小説『東方鬼蠍独拒記』
作者:寄生木()

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…すみません&lt;m(__)m&gt;前後編に分ける心算が、どうも今回だけだと終わらないみたいなので三つに分けます。
前後編だけに収まらせるつもりだった前の自分をぶん殴りたい…orz

それでは、中編です。どうぞ。




投稿してすぐに修正入れてすみません。…あっれー?ルビが入れられない…;;











其の十。争い?勘違い?話し合い。中編




『鬼蠍』。
オレには聞き覚えのない呼び名だったが―――心当たりはこれでもかと言うほどあった。
と言うか、オレの妖怪としての姿のことだ。絶対。

「聞いた覚えはないが、心当たりなら嫌と言うほどある」

「そうかい。その心当たりっていうのは?」

「オレの…」

オレにとっては殺される程度であれば些細なことだ。むしろ、それでオレが好かれる様になったのであれば、喜んで命を差し出そう。だが、オレが危惧しているのはそういう事ではなく、オレの妖怪としての姿が周囲に知られる事で、余計に嫌われるんじゃないかと言う心配だ。








いや―――もう取り返しの無い程、嫌われているか。
能力故とはいえ、他者に嫌われ続けているのは事実。

「オレの―――妖怪としての姿だと思う」

けれど、たとえどれほど嫌われようとも、せめて―――――――








私は目の前の妖怪――弱小妖怪を自称する、ぼろぼろの布で顔を隠した長髪の妖怪―――数多泡沫に『鬼蠍』の事を教えるべきか、迷った。

私は疑問に思っていた。さっきから泡沫に対して、嫌悪感と言うか、そう言う感情を抱いていることについて。
本能的に嫌な奴だ、と理解しているなら分かったがどうもそれとは違う。

話していて、私達に危害を加えるような仕草は――よく分からない鉄で出来た『何か』を使った爆音以外――何もしてこない。それどころか、嫌悪感を除けば、良い奴だと思った。何より、『鬼蠍』の呼び名を出してすぐの声色が、何かに怯えているような、恐れているような、そんな雰囲気だったこともあるのかもしれない。

まるで、嫌われる様に意思を誘導されている。そんな言葉がしっくりくる。

――このことは後でしっかり聞いておくか。

そう心の中で決め、

「妖怪としての姿、ねえ。その言い方だと、アンタは元々人間でしたっていう風に聞こえたんだが?」

これは事実だ。さっきから話してて妖怪と言うより、人間に近い感じが幾つも見受けられた。というか、完全に人間と話している感覚だった。
まあ、流石にそれは無いと思うけど、念のため確認して置いて損は無い。

「……ああ、そうだ」

「――やっぱりかい」

別に、人間から妖怪になったモノが珍しいわけでは無い。
海を渡れば、人間から妖怪になったモノは多くいると、何処かの海の神から聞いたことがあった。
実際に見たのは初めてだったが、ね。

「良いかい。よく聞きな。
―――『鬼蠍』っていうのはね、人間、妖怪、神問わず言い伝えられている伝承みたいなものなんだよ」










―――彼の者は最古より生きし、我らの敵。





―――彼の者が住みし森。命惜しき者入る事を禁ず。





―――彼の者は黒き鎧を纏いし災厄。





―――全てを喰い砕き、己が力へと変える鬼神。





―――その言葉は、人を拒絶し、妖怪を否定し、神を受け入れぬ。





―――その顔は常に憤怒に彩られた鬼の能面。





―――その髪は恐怖を放ち、命を壊す力の具現。





―――その鎧は如何なる責苦を拒絶する黒き肌。





―――その腕は何もかもを食す大顎。





―――その足は大地を踏み砕き、敵を叩き潰す巨木。





―――その尾はあらゆるモノを破壊する剣。





―――彼の者の名を我らは知らぬ。ならば、我らは畏怖を持ってこう呼び継ごう。









―――鬼蠍、と。









「…そう、か。つまり、簡素に言ってオレは災厄扱いされていると…尋ねるが、八坂たちがオレに会いに来た理由は、怖い物見たさもあったのか?」

「いや、そんな心算はない。ただ自分の国の中に自分の土地か分からない場所があったから、そこを見に来ただけだ。もう一つ、用事もあるけどね」

それを聞いて、少し安心した。そんな伝承を知っている上で、オレに自ら近寄って来てくれる奴がいる事に。
…だが、この森の木の実やらキノコやらを余り採りすぎないようにしていたオレの善処は無意味だったらしい。
それもそうだ。伝承を聞いた限りだとこの森に誰も入ってはいけない事になっているようだ。その事を知らされ、思わず掌と膝を地面につけ、自分に対する呪詛を吐きだしたくなったが。

「もう一つ?何だ?」

まあ、今その事はどうでもいい。
もう一つの用事とは何だ?オレたちを殺すつもりが無い事は、話しているうちによく分かった。だからこそ、話し合いも終わったことだ、これ以上何も話すことは無いと思ったんだが。

「ああ。話し合いも含めて、お前さんにはもう一つ用事があったんだ。単刀直入に言うと―――私と戦わないか?」

「…は?」

予想外だった。少なくとも、お前の命をよこせ、と言われる以上には。
だが、オレの口から出る言葉は既に決まっている。

「断る。オレは、誰かを殺す気は毛頭無い」

「ああ、その心配なら要らないよ。鬼がよくやってる喧嘩と同じさ。相手を殺さず、互いに何かを賭けて戦うんだよ」

「………」

鬼、喧嘩と言うのはよく分からなかったが、鬼と言うのは妖怪の種族としての呼び名、喧嘩とは殺し合わないぐらいの戦いの事、らしい。

オレは殺したくないのであって、戦い自体は嫌いなわけでは無い。むしろ好きな方だ。まあ、誰かと一緒に居られる事と比べれば、比べるまでも無いが。だが、懸念もある。

今までコテツと組手をしていた(殺し合っていた)が故に、相手を殺さない様に加減が出来るか不安なわけだ。

…よし、そういうのはコテツに任せよう。

「――コテツ」

「はい、何ですか主」

「オレの攻撃が不味いと判断したらすぐに止めにかかるようにしてくれ」

「え?やるんですか、主?」

「ああ。頼めるか?」

意外そうな、それで居てある程度予想はしていたような声が聞こえた。
コテツは「はあ…」とあからさまに疲れた様なため息をついた。

「分かりました。任せておいてください」

―――後から聞いたのだが、この時のオレの目が、あまりに楽しそうだったから止める気も失せたらしい。…オレは戦闘狂ではないんだが……。

「よし―――――待たせたな八坂。その勝負、いや、その喧嘩、受けて立つ。だが、ここだと狭すぎる。移動するぞ」

「分かったよ。ところで、ついでに賭けでもやろうと思ってるんだけど、何か賭けるんだい?」

「…賭け、か。聞いておくが、八坂の賭ける物をオレが指定するのは問題ないか?」

「―――私に出来る範囲であれば構わないよ。相当無理なことでなければ、だがね」

「そうか」

オレの候補は、いろんな色をした綺麗な石、光る黄色の塊、『命の魔導書』。まあ、最後のやつは出す気はこれっぽっちも無いが。
となると、どちらか二つ、か。或いは、両方か。




――よし、両方でいいか。

「ちょっと待ってろ。取って来る」

物置を開き、中に入って握り拳二つ程の光る黄色の塊と、同じ位の大きさの透明な石を持って物置から出る。
外に出ると、呆気にとられたような顔をしている八坂。面白い物を見たような顔をしている洩矢。コテツは先ほどとは違い、額に手を当てながら空を仰いでいた。

「…どうした?」

一番に口を開いたのは、洩矢だった。

「へぇ。泡沫って他にも能力持ってたんだね。複数の能力持ちなんて久しぶりに見たよ」

何故オレの能力が複数あることを知っているのかは聞かない。コテツがオレの能力の事を話したんだろうと見当は付いていた。

「そうか。で、八坂。賭けに使えそうなモノを持ってきたんだが、こんなのでもいいか?」

言葉をかけられた八坂はハッとする様に驚き顔から元の顔に戻っていた。何という早業だ、と一瞬思った。
―――と、思ったら。オレが両手に持っているモノを見て、また表情が固まった。若干、顔がヒクついている。
洩矢も、今度は目を見開きオレが両手に持つ二つを凝視していた。

空を仰ぐのを止めたコテツとオレはどうしたんだろうか?と思い、コテツが声をかけようとした直後―――

「「き…」」

「え?」

「「金塊に金剛石ーーー!!!???」」

―――『鷲爪』の銃撃音に次ぐ、本日二度目の大音が森に響いた。











―――場所は移り変わって森の端――歩いて十分ほどの距離にある――そこには戦うには十分な広さの川砂利が敷き詰められており、そのすぐ傍には浅い川が流れている。

「うう、耳が…耳が…」

「ご、ゴメンねコテツ。悪気は無かったんだ」

コテツに謝っているのは洩矢諏訪子。この地を訪れてきた神の一人である。
妖怪と神。本来であれば倒し倒される関係の二人は、神である諏訪子が妖怪であるコテツに謝っているという、なかなかに面白い構図になっていた。

まあ、原因は諏訪子だけではなく、もう一人の神、八坂神奈子と、彼の主、数多泡沫にもあるのだが。

「い、いえ、もう大丈夫です。それにしても、主が持ってた――金に金剛石でしたっけ。そんなに貴重な物だったんですね」

「貴重どころか、あれだけの大きさなら国一つくらいは買えるんじゃないかな?」

「………」

その話を聞いて―――顔は笑っていたが―――内心頭を抱えたくなった。
というか、だ。彼の主である泡沫はまだまだそれと同じかそれ以上に大きい物を沢山―――比喩を抜きにして掃いて捨てるほど―――持っている筈だが。
黙っておこう、とコテツは心の奥底にその感情をしまいこんだ。

「―――おっと、始まるみたいだね」










「―――念のためもう一度確認するが、武器の使用は可能。合図はオレが投げた石が地面に着いたら。互いに賭ける物は、オレは金に金剛石、八坂はオレに空の飛び方を教える事。他には無いな?」

「ああ、それで構わないよ。…にしても、私が賭けるのは本当にそれでいいのかい?私はアンタの事が既に気に入ってるんだが」

泡沫と神奈子は、話して居ながらも既にそれぞれの武器を携えていた。
泡沫は自身の背丈より僅かに大きい片刃の剣――後に日本刀と呼ばれるようになる武器―――『愚者』を右手に持ち、腕の力を抜く様にして。
神奈子は、1メートル有るか無いかくらいの両刃の剣を泡沫と同じく右手に持って、だけれど泡沫と違って何時でも動けるようにしていた。

「……他に思いつかなかった上、特にそれ以外要らなかったからな」

「…ここに来る道中でも話してて思ったけど…本当に無欲だね。色々と……」

念のため説明しておくが、既に道中で神奈子は諏訪子から泡沫の能力の事を聞いており、効果は既に半減されている。
それを差し引いても、本来であればまだかなり嫌われている筈なのだ。彼女の気に入っていると言った発言を裏付けるには十分だと言える。


あと、ここに来るまでの道中の会話だが、簡素に言えば、賭け物の事。神がどのようにして生まれたか。自分の事。この三つだ。
…なお、泡沫が二つ目の話題の際、

「神が信仰心で生まれた存在なのは分かったが…人はどのようにして生まれるんだ?」

と、ある種の爆弾発言をした。しかも、泡沫にとっては冗談やわざとで聞いたことではなく、大真面目に疑問として聞いたため、聞かれた側も怒るには怒ったが、人前でそんなこと言うと嫌われるぞ、と注意をするくらいに留めていた。

―――前世の記憶はグルの事と自分の願った能力とか体質の経緯と武器しか覚えていないってどういう事だ。流石にそういう事は少しは覚えてろ。元とは言え人間として―――

恐らく、泡沫が似たような類の話をすることはこの先無いだろう。
因みに、神奈子は顔を赤らめそっぽを向き、諏訪子は心底驚いた表情をしてから何故か終始笑顔だった。

「まあ、そういうのはどうでもいい…本音を言えばまだまだ話していたいが――――そろそろ始めるか?」

「―――ああ、何時でも構わないよ」

そう言うと、互いの持つ武器を構え、無言になる。泡沫は左手に持っていた小石を真上に放り投げた。










そして、川砂利に小石が着地した瞬間、
―――ガキンッ!!!と金属同士がぶつかり合う、高い音が響いた。

そして、その場から互いに硬直し、先に動いたのは―――神奈子だった。

「――――はっ!」

互いの獲物の根元でぶつかり合っていた武器を弾くようにして泡沫を後ろへ飛ばし、左手に剣を持ち、無手になった右手を前に突き出した。
その右手から―――巨大な力を持った神力の光弾を幾つも、雨あられの如く―――弾幕を打ち出した。

普通であれば、最低でも中妖怪ほどの実力が無ければ、その内の一発でも着弾すれば泡沫は命を落としていただろう。

だが、その程度で命を落とす様な妖怪で、彼がある訳が無い。

自身に迫りくる幾つもの光弾。それに対し、泡沫は冷静に対処していった。つまり―――

「―――ふっ!」

シュッ!と、高い音を立てて一つの光弾を斬り裂いたと思ったら。
一瞬の内にして、全ての弾幕が斬り裂かれ、突き斬られ、消滅していた。



神奈子は接近し戦おうとして―――左に飛んだ。
ザザザッ!と、砂利を引きずった音が鳴り、神奈子に小石の群れが飛んでくる。だが、その程度で済むのであれば、その行動は間違いなく正解だったのだろう。何故なら―――彼女が立っていた位置、より正確に言うなら―――彼女の心臓目掛けて『愚者』による突きが行われていたのだから。

「―――へえ、やるじゃないか」

止まり切り、そう言いながらも神奈子は内心舌を巻いていた。互いの初撃となった獲物がぶつかり合った際、音とは裏腹にその腕に全く衝撃が無かったのだ。つまり、それは泡沫が技術のみで彼女の攻撃を完全に殺していたと言う他無いということ。

その後も、僅かに硬直していたように見えたが、実際には彼女が耐える状態になっていた。
何に、と聞かれれば、それは泡沫の腕力に。しかも、唯の力押しと言う訳でもなく、その間にも何時でも相手の頭、首、心臓を、突き斬り、斬り裂けるようにしていた泡沫の刀に。

――もし、互いの武器がぶつかった際に彼が受けに入って無かったら。
――もし、彼が両手で剣を持っていたら。
そう考えて、彼女はゾッとした。

「…避けられたか。そちらもやるな」

「その前に一つ言いたいんだけど、アンタ確実に私を殺しに来たよね」

「………………………………スマン」

少々長い沈黙の後、泡沫の口から謝罪の言葉が漏れた。それも、頭を下げる形で。

「ああいや、別にそこまで気にしては無いさ。でもね――――喧嘩とはいえ、戦いの最中に相手から目を離すのは命取りだよ!!」

神奈子は再び弾幕を張った。先ほどと違う点があるとすれば密度か、先ほどがお遊びと思えるほどの―――正しく、壁と呼べるほどの物量が飛んできた。
そして、それだけではない。

「――せぇい!!!」

何処からともなく巨大な柱――御柱を出したかと思えば、その華奢な腕に見合わぬ力で弾幕の方―――泡沫目掛けて思い切りぶん投げた。



流石にこれで終わっただろうと考えていたが―――いかせん、決着となるには少し早かったらしい。

まず、弾幕が泡沫がいる場所、並びにその付近へ四方八方へと。それに伴い、地面が捲り上げられ、大量の砂利が宙を舞う。更には、川の水面にもぶち当たり、大量の水が砂利と同じく舞い上げられた。

止めと言わんばかりに、ドンッ!!と鈍い衝突音が鳴る。神奈子の放った御柱が泡沫に当たったのだろう。だがそれは、泡沫の身体には当たってはいたが―――

「…それが、妖怪としての腕かい?」

「―――ああ。腕と言うよりは、『口』だけどな」

―――砂利と水の洗礼を受けながら、その実ほぼ全く無傷で彼はその場に立っていた。そして、当たっていた御柱は今現在、左腕が変化した『口』に噛み付かれる形で空中にとどまって居た。








ただ、ここで一つ問題が発生する。

あくまでも無傷で無事だったのは泡沫自身のみであり、その身に着けている衣服も無事だったわけでは無い。
そう、例えば―――包帯なども。

はらり、と泡沫の身体に巻きつけてあった包帯が解けていく。そもそも限界であったのだろう。全体的に黒く変色しているとはいえ、寧ろ、気が遠くなるほどの長い年月の中で、よく一度も千切れたりし無かったものだ。



何が言いたかったのかと言われると、包帯が全部とれてしまった頃には―――

「―――ッ!?お、おい!その顔は!?」

―――最早、喧嘩どころでは無い訳で。

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