其の二。帰宅、それから、いろいろ
歩き始めて半日と少し。ようやく家にたどり着いた。妖怪と戦ったときは夜だったが、今ではすっかり朝日が昇ってしまっている。あと、妖怪の遺体なら依頼主…どっかの研究所の人に町に入ってから引き渡した…顔合わせただけで嫌そうな顔された挙句、「用が済んだならさっさと帰ってくれ」と言われた。ぶっちゃけ慣れてしまったが。
「ただいま」
「あ、お義父さん。お帰りなさい」
玄関を開け、座敷にたどり着いたオレを迎えたのは養子―――縁側のようなところに座っていた。娘の永琳だ。
…うん、何時見ても俺より大人びているとしか思えない。何か負けた気がする。仮にも父親なのに。
ただ、まあ―――
「…永琳。本当に出来れば、学会の発表とかで使う資料はこうゆうところにぶちまけて置かないでおいてくれないかな……」
―――こうゆう所は年相応なのかなーと、思ってしまう。
今の縁側の状況を一言で表せば―――とてつもなく汚い。いや別に汚れてると言うわけではなく、資料のようなものが辺り一面に散乱しているのだ
「…ごめんなさい」
「それならいいよ。……?オレの顔見つめてどうした急に?」
「い、いやそういう事じゃなくて、お義父さん位に背が伸びればな…って」
いま、永琳が言ったようにオレの背は結構高い。前世と目線の位置が全く変わらないから、多分188位だと思う。
あと、ついでだからオレの服装の簡単な説明だけさせてもらうと、上に赤い着流しを着て、下は黒い馬乗り袴――ズボンみたいになっている袴――を穿いている。
「そうは言っても女の子の中では高いと思うんだが……帰ってきたばっかりで疲れたから、ちょっと寝る」
「はーい。お休みなさい。あと、寝る前にシャワーを浴びた方が良いかもよ?」
「…はいよー」
オレは部屋を後にして、寝室に向かう意思を捻じ曲げて、シャワーを浴びに風呂場へと向かって行った。
「…何で私はもう少し自分に素直になれないのかしらね」
私はお義父さんが去って行った廊下を眺めていた。
「はぁ…」
私はお義父さんが好きだ。…勘違いされそうだから説明しておくと、『家族として好き』なのであって『恋愛の対象として好き』な訳ではないわ。
―――最初に出会ったのは孤児院。そこに居たのは私一人だけ。そんな場所に預けられている私は、初めて目にした瞬間から、『この男は嫌いだ』と一方的に嫌っていたにも拘らず、それがどうしたと言わんばかりに『この子を引き取る』と言われたときは相当に意外だった。
その時に言っていた言葉は、今でも鮮明に思い出せるわ。
「…生憎、お前の親代わりとして出来る事なんて、たかが知れているからな、か…」
私は年の割には思慮深かった自覚がある。よって、『この男に何かされるのでは無いか』と引き取られてからは毎日のように思っていた。だから、いざとなったらこの男を殺そう、とも。
でも、半年以上経ったのにそのような事は一切なかった。
それどころか、毎日何も言わずご飯を作ってくれたり、服なども沢山買ってもらったりして私は自分の考えに疑問を持ち『私に何かするために引き取ったんじゃ?』と本人に質問した。
すると返ってきた言葉は―――
『…はあ、誰がそんな事やるかっての…安心しろ。別にお前に変なことするために引き取ったわけじゃ無えよ。ただ、不憫だと思ったから親代わりをしようと思った。それだけだ』
―――私は何故彼のことを疑ったのか、と今までの自分を責めた。
不器用と言うか―――今ではそんな事無いが―――人付合いが苦手なのでは?と本気で考えたりもしたが、どの道、彼の言葉に嘘偽りが一切ないことがハッキリと分かった。
―――次の日以降、彼の言葉使いが何となく周りを遠ざけようとしてる風に聞こえた私は、これまた思い切って聞いてみることにした。
『あ、あの…』
『ん?』
『い、いえ。ただ、何で周りを遠ざけようとしてるのか、疑問に思って…』
そこまで聞いた私は、何で養父―――この男を気にかけるのか自分でも分からなくなってしまった。
何故?どうして?私の中で疑問が膨らんでは消えていく。
『…まあ、お前には教えてもいいか。理由はそうだな…。友人とか知り合いを作りたくないのと、オレの能力だな』
私は最初、その言葉の意味が理解できなかった。私には確かに友達は一人もいない―――今は友達はいる。立場上上司に当たる真里(何故呼び捨てなのかと言うと『そんなに堅苦しくされるとウチの方が困るよ』と言っていたから)、自分の研究所の部下などの関わり合いが多い人たち。互いに愚痴を言い合ったり、時間を見計らって遊んだりしている―――けど、それでも人間関係は築きたいと考えている。
それなのに彼は、その人間らしい考えから外れている、いや、外れようとしている風にしか、私には思えなかった。
何でも彼曰く、
『初めから嫌われることが分かっていながら、誰かと仲良くなろうなんて、滑稽な考えもいい所』。
…その言葉と能力の関係に気が付き、まさかと思い聞いてみたところ―――
―――大当たりだった。彼の能力の名は『他者に嫌われる程度の能力』。能力はそのままの意味過ぎて、私は思わず怖気が走った。
だから、だろうか。私が彼を…、お義父さんを支えなければと考えるようになったのは。
「さて、と。これで最後…」
床に散らばっていた資料をまとめ時計を見る。この時間帯ならもう直ぐお義父さんが風呂場から上がる頃だ。
「私も一緒に寝ちゃおうかしら?」
それを考え、私は少しだけ悩んでそれを実行に移すことにした。
風呂から上がって、自分の布団の中に入ろうとした。明日もなんか依頼受けなきゃ、そんなことを考えつつ。そしたら、
「…なんでオレの布団の中に居る永琳?」
「えーと、た、たまには良いかなー、と…」
何故かオレの布団の中に永琳がいた。それもいつも着ている―――個人的には時代が早すぎると思う赤と青の二色で構成された看護師?の様な服―――ではなく、女の子らしい可愛らしいパジャマを着て、だ。
「…」
「な、何?」
「……」
「うぅ…」
「…まあ、たまには良いか」
「本当?!」
「ただ、まあ、オレ、寝相とか相当酷いと思うから、気をつけろよ?」
「うん!」
こうしてオレたち親子は、二人そろってしばしの間、布団の中で寝て過ごした。