みたいな台詞言いやがって。
 ちらりと横に目をやると、霧都も別の少年に銃を突きつけられているらしい。目を閉じて下を向き、どうやら平静そのものである。
「……やっぱりな。どうせそんなことだろうと思った」
 やはり先日死んだあの二人の所持していた手帳は悪魔狩りを誘き寄せ、待ち伏せするための餌だったのだろう。
 罠に嵌(はま)ったということになるのだろうが、炯士は楽しそうに笑っている。
 全て分かりきった上で、ジェダは自分達を送り込んだに違いない。いつもと違い、不思議とそれほど怒りは湧き出てこなかった。漸く獲物を前に出来た今の状況に高揚しているせいだろう。
 炯士は背後の少年に向けてわざと面倒くさそうに、だるそうに口を開いた。
「あ〜おまえ。ホントに俺のこと殺る気あんの?」
 予想に反した炯士の言葉に、少年は当然驚く。
「何っ?」
 不敵な炯士の態度に動揺したのだろう、頭に当てたままの銃が少し動く。
「ガタガタ震えて……そんなに銃口下がってるんじゃ、撃っても脳までいかねーし、ヘタすりゃ掠(かす)り傷」
 背後を取られている上に後頭部に銃を当てられ、しかも相手は復讐に燃えている。絶体絶命のピンチのはずがまるで恐れなど感じていない、それどころか自分を嘲り笑うかのような炯士の態度に、少年は腹を立てた。
「おまえ……!」
 少年が挑発に乗ってトリガーに指を掛け、引こうとする僅かの間に炯士が動く。しかしそれは一瞬の出来事だったので、その場に居合わせた――霧都以外の――者の目には映らなかった。
「なっ……」
 相手の感情が更に高ぶったときを狙い、炯士は突然身を屈めて少年の方に向きなおし、右足で腹部を思い切り蹴り飛ばしたのだ。
「ぐあっ! !」
 一見華奢な炯士が蹴ったのにもかかわらず、蹴られた方はかなり遠くまで飛んだ。相当な力でやられたのだろう、数メートル離れたところまで飛ばされ、再び身を起こすのに時間がかかった。
「がっ!」
 同じく銃を突きつけられていた霧都も、仲間が飛ばされあっけにとられていた隙を突き向きを変えて、自分の後ろにいた少年の手首を捻って銃を落とした。
 炯士に倒された少年は、随分派手に倒れたのにもかかわらずまだ銃を手放さずにいた。体勢を立て直し再び炯士に銃を向ける。
「このっ……」
 狙いも定まらぬうちに引き金を引こうとした瞬間、少年の銃を手にした右手の甲に何かが刺さった。
「ギャアァァアア! !」
 激痛が走り、少年は絶叫して銃を取り落とした。目を落とすと、なんと右手の親指の付け根にナイフが深々と突き刺さっている。
「よし、命中!」
 拳をぐっと胸に引き寄せ満足そうに言う炯士の様子は、まるでゲームか何かに勝った時のようだ。少年が落とした銃を歩いて拾いに行き、痛さに再び足を折った少年の背を容赦なく踏み倒した。
「何だよ、三人だけかァ? 舐められたもんだなー」
 炯士は店を見回した。今足蹴にしている黒髪の少年と、霧都に銃を奪われた金髪の少年。この二人はいずれも炯士より少し年下くらいだろう。そして恐らく銃を持っていないと思われる、怯えきった更に幼い少年の三人しかいない。
 少年から足を離してその場にしゃがみ、拾った銃を見ながら炯士はにたりと笑った。
「ワルサーかよ……なかなか洒落たの持ってんじゃん。霧都、別に撃ってもいいだろ? こんなとこで銃声したって誰も気付かないだろうし」
 霧都が答える前に、三発銃声が響いた。
「うわああっっ! !」
 左足、右下腹部、左肩、合計三発。炯士は立ち上がって黒髪少年を見下ろし、至近距離から撃ち込んだ。
 音を上げて血の飛沫が舞う。体に触れられるぐらいの至近距離から撃ったため、飛び散った血液が炯士の顔にびちゃりと付着した。
「あーくそっ、目に入った!」
 返り血を鼻から額辺りにまともに食らったようだ。苛ついた炯士はポケットからバタフライを取り出し、息絶え絶えになっている少年の肩を覆う服をはがし傷口を露出させ、柄から勢い良く突っ込んだ。
「ぐ……があっ……」
 シャツの袖で自分の顔に付いた返り血を拭いながら、ナイフを捻り回したり押し潰したりして少年の傷口から血が出てくるのを楽しむ。
「やっべえ……結構興奮する」
 もがき苦しむ少年の表情と、血を溢れさせる傷口とを交互に凝視して面白がっている。そんな炯士を目の当たりにして、他の少年二人は口を覆って震え出した。
「炯士……」
 霧都は呆れたように炯士を見ている。
「急所外してるから死なねーよ、邪魔すんな」
 仲間が残忍にいたぶられているのを見て、少年達は恐怖でその場から動けなくなった。
 霧都は溜息をついて炯士から目を離し、奪った銃を金髪の少年の頭に向けた。
「おまえ達のアジトはどこだ?」
 真っ青になっていた少年は、はっと我に返り強く抵抗した。
「誰が教えるもんか! 教えるくらいなら死んだ方がマシだ! !」
 金髪の少年の叫び声を、炯士の撃った銃声が掻き消す。
「うっ!」
 銃弾を受け呻き声を上げたのは金髪の少年ではない。その後ろに隠れるようにしていた幼い少年の方だ。両の脛を弾が貫通し、床に倒れ込んだ。
「ガキは的が小さくてかなわねェな」
 黒髪の少年は余りの痛さと失血で意識を失ったようで、ナイフ遊びに飽きたらしい炯士は立ち上がり言い放った。
「なあそこの金髪。人間はなあ、急所上手く外してりゃなかなか死なねーんだよ。テレビやゲームと違ってなァ、出血多量で死ぬにしても結構時間かかるんだ」
 首を傾け、残虐に口を歪めながら教えるように話している。
「おまえが仲間の居場所吐かないってんなら、そのチビが死ねないように撃ってくけど、どうする?」
 炯士はがくがくと震え、怯えきっている小さな少年の右肩に狙いを定めた。
「いっ嫌だっ……痛いよお……!」
 足から血が止まらず流れ出している少年は泣き喚いた。無理も無い。まだ十歳になるかならないか位の少年だ。
「そうだよなぁ、痛いよなぁ? もう撃たれたくないよなぁ?」
 そう言いながらも、横目に金髪の少年を見ると躊躇いなく三発目を右肩に撃ち込む。
「痛いよおおお……っ! お願い、助けてえ……っ! !」
「ハハハハハッ! ! 堪(たま)んねぇ顔だなあチビ! そんなに痛いかァ!?」
 金髪の少年は、霧都に銃を向けられたまま仲間の悲鳴と炯士の狂気染みた笑い声に後退った。
「……何があっても、言えない……!」
 瀕死の黒髪少年、縋るように自分を見てくる幼い少年をそれぞれ一瞥すると、金髪の少年は頭を振る。
「ふーん。じゃ俺は楽しませてもらおうかな」
 炯士は嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「わあああアッ!」
 わざとらしく目を細め、左肩に撃つ。更に少年の体から血が噴出する。
「やめろっ!」
 金髪の少年は叫んで歯を食いしばった。「アビス」の組織の少年達は、皆同じ呪いを背負って生きている兄弟のようなものなのだ。それが目の前でいたぶられ、悲痛を感じぬわけがない。
 炯士は為す術も無い少年に向き大きく目を見開き、思いっきり口元を歪ませた。
「止めねーよ……俺はコレが楽しくて楽しくて仕方ねぇんだ……!」
 再び彼の指がトリガーに掛かったとき、彼のワルサーからではない別の銃声がした。
「てめっ……霧都! !」
 炯士は怒声を飛ばし、霧都を見る。
 やはり、霧都が手にしたM29を撃っていた。重傷の黒髪少年と、小さな少年の額を一発ずつで打ち抜いている。二人は目を開いたままほぼ即死している。
「そのへんにしておけ。やりすぎるとまたジェダの怒りを買う」
 前回も炯士が悪ふざけし過ぎたため見かねたジェダが出てきたのだ。
「ちっ……」
 炯士はかなり機嫌悪そうに顔を顰(しか)めて舌打ちした。霧都の言う通り、ジェダからぶつぶつ言われるのも確かに面倒だ。
 放心している金髪少年をよそに、霧都は仰向けに倒れた小さな少年の遺体の傍に身を屈める。
 開いている両瞳を右手で静かに閉じると、聖職者めいた手付きで十字を切った。すると今度はコートの内ポケットからナイフを取り出し、死体の左手親指を根元から切り取った。
「何を……?」
 その様子を、生き残った少年はわけも解らずに見ている。
「何だよ、結局『ジェダの手を煩わせ』んじぇねーか」
 炯士は黒髪少年の肩に刺さったままのナイフを引き抜いた。遺体が着ている服で血を拭き取り刃をしまうと、再びズボンのポケットに入れる。
 霧都は何も言わずにそれを白い紙で何重にもして包む。ジェダの力でその者の手の指さえあれば、情報が垣間見えるのだ。
 それだけですむのに炯士達がわざわざここまでやったのは、ジェダの力を借りたくないのと自分達が楽しむためである。もしジャクリンや倫子がこの仕事をしていたのなら、さっさと殺して指だけ取って終わらせてしまっただろう。
 忌々しそうに、炯士はワルサーを金髪少年に向けた。
「こいつは俺に殺らせろよ、またお楽しみがなくなっちまう」
 一人も殺さずに帰るなど、納得できるはずもない。
「ふ……ふふっ……!」
 少年が突然不気味に笑い出す。そして自分の横に天井から垂れていた紐を掴んだ。
「おまえらも道連れにしてやるッ! !」
 霧都は少年の半狂乱な表情と叫び声、今日この店に入ってからずっと気になっていた独特の臭いで察した。
「炯士、外へ出ろ」
 冷静に言うが、無理矢理炯士の右腕を掴んで店の出口へと走り出す。
「おい、なんだよ!?」
 少年が目を瞑って紐を引くのと、二人が店から出るのとほぼ同時のタイミングだった。
 激しい爆音が辺り一帯に轟き、店の中が光ったかと思うと黒い煙が窓や入り口から吹き出していた。






「ちくしょ……結局俺一人も殺してねえ……」
 全速力で店から離れて暫く走った後、立ち止まって悔しげな声を漏らす炯士。
「とにかく朝になる前に帰るぞ。おまえのその返り血、目立ちすぎる」
 炯士の両手、顔は血で濡れいかにもたった今人を殺してきましたという状態に仕上がっている。
「ジェダの奴、何考えてんだ……? 考えてみりゃ指がありゃいいんだから前回のときアジト見とけばよかったじゃないかよ」
 彼は準備の良い霧都が差し出した大きなハンカチで顔に付いた血を拭った。炯士はいつも仕事のとき返り血のことを考えていないから、霧都はこうして常備しているらしい。
「忘れたのか? あの時はジェダが来る前に、おまえが悪魔の両手の上に鉄パイプか何かを落として指を潰したんだろ」
 霧都に指摘され、炯士は忘れていた興奮を思い出したようだった。
「ああ、そういえばそうだったなぁ」 
 それで炯士は納得したようだったが、霧都はジェダの行動が不可解に思えてならなかった。罠だと分かった上で炯士と霧都を送り込んだのは間違いないだろうし、霧都は知っていたのだ……ジェダが炯士を危険視していることを。
 四日も待って一人も殺せなかった、というフラストレーションを解消するため何をしようかと考えを巡らせながら、炯士は霧都と足早にホテルへと帰って行った。

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