小説『東方鬼蠍独拒記』
作者:寄生木()

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其の四。『ゴメンな』




「月に移住する?」

「うん。地上には穢れが多すぎる。だから、穢れ無き月へ向かうことが今回の会議で決定されたわ」

永琳と暮らしだして早十二年。猫が家族に加わり一年ほど。永琳は十七になり、オレは二十六になった。

そして、あの子猫。チーターみたいな毛並みと言ったが、本当にチーターだったということを知った時は――さらに言えば、通常のチーターとは模様が違う上に、極めて数が少ない幻のチーターとも言われていた『キングチーター』であったことを知った時には(というか何となくそうでは無いかと思っていたが、子供のころから毛並みが違うとは知らなかったので)前世から続く動物好きとしては感涙ものだった――度肝を抜かれるほど驚いた。

なんで、当たり前のようにチーターがいる?とかは気にしない方がいいと思う。

現在では、昔ほど鳴かなくなり――声を出すのを最後に見たのは、知っている限りでは半年くらい前――体格も大人のチーターと同じくらいで、我が家の見張り番をやったり、オレと一緒に依頼を受けて妖怪退治をしていたりする。名前は『コテツ』。性別はオス。今でもオレの膝の上に乗っかったりするが、小さい頃のように肩の上には乗っかれなくなってしまった様で、なんか落ち込んでるように感じられた。

失礼、話が脱線した。

今は永琳からとんでもない話を聞いていたところだ。

分かったことは、今この世界に生きている人間は基本的に不老であり、その不老を脅かす存在が『穢れ』…妖怪の持つ妖力の中にあるモノの事らしい。ただ―――

「永琳、あえて言おう。―――馬鹿か?」

―――今までふざけた科学力でどうにかなってはいたけど、これは流石に馬鹿げ過ぎだ。

「…何故かしら?お義父さん」

「妖怪は人間の心、感情から生まれるモノたちの事だ。そしてやつらは人間が居続ける限り絶対に滅びないだろうが。それなのに月に行ったとしてもそれは「そのことに関しては大丈夫」…何故、そう言い切れる?」

オレが永琳に意見を述べていたところ、永琳は大丈夫だと言う。

「理由は二つ。まず、妖怪は人間がそういうモノがいると認識したうえで存在することが出来る。確かにお義父さんの言う通り月に行っても妖怪は生まれるでしょう。でも、もしその人間が妖怪の存在をごく一部の人間を除き、忘れてしまったら?」

「…考えたな。要は、一部の人間たちを除き、『妖怪が存在する』っていう事を忘れさせちまう訳か。確かにそうなれば人間は『自分たちより上の存在はいない』と認識してるから(・・・・・・・)、自然と妖怪も発生しない、か」

妖怪は人間が『こういう存在がいる』と認識しているからこそ、存在できる。逆に言えば、『そういうモノは存在しない』と認識されてしまえば、存在できなくなる。

全く、よくそんなとんでもない事が平然と思い浮かぶな…。

「流石は、『都市の生きる頭脳』か?」

「…その呼び方はやめて頂戴。でも、褒め言葉として受け取っておくわ?」

「そうか。んで、もう一つの理由は?実の所、同じことを地上でやればいいだけの話だと思うんだが」

「それだと妖怪たちに気付かれるの。流石に自分たちの存在に関わってくるような事態になったら、妖怪達だって否が応でも私たちを止めようとするわ。だから「わかった。要は月への移住は半分本当で、もう半分は『時間稼ぎ』か」…うん、正解」

まったく、本当に、よく考えられている。

まず自分たちが住める―――ように結界でも張るんだろうが―――月へ移動。その際、『妖怪が実在する』と言う事だけを忘れさせ、月に妖怪が生まれないようにする。そして地球に存在する妖怪は人間が居なくなったことと、忘れられたことで自動的に消滅する、か…。


「それはそれで月の方で面白い事態が多々起きそうだな」

「ええ、そうね。でも――」

「でも?」

「――その時はその時よ。第一、私は天才よ?お義父さん」

――全く、そんな自信満々に言われちゃ、反論する気も失せるって話だよ。

「で?月にはいつ飛び立つんだ?」

「……………………………………………………………」

オイオイオイオイオイオイ……

「まさかとは思うけど、近日ってことは無いよな?」

「…」

永琳は苦笑いしながら顔を逸らした。

「…いつ、行くんだ?」

「…って」

「え?」

「…さって」

「スマン。もう一回言ってくれ」

「…明後日よ。二日後、地球を飛び立つわ。あ、荷物は必要なモノだけでいいか…」

「―――」

後に永琳はこう語る。『あのときのお義父さん顔は笑っていたけど、眼は笑っていなかった』、と。

ゴンッ!!!

「―――ったたたぁ…うう、お義父さん酷いよ…。それに、結構前からそういう事は言って置いたはずよ?」

「全く言われて無い!そういう事はさっさと言えっての!!!…はぁ、荷物纏めてくるから、少し待ってろ」

「…はい」

全く、今のオレは全く悪くない。そうだ、絶対そうだ!


そんな事を考えつつ、オレは自分の部屋に荷物を纏めに行った…とはいえ必要なモノなんてそれこそ『愚者』と『椿』、あとは『鷲爪』位だからな…

あと、今は本当にどうでもいい話だが実は五、六年ほど前に新しい能力が増えた。

それは『空間を作り出す程度の能力』。自分の霊力とかを使って別次元の空間を作りだす。出入りはその空間を作ったオレしか出来ないし、一回空間を作ってしまえば、その空間を維持するのに霊力を消費しないで済む。まぁ、あれだ、要はめちゃくちゃ使い勝手の良い物置倉庫みたいなもんだ。

問題があるとしたら、時間が止まっているわけでは無いので食べ物があるといろいろまずいことになる。その位か。

――あと、なぜ霊力とかを、と表現したかと聞かれればまだ答えられない。というか今はまだ答えようがなかった。

なので、その答えはいずれ。――

さて、どうでもいい思考は放棄して、自分の部屋に向かうかね…。










(私の、バカ)

私は今、かつてない程に後悔している。お義父さんの拳骨は痛いのは知っているし、あれを使ったということは本気で怒っている証拠だ。

「…ちゃんと謝らないと、あとが大変ね」

五年ほど前、お義父さんはいつも通り鍛練を終えた。ここまでは良いけど―――そのころよりも少し前に得た『空間を作り出す程度の能力』を完全に使いこなせていない事もあってか―――『愚者』と『椿』を仕舞い忘れてそのまま寝ちゃったらしくて、珍しく使ってもいないのにこの二振りがお義父さんの脇に置いてあった。

『…さ、触っても、今ならばれないよね?』

お義父さんがいつも振るっているこの二振りに私は相当前から興味があり、お義父さんに黙ってこっそり持ち出し、研究した―――何で研究していたかと尋ねられれば、普通は気になるでしょう?刀は本来、人を二、三人斬ってしまえば刃がボロボロになり、人を斬ることが出来なくなる。けど、あの二振りはそれを道端にある小石を蹴り飛ばすが如く無視している。

片や、人が振るうには少々長大すぎる刀身を持ち、『本来刀で斬れぬモノ』をも斬る長刀。

片や、大きさは普通だが『切れ味』においては最早、物理法則に喧嘩を売っているとしか思えない刀。

そして、共通する点として、鍔が無く『錆びず、折れない』という刀にとって理想とも言える力を持つ。

――一人の研究者として絶対に調べ上げたい!!!

それがその時の私の偽りなき本心だ。本業は薬師だけど…ね。
どのような術が掛かっているのか、はたまた、作りをしているのかを調べていた。


―――していたところ、後ろに言い表せないほどの怒りの感情を感じ、後ろを振り向くと。

『…永琳?何人のものを勝手に持ち出してる?』

…お義父さん(鬼神)が私の後ろに仁王立ちしていた。

その後は半日ほど説教されていたけど、お義父さんの昔の話も聞けた。



――十歳になって、自らの意志で自身の家を出た事。

――数年たってから私を引き取って、少し自分の考えを改めたこと。

――私の頭脳のことで面倒なことになりかけたこともあったけど、どうにか一人で解決したこと

――そして、私が勝手に刀を持ち出したことについてはお義父さんはこう言っていた。

『あの二振りはオレが家を出るときに父さんがくれた刀だったんだ。…永琳、例えばだ。自分から見て深く思い入れのある物、命に代えても大切な物、そういった物が―――今回は家族だったからまだいいが―――他の者に何の許可もなく触れられれば怒るのは当然だと思わないか?少なくともオレは怒る。永琳だってオレに話したくない事とかいろいろあるだろう?それと同じだ。
…………まあ、その、俺も強く怒りすぎたな。ゴメン』

……………最後に謝られたのは少し予想外だったけど。

その日から、お義父さんに刀を貸してもらいたいときは一言声をかけるようになった。

…それでも、ありとあらゆる方法で調べに調べて調べつくしても私のほうが白旗を上げることになったけど。

「とりあえず、お義父さんの部屋に向かおうかしら」

縁側に座っていた自分の腰を上げ、お義父さんの部屋に向かおうと、目の前の襖に手を掛ける。そこで、勝手に襖が開いた。

「あ…」

「うお、びっくりした。荷物、纏め終わったからな?」

…びっくりしたのはこっちの方だ。そう反論したい―――でも、今は

「お、お義父さん?」

「ん?何だ?」

「さ、さっきはごめんなさい。ちゃんと私が伝えたりしてなかったから…」

―――ちゃんと、謝らないと。

「…はあ」

ポフッ

「え…?」

「馬鹿、怒って無えよ。ま、そうやって面と向かって謝ることが出来るのは良い事だ。そういう事、忘れるなよ?」

「―――はい!」


ちゃんと許してもらえたことがうれしくて思わず大きく声を出してしまった。お義父さんは『うるさい』と口で言いながらも笑ってくれている。

この時の私は、月に行ったとしてもこんなに楽しい日常がずっと続くことを考えていた。

でも、二日後、もっとお義父さんと話したりすれば、接したりすればよかったと、嫌と言うほど、気が狂うほど実感させられることになることを、私はまだ知らなかった。



















『間もなく、月へと向かうロケットが発射されます。皆さま方、地上への忘れ物は無いでしょうか。今一度のご確認をお願いいたします』

機械的なアナウンスが流れ、それを聞き流しつつ、オレは永琳が来るのをひたすらに待っていた。周りのやつらは、『何処かに行け』とでも言いたげな視線をオレに向けてくるが、ハッキリ言ってどうでもいい。

「どうしたんだろ、アイツ。まさか何か面倒が起きたとか言うなよな…」

「…」

何かこういう時の直感は嫌でも――自分でも寒気がするほど――よく当たる。
そんな事を考えてたらコテツがオレの足にすり寄っていた。まるで『心配するな』とオレを落ち着かせるように。



しかし、こういう外れてほしい直感程、当たるモノは無い。




「――お義父さん!!」

「お?来たか、永琳。…そんなに慌ててどうした。少し落ち着け」

ようやく永琳が来たと思ったら今にも泣きそうな顔をして、こちらに走り寄ってきた。

「それで、何があった?」

「――妖怪が…」

「…え?」

「――妖怪たちが防壁を越えてきたの。このままだとロケットが発射するまでには町にたどり着いちゃう…うぅ…ヒッグ…」

初めてみた。
いつもはもっと自に溢れた顔をして『如何にかしてみせる!』と言っている永琳だが、こんな、こんなにも弱気な永琳を見るのは、コイツと家族になってから初めてだ。

いや。

或いは、コイツの事だ。オレに、周りに、こんな情けない姿を見られたくないからと、陰ながら泣いていたのかもしれない。

だとしたら。

だとしたらオレは。

なんて。

なんてバカだったのだろうか。

コイツを守れてるとでも今まで思っていた。確かにそれは物理的には守れてはいただろうが――精神的な部分は別だ。

「…ゴメンな」

「…ヒッグ…え?」

小さく、蚊の羽音にも負けるほど小さな声で言ったつもりが、永琳にはしっかり聞こえていたらしい。
だったら――聞かれちまったんなら――もう、全部言っちまっていいか。

「お前の事をキッチリ、ちゃんと守れてるつもりだった。
――でも考え直したら、全然ダメダメだった。オレは、お前のことを直接守ることはできても、その『心』までは守れてなかったと思う。
だから、永琳。お前に聞きたい――オレは、お前の全てを、守れていたか?」

そんな事を聞きながら、オレは気づけば自分の席を立ち、操縦室に向かっていた。

「――そんなの、分からないよ…」

後ろから、そんな、小さな声だったが、オレの耳にはしっかり届いていた。

そして、操縦室にたどり着く。
その操縦主は、永琳の部下をしている――オレを目の前にしても、能力の影響有る無しに嫌な顔をしなかった珍しい部類――若い研究員の一人だった。

「おい、操縦主」

「はい。なんで…泡沫さんですか。どうかしましたか?」

キョトン、そんな擬音が付いても良いくらいの顔をしていたが、この際無視だ。

「妖怪が町に近づいてるらしい。オレが止めてくるから、乗り込み口を開けてくれ」

「ッ!?…それは、誰からの情報ですか?それに発射まで時間も有りませんよ?」

「…永琳だ。もう既に防壁を越えちまってるらしい」

「――で、でも今出発すればまだ間に合いますよ!それに、そんなことをしたら貴方は――」

「――オレのことはどうでもいい。オレはオレのやり方に従う。分かったならテメエらはさっさと月に飛んで来い」

正直、今は間に合う間に合わないはどうでもよかった。

ただロケットが飛び立つのを待っているだけなら、妖怪たちの餌になってここに居るやつらは――永琳やオレも含め――全員、食われて死ぬだろう。

今、無理に飛び立とうにも、燃料が足りず墜落して全員三途の川を渡る破目になるのは目に見えている。

なら、オレはその選択肢を投げ出そうと思う。

選べと言われた選択肢の中に無かった、新しい選択肢を選ぶために――

「――わかりました。ですが、絶対、絶対に生きて帰って来て下さいね?」

そうしないと我々が永琳さんに何やられるか、分かったもんじゃないですから、と研究員は付け加え、操縦席にあったボタンを一つ押した。
それと同時に、オレの立っていた場所の横から何かが開く音が聞こえ、外の景色――町の風景――が見えた。

オレは何も言わず、ただ、その場所から飛び降りる。

大体五秒ほどだろうか。空中に舞っていたオレの身体は足から着地した。勿論無傷で。
そして、そのまま町の中央を抜け、防壁に向かって走る。
…のだが

「…コテツ。何もお前まで着いて来いとは一言も言ってないんだが」

「……」

どうやらコテツも一緒についてきたらしい。オレの右横を並走している。だがその眼はいつもの大人しげな『コテツ』の眼ではなく、獲物を狩らんとする、『チーター』の眼だった。

「……まあ、いいか。お前が来てくれたことは純粋に嬉しい。だから、ありがとう」

「…」

コテツは無言を貫く。だが、その眼には、新たな感情が――喜怒哀楽で表すなら、たぶん喜――浮かんでいるように感じた。





――防壁の近くにたどり着く。そこには、

「「「「「「「「「「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」」」」」」」」」」」」」

ありとあらゆる妖怪――弱そうなモノ、屈強なモノ、大きいモノ、小さいモノ、どの様な姿をしているのか語る事の出来なさそうなモノたちが掃いて捨てるほど――洪水のごとく、溢れ出んばかりに、沢山いた。そして、それらはここからでも十分に見えるロケットの方へと、走り出そうとしていた。

だが、その行動は中断することとなる。

――バンバンバンバンバンッ!!

突如鳴り響く大きな音、それと同時に先頭にいた五体の妖怪たちの頭が吹っ飛んだ。
妖怪たちは唐突なことに驚き、そしてこちらへ気が付いたようだ。

オレは能力で取り出した『鷲爪』を戻し、右手に『愚者』、左手に『椿』を携え、構える。

「ここまで辿り着いたからには、たどり着いちまったからには――」

コテツも、体勢を低くし、何時妖怪たちに飛びかかっても可笑しく無い。それでも真っ先に攻撃しないのは、オレからの指示が無いからか。それとも、野生の感が危険を察知しているからか。

オレはある事――先ほど研究員に言われたことを思い出した。

『わかりました。ですが、絶対、絶対に生きて帰って来て下さいね?』

正直自分でも矛盾してると思う。これからオレが行うのはロケットが月に向かうまでの時間稼ぎ。なのに、自分の命は捨てちゃいけないと来たもんだ。
――でも、オレは何が何でも生き延びる。自分の全てを失っても、絶対に死ねない理由がつい先ほど出来た。

「「「「「「「「「「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」」」」」」」」」」」」」

妖怪たちの殺気がオレとコテツに向けられる。
そして、それに対抗するように思いきり息を吸い込み、自分を鼓舞するように、叫ぶ。

「――生きて帰らない訳には、行かないよなあ!!」

こうして。

後に『人妖大戦』と呼ばれる戦いの火蓋は、切って落とされた――

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