小説『東方鬼蠍独拒記』
作者:寄生木()

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其の八。組手。その後、再会。



もうすぐ、人間が居る時代に入るついでに裏話を少々。

――彼は、ある勘違いをしていた。彼に付き従っている妖獣は全くそんなことは無い。というか、分かる筈も無い。
彼は前回「ティラノサウルスのような恐竜」と言っていたが、実際ティラノサウルスでも何でも無かった。ただ骨格や大きさが似ているからと、勘違いされた一匹の恐竜だ。

彼が転生し、生まれなおした時代は現代から約一億年前。しかし、ティラノサウルスが居たのは今から六五〇〇万年ほど前。およそ三千五百万年の開きがある。

…何故永琳たちが居たころに恐竜に遭遇しなかったかはさて置き。

――まあ、何が言いたいのかといえば彼の生き物好きとしての知識はやや外れていることが多い、という事である。あと、しいて言うなら彼は七百年ぐらいだと思っていても、実際は確実に十倍以上の年月は経過していた。

さて。そんな主人公の頭の中がどんな風になっていることは放っておいて。

今現在、彼ら…『数多泡沫』と『コテツ』が何をしているかといえば――










「――ふ!!」

上半身は左腕と左目以外包帯でぐるぐる巻き、赤い着流しを着て黒い馬乗り袴を穿いた長髪の男――泡沫は右腕の手刀を目の前の少年――コテツの首目掛けて左から叩き込もうとする。当たれば、間違いなく首がへし折れる、その一撃を。
が、それをコテツは苦も無くそれをしゃがんで避ける。

だが、それだけに終わらずそのまま左足で回し蹴りを行おうとするも――

「――せやっ!!!」

――コテツが動く方が速かった。彼はしゃがんだ状態から力を入れ、思い切り地面を蹴飛ばし、泡沫の鳩尾へ、先端に鋭い爪を持った貫手を繰り出す。

それが決まれば、泡沫は絶命していたであろう。彼は妖力を使って身体強化を行うことが出来ない。肉体の強度と強さは人間のそれと――まあ、なかなかにふざけた大きさの刀を片手で振るう事が出来るとはいえ――変わらない。

だが、その一撃は決まらなかった。回し蹴りを行おうとした左足では無く、軸足としていた右足から前転するようにして、コテツの貫手を避ける。

コテツは避けられたことで、泡沫の後ろにあった木の幹に貫手を放ってしまう。
そうすればどうなるか――指先から、手の甲の半分ぐらいまでが木の中に突き刺さってしまった。

「今日はもう止めにするか。…抜くの、手伝うか?」

「い、いえ。大丈夫です…たぶん」

簡素に、端的に結論を言えば。

彼らは最近の日課になってきた――組手(という名の殺し合い)をしていた。









始まったのは半年ほど前の事。

「なあ、コテツ」

「はい?何ですか主」

場所は彼らの住居である、骨と岩石から出来ている、巨大な塔だ。中央は完全に中心部は縦に完全に空洞になって、頂上は透明で大岩の様な結晶がはめ込まれており、塔全体が蔦などの植物に覆われている。
50メートル程の巨大な塔は更に大きくなり、現在は60メートル程の円柱。
塔の中は頂上の結晶の影響で光が乱反射し、意外と明るい。
…どうでもいいが十階建てで、部屋ではなく階層ごとに割り振られている。
今の所、一階がホール、二階がコテツ、三階が泡沫、それから上は今の所未定だ。

結晶は何処で手に入れたかと言えば、本格的に食べるモノが無くなったころに諦めて彼が土を食べるついでに面白半分で掘って行った結果見つかったもので、何かに利用できないかと考えた結果…今では太陽か月が出てるとき限定でライトの代わりになっている。

因みに掘り進んでいった際、握りこぶし程の大きさの金色に光る塊…金塊やら、多種多様の宝石の原石やら、とにかく将来とんでもない額になるほどの高価な物を見つけては『綺麗だから』と物置に仕舞いこんでいる。

――あと、この塔。後にある名称が付くのだが、今これを書いてしまうと読者の方々がつまらなくなってしまうと思うので、今はまだ塔と呼ばせてもらう

さて、話を戻そう。
コテツがどうにか命を奪う行為を割り切れるようになってすぐ、恐竜たちが居なくなったのだ。原因はわかりきっている。空から隕石が降り注いできて、その時舞い上がった土などのせいで日光が遮られ、生い茂っていた草木が無くなったことだ。
するとどうなるか。まず、草食の恐竜から死んでいく。それに続くように肉食恐竜も死んでいったのだ。

まあ、草木も無くなり本格的に食うモノが無くなった泡沫が土を食って妖力に変えたので、結局どうにかなったが。

そして、今現在。

恐竜程の大型の生き物は居なくなったが、色んな生き物が独自の進化を遂げつつあった。
しかし、彼にはある悩みが在った。

(最近戦ってないから、身体がなまってそうだな…)

これである。
恐竜が居なくなって相当の年月が経ち、刀も振り続けてはいるが、それでもやはり、相手が居ない状態で刀を振り続けても、あまり解決には繋がらなさそうだった。

―――よって、

「――組手をしないか」

「唐突にどうしたんですか…」

「いや。前に居たデカいトカゲを見なくなってから狩りをしてなかっただろう?身体がなまるのは避けたいんだ」

コテツの前では『恐竜』ではなく『デカいトカゲ』と呼んでいる。まあ、随分前からの彼の癖の様なモノだ。

「…なるほど、それもそうですね。いいですよ、やりましょう」

こんな感じで、組手を行うことになった。
ルールは三つ。武器は使わない。妖力を使わない。互いに殺すつもりでかかる事。
…三つ目はどうかと思うが、ともかく。

――戦闘を行っていた理由は大体こんなもんであった。











「ふーッ!!…ふーッ!!」

「…やっぱり手伝うか?」

「………すみません。お願いします」

「ああ」

申し訳なさそうに、木の幹に足を着け手を引き抜こうとしていたコテツは諦めたようにオレに頼んできた。
オレは空間から『椿』を取り出し、コテツの手に当たらないように刃を上に向け、コテツの右手が刺さった位置より少し上の位置に刀身を突き刺し――

―――ザンッ!!

――そのまま、上に振り抜いた。
まあ、手が刺さってる位置にまでひびは入ったが抜ける様子は無い。

オレは『椿』をしまい、両腕に妖力を流し込む。
すると、どうなるか。妖力が流れ出るようにオレの腕に纏わりついたと思ったら、オレの両腕はもう既に鋏の様な『口』の形になっていた。

そして、ひび割れた木の幹の両端に腕で噛み付き――

――バキ、バキバキバキバキ!!!!

ひび割れたところと斬ったところからから、木を縦に裂くようにして引っ張った。

そうすると、勝手に抜けるかのように、コテツの手が抜け落ちた。

「あ、ありがとうございます…」

「気にしなくていい。さて…」

――ボギ、ゴギ!

オレは木を腕で食らって行く。少し前までは土を食らう事にも抵抗があったのに今ではもう生き物以外でも普通に食べられるようになった。慣れって怖いもんだ。

――ムシャムシャ、ゴクンッ

ごちそうさまでした、と。

「そろそろ帰るか?」

「あ、じゃあ僕は木の実を採って来ますから、先に帰っておいてください」

そう言って最早目に追えない速さでどこかに行ってしまったコテツ。相変わらずだけど、やっぱり速いな…。

「…行くか」

一人で何もしないで居ても、アレだしな…。








特に何も無く、塔にたどり着いたオレは三階――オレの部屋に向かう。
そして、毎回この階に入るたびに思う事がある。

「やっぱり、殺風景だな……」

家具の類も置いて無ければ、特に大切な物やらも在るわけでは無い。しいて在るとすれば、名も知らない巨大な恐竜の頭骨が今のオレの寝床になってることぐらいか。

念のため言っておくと、別に塔の中はカビだらけとかは無い。むしろ全くない。骨と大きい石で組み上げたから、雨風が通る程隙間だらけの筈なのに雨風も全く入ってこない。こればっかりはオレも疑問だが。
やっぱり、少しは宝石とか置いた方が良いか?と、考えてるうちに何だか眠くなってきた。

「…寝るか」

まあ、コテツが帰ってきたら起こしてくれるだろ。
そう考えて、オレは寝床代わりになっている頭骨の上で眠りについた―――













―――そしたら、だ。

気が付いたら、真っ白な空間に居た。

「――ここって…」

「――やあ、久しぶりだね。泡沫君?」

「…何でお前がオレの夢の中に出てくるんだよ……」

懐かしい声が聞こえたと思い後ろを向くと何か、右手にいかにも魔法使いと言える杖を、左手に大きめの麻袋を持ったグルが目の前に居た。
いや、今まで出てきたことなかったから、それが普通だと思ってたけど、よくよく考えたら魔法使いなんだし、何やってもアリ…な気がする。

「む、相当久しぶりに会ったと言うのにその反応は酷いんじゃないかな?あと、話し方変えたの?」

「いや、もう会えないと思ってたやつが夢の中に出てくるとは思わなかっただけだ。あと、話し方については知らん」

本当、何て驚けばいいのか。実際、分かんなくなってきてるし。

「そっか、なら良いや。妖怪になっちゃったみたいだけど、身体の方は?」

「全然。全く問題ない。んで?グルはグルで人の夢の中にまで何しに来たんだ?」

「あ、そうだった。えーとね――」

グルは麻袋の中に手を入れて…相当厚い、表紙にオレには読めそうもない文字が書いてある本をオレに差し出した。

「…コレは?」

「えーとね、随分前――転生させる直後辺りに――言ったよね?世界を越えて会いに行けるって。でも完全に僕の私情でいろいろ遅れちゃったんだ。だから、そのお詫び…かな?」

「それを言うお前が疑問形でどうすんだよ……」

「ふふ、それもそうだ。で、この本――魔導書なんだけどね――」

「…別に要ら「拒否権はないよ」…せめて最後まで言わせろ」

言い切る前に言われちまったし…

「だって、『別に要らない』っていうつもり満々だったでしょ?」

まあ、そりゃあ…なあ?オレとしてはもう『愚者』と『椿』を貰って、能力も貰ったし、何か、こう、後ろめたい気持ちになるんだよな…。

「…はぁー、だから君はそういう事気にしなくて良いんだって。似たような事、永琳ちゃんだっけ?も言ってたでしょ?」

「だから、心読むなって――あと、ここで永琳の話題出すな。泣きそうになる…分かったよ、受け取ればいいんだろ?ありがとな…んで、この魔導書は何なんだ?魔法でも使えるようになるのか?」

嫌々で何だかんだ言いつつも受け取ったオレ…こういう所は治した方がいい気がしてきた。

「んー、違うかな。名前は『命の魔導書』
確かに魔法に関するありとあらゆる知識は書かれているよ。それこそ、始まりの魔法――今ある世界の破壊、新しい世界の構築とかもね。
でも、この魔導書を持ってるからと言って魔法が使えるようになるわけじゃ無い。
この魔導書の真の力は、命の共有だよ」

「命の共有?」

「そう。例えば、僕と君の命を繋げよう。するとね、僕がこの場で自殺しようとも、命を繋いだ君が生きている限り僕は死ななくなる――いや、死ねなくなる。そう言えば、分かる?」

何でまたこいつはそんなとんでもなく厄介で恐ろしい代物をオレなんかに渡そうとするかな…そういうのはオレなんかよりももっと良い奴に渡せばいいだろ。たぶんだけど、オレが生きてた時代なんかそういう人間は掃いて捨てるほど居ると思うぞ。ほんと…。

「――おっと、そろそろ時間みたいだね」

「時間?」

グルがそういうと、真っ白の空間にひびが入るようにして、割れた隙間から暗闇が見えた。
なるほど、オレが目を覚ますってことか。

「はあ…グル、オレにこの魔導書渡したこと、後悔するなよ?」

「しないよ。あと、度々君に夢の中に出てくるかもしれないから、その時はよろしくね」

「――ああ。じゃあな、友人?」

「うん、バイバイ――」

そんなやり取りの後、オレの視界が真っ黒になった――









「・・じ・・・あ・じ!…主!」

「…ぅん……?」

コテツの呼ぶ声が聞こえてきて、ふと目が覚めた。
あれは…夢ってわけでもなさそうだな。

っと、今はコテツの方が先だ。

「おはよう…今どれぐらいだ?」

「もうすぐ月が昇ってきますよ。それに、まだご飯食べてないと思って起こしに来ました」

「…ああ、そうか。悪かったな、今、下りる」

「分かってくれればいいです」

他愛もない会話をしながら、オレたちは一階に下りて行った。




夜中。ご飯を食べ終え三階に戻ったオレは物置に入り、あの魔導書を探していた。

「――えーと、お。あったあった」

物置の隅っこに魔導書はあった。
改めて、表紙を見る。全体的に青を中心に灰色、黄色、緑色の三色で様々な模様が描かれている。大きさは縦30センチ横45センチほどで、厚さは10センチはある。重い。
ページを開けば少なくともオレには理解できない文章が並んでいた。そんな中、ページ数的に丁度中央にあたる部分。オレには読めないはずなのに意味が理解できる文章があった。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。
――そして、その分を読んでから

「――この文章が、存外『命の魔導書』の名の由来なのかもな…」

そうぼやいて、オレは魔導書をもとあった場所に戻し、そのまま塔に戻って寝ることにした。















『生を謳歌し、死を恐れよ。生に進み、死に堕ちよ。生は光。死は闇。生とは繁栄。死とは滅亡。生とは善であり悪、死とは悪であり善。
生をもって死を知れ。死をもって生を知れ。
生と死は鏡写しの対極。
生とは死へと向かう道筋。その道筋は逆走すること叶わず。
なれど、その道を恐れるな。恐れた時こそ、真に死に飲まれ、打ち勝った時こそ、真に生を知るモノとなる』

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