其の九。面倒事。
「―――今日はこれくらいにしておくか。今日はオレが食べ物を採ってくる」
「あ、僕もついて「今日は休んでろ」…分かりました。でも、気を付けてくださいよ?」
コテツとの毎朝の日課になっている組手を終え、オレは一人朝食になる木の実を採りに森の中を進む。
夢の中でグルに再開してから更に月日が流れた。
特にやることも無かったから命の魔導書を発動させてみようと思ったことも多々あったが、うんともすんとも言わないため今は物置の中に完全に放置してある。
「この辺だな…」
木の実が沢山落ちている場所を見つけ、せっせと針まみれの木の実や楕円形のつやのある木の実、木の根元に生えている先端が茶色っぽいキノコを物置に放り込んでいく。因みに、このキノコは食べられることは分かっている。
そういえば相当前の事だが。
ようやく―――新しい人類が登場したみたいだ。現に、森の周りには集落がある。
その事を知った時、オレは思わず泣いてしまった。
――また、誰かと共に過ごすことが出来るのか。
コテツと一緒に居るから完全に独りぼっちってわけでもないが。
そんな希望を抱いていたが、よく考えるとオレは『他者に嫌われる能力』――相手に憎しみやら、無条件で嫌われる能力がある事を思い出し、かなり気持ちが沈んだのを覚えている。
ハッキリ言えば、完全無欠にどう足掻いて反論しようとしてもオレの自業自得だが。
「…よし、こんなもんか」
それと、変わった話をコテツから聞いた。コテツも別の動物から聞いたことらしい。
何でも、人が現れた頃より少し後に出てきた神と呼ばれる連中の中で、少し前に相当な規模の争いを起こした神が二人居るそうだ。名は確か、八坂と洩矢と言ったか?
その話を聞いたとき、オレとしてはこっちに被害が来なくてよかった程度の認識だったが。
辺り一面にあった木の実やキノコを採り終えたオレは塔に戻ることにした――いや、戻ろうとした。
――ガササ、ガサッ
突如草むらが動きだし、オレは思わずその場で止まってしまった。
「何だ?」
『愚者』を右手に持っておき――相手が妖怪だった場合の攻撃に備える。
そして、草むらから出てきたのは――
「―――」
――1メートルは超える、灰色の狼だった。
ただし、物凄く見覚えのある、と言う前振りが入るが。
「何だ、お前か…」
警戒を解いて、『愚者』を空間にしまう。
狼はゆっくり、こちらに近づいてきた。
そして、オレの左手の指を少し舐めた。
「よしよし……とりあえず、塔まで行くか?」
オレは頭を撫でるのを止めて立ち上がり、塔に向かうために足を動かし始めた。
――塔へ移動している内にいろいろ説明させてもらう。
オレには能力ではないが、『動物に好かれる体質』と言うものがある。とりあえず、動物であれば――人間か、もしくは人間と似たような思考をすることが出来る存在は例外だが――どんな生き物であれ、オレに懐いて来てくれると言う、個人としては嬉しい体質だ。
…妖怪としての姿はハッキリ言えば蠍なのにも拘らず動物に好かれるとは…。
コテツも人間と似たような思考をするカテゴリに入るが、妖獣になる前からオレと一緒に過ごしていて懐いていたこと、元々が動物だったこともあってオレの能力はコテツには効かなかったらしい。
なので、本来であればオレは動物から妖怪になったモノにも結構嫌われるようだ。
――かなり前にコテツが言っていたことと、オレなりの考えを交えて考察してみたんだが…こんなんで大丈夫なのか?
まあ、そんな感じで森に棲んでいるほぼ全ての動物たちから懐かれ、この辺の動物たちの間では親分的立場らしい。
ただし、自然の摂理以外で、何かが起こった場合にのみ、だが。
コテツは元々動物だから他の動物の言葉が理解できるらしく、そう言っていた。
あと、この森の付近に住んでいる人たちからは厄介者扱いされているようだ。
少し凹むが、オレが妖怪なのだから仕方が無いと今は割り切っている。それを知った当初は酷かったもんだ、と今でも思う。
…人と積極的に関わりたいオレとしては隔てりを感じてしまって、正直な話泣きたいが。
そして、この狼はオレに何か問題があった際、それを伝えに来る伝達係の様な事をしている。そして、コイツが来たという事は、面倒な事が起きようとしている前触れだ。
一緒に塔に向かってる理由は、オレではコイツの言いたいことを理解できないから、コテツに翻訳してもらうためだ。
…説明としてはこんなもんか――
塔にたどり着いたオレと狼はそのまま塔の中に入る。
「コテツ、ただいま」
「お帰りなさい、主…おや、君も一緒って事は何かあったのかい?」
コテツは狼のそばに寄り、オレには全く理解できない言葉で何かを話しているようだ。
オレは、全く理解できない会話をしているコテツと狼を余所に、少し離れた場所から物置の中に入り込み、採ってきた木の実やキノコを物置の外――塔の中に出していく。
その作業を終え、物置から出ると、狼は居なくなり、コテツが悩んでいた。
「ふう、疲れた…コテツ。何か分かったか?」
「あ、はい。ただ、厄介と言うか…」
「何があった?詳しく聞かせてくれ」
「――明日、神が二人、ここを訪れる、と」
「……は?」
若干思考が停止してしまったが、コテツが狼から聞いた話を纏めるとこうだ。
狼が森で過ごしていたところ、妖力でも霊力でもない力を放つ見かけない女が二人歩いていた。
狼を見つけた背の高く、背に奇妙な輪状の物を付けた女がこういったらしい。
『明日、私たちはこの森で恐れられている妖怪の住み家に向かう。そこで、そこに住んでいる妖怪に話し合いたい事がある。お前はそれをその妖怪に伝えてくれ』と。
その後、その二人は空を飛んでどこかに行ってしまったとのことだ。
話を聞いてまず、聞かなきゃ良かった、と後悔した。
人々に嫌われてるとはいえ、そこまで面倒になる様な事はしてない。オレがそう思っている中ではだが。
て言うか、話しかけたのが連絡係になってる狼だったって、なんつう偶然だよ…。
「主、どうしますか?」
「どうするもこうするも、どの道明日来るんだろ?だったらその場その場でどうにかするしかないだろ。
それに、その二人もオレたちと争うために来たとは思えない。そうじゃなかったら、『話し合い』なんて言い方しないだろ」
「それが嘘だった場合は?」
「そうだな…殺さないように気絶させて、そこら辺に置いておこう」
オレとしては、余程の事でもない限り殺しは勘弁願いたい。
「特に、仮に殺してしまったとして、そいつらが名の知れてるような奴だったら本当に面倒事にしかならない」
「…それもそうですね。分かりました」
「ああ…おっと。そういやまだ何にも食ってないんだった。さっさと食おう」
「はい、それじゃあ…」
「「――いただきます」」
そうして今日は特に何もなく過ごした。
「本当に明日、大丈夫かな…?」
沢山の枯草を纏めた、自分の寝床に転がりながら、僕は一人ごちた。
心配だ。明日話し合いに来るのは、神。それも二人。
本当は話し合いに来たというのが嘘で、人間から主を退治してくれと頼まれて来たのではないかと僕は思っている。
でも、そうすると狼に話してそのまま森を離れたのはおかしい。
「やっぱり、主の言う通りかな…」
それでも、念のために警戒して置かなくちゃならないけど。
――主は僕を含め、誰かと一緒に居たりすることが好きだ。いや、好きと言うよりは独りで居ることを拒んでいるんだろう。それも無意識に。その考えを持ったうえで、相手を束縛しない様にしてる辺り主らしいと思う。だけど…個人的に一番心配なのは――
「――下手すると自殺しかねないからなあ……」
勿論、今の所そんな事一回も無かった。でも、主はその考え故に自分の能力の事も含めて、何者からも嫌われることを恐れている。だから、「誰かに頼まれたから」と言って本当にそんな事を起こしそうな気がしてならない。
――と言うか、自殺はしなかったが、似たような場面なら永琳さんが地上に居た頃に何度か遭遇している。そんな経験則から、主の考えは大体予想がつく。
「…寝よ」
考えるのは明日になってからにしよう。そうしないと、寝不足で明日もしもの事態が起きたとき万全に対処できなくなってしまう。
そういうことで。
―――おやすみなさい―――