「ねえ、どうしたの? その、すごくやつれてるみたいだけど……」
「ちょっと、夏バテしちゃってさ。大丈夫だよ」
「そ、そう? スタミナ料理食べて元気になってね?」
八月十五日の午後十二時半過ぎ。彼女と僕は公園であのときのように話をしていた。
優しい、優しい彼女の言葉が僕の胸を温かくする。猫と戯れている姿も、僕と会話して笑ってくれる姿も、何もかもが、僕を嬉しくさせた。
「あっ」
「どうしたの?」
わかっている。猫が逃げ出したんだ。そして、彼女はその猫を追いかけるだろう。
実際、そのとおりになった。僕の読みどおり、彼女は「猫が逃げ出しちゃって」と言いながら猫の後を追いかける。
僕もその後ろについていった。
そして、猫が立ち止まり、彼女が横断歩道へ飛び出した瞬間。
あの時と同じくトラックがクラクションを鳴らしながら突っ込んできた。
ただ、あの時と違う点は。
「えっ?」
「バイバイ」
僕が彼女を押しのけて、代わりにトラックにブチ当たったということだけだった。
身体が物凄い力でぐちゃぐちゃにさせられた感覚を味わう。
横目で彼女を見ると、信じられないような瞳で僕を見つめている。
僕の体から血飛沫が舞い、彼女の瞳に映りこみ、軋んでいる僕の体に乱反射したかのように赤い点を作り上げた。
ゆっくり、ゆっくりと僕の意識は赤に染まっていく。
彼女は泣き叫びながら僕に駆け寄り、横に垂らしている僕の左手を握り、涙でクシャクシャになった顔で僕を見つめ続けた。
「なんで、なんで、なんでっ!?」
「……」
右手が動くのならば、彼女を撫でてあげられたのにと後悔しつつ、彼女に笑顔を向けた。
その表情に驚いた彼女は左手を離す。そして、自由になった手で彼女の頬を撫でた。
視界の端に、夢の中で毎回現れた陽炎が僕を見つめている。
今までの嗤い顔ではなく、文句ありそうな顔で僕を見つめる。
何やってるんだよとでも言いたそうな、表情を浮かべていた。だから、僕は。
「ざまぁみろよ」
今まで笑われたお返しに、そして、彼女を救えた喜びも含めて笑いながら言ってやった。
今まで繰り返してきた実によくある日の繰り返しが、今日。ここで終わりを告げた。