小説『東方鬼蠍独拒記』
作者:寄生木()

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其の五。人妖大戦。そして、再誕。

さて、前話より始まった、『妖怪達』対『一人』による――大戦と呼ぶにはいささか人の数が足りないどころか、足りなさすぎる気がしなくも無い上に人側には狩猟豹(チーター)が一匹。

もう人妖大戦って名前じゃなくて別の名前でよくね?と疑問を持たれる人たちも少なくは無いと思う――しかしそれでも、大戦は成立していた。

何故なら、たった二つの戦力が、数えるのが馬鹿らしくなるほどの膨大な量の妖怪たちと、真正面から、互角に張り合っていたに他ならない。









「――おおおおおおおおああぁぁぁぁ!!!!!!」

走る。走る。妖怪たちに向かって走り、すれ違いざまに、斬る。僅かながらに反撃を食らうも、そんなことは関係ない!
ある時は首を斬る。ある時は胴を斬る。ある時は斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る!!ひたすらに斬って斬まくって斬り裂いて斬り殺す!!

たった、たった一度のすれ違いざまに。
その男は、己が剣技だけで百を超える命を、散らせて見せた。

そのあまりの殺気に怯んだ妖怪たちは別の獲物はいないかと探す。
すると、近くに大きな猫のような動物が居た。

「■■■■!!」

巨大な爪を持ったゴリラに見えなくもない妖怪がその爪を持って動物に襲いかかる。しかし、その爪が動物を貫くことは無かった。
周りを見渡すが獲物は何処にも居ない。すると直後、首筋の辺りに鋭い痛みが走ったかと思うと、その妖怪はもう二度と覚める事のない眠りについた。
周りの妖怪達も突然の事態に驚いたようで死体となった妖怪に近づく。否、近づこうとした。
その瞬間、今度は自分たちの側頭部に違和感を感じ、それを確認することもかなわずその妖怪たちは絶命した。
そんな事が平然と、何事も無かったかのように争いの喧騒の中に消えていく。

――今、猫のような動物――コテツが行ったのは、割と簡単なことだ。
ただ、攻撃を避け、相手の背を取り、首に噛み付き、そのまま食いちぎる。
それに気が付いた妖怪たちの頭に飛びかかり、別の妖怪に飛び移る。その際、妖怪の首を足の力でへし折って行く。ただこれだけの事を繰り返していた。
ただし、その『速度』と『脚力』はあまりに異常だが。

そして、食いちぎった肉は、そのまま捕食。自らの糧にする。
そうすることで、コテツは自身の力が増大していくことを、僅かながらにも感じていた。

しかしながら、妖怪達もただ一方的にやられるわけでは無い。

「ガアァ!!?」

目の前の妖怪たちを斬り続けていた泡沫の背に突如、焼けるような痛みが走る。振り向きざまに斬撃を浴びせ、攻撃してきた妖怪を一刀の下両断する。

背からは傷は浅いものの、血が流れだし、急速にとまでは行かないが確実に泡沫の体力を削っていく。

コテツは、先ほどと同じような戦い方を続けているが、徐々に動きが遅くなってきている。
――チーターとは、地上最速の動物と名高い動物である。わずか二秒で時速七十キロを越え、最高時速は更にその上を行く。

しかし、その速度を保てるのは精々四百メートルほどまで。それより先は、体力が尽きてしまう。そして、コテツは体力が既に切れかかっていた。

――だが、そんなことで諦めるようであれば、この先彼らが語られることは一切なかったであろうと断言できる――否、断言しよう。

「…コテツ。お前は逃げろ。まだ、死にたくはないだろ?」

「……」

背中合わせにも似た状態で、諦めにも似た言葉を彼は吐く。
それに怒ったのだろうか。

――ガリッ!!

コテツは彼の足に噛み付いた。それも牙が骨に達し、擦れあって不快な音を立てるほど、深く。

「ッ!?…そうだよな。こんな風に諦めてちゃ、あの研究員との約束も守れないからな」

それは紛れもない彼の本心だ。

――約束したからには、それを破るわけには行かないよな

約束――それは、彼がロケットから降りる際、ある研究員と交わした約束だ。内容は簡潔に纏めれば、『生きて、絶対に戻ってこい』。ただそれだけ。

彼はまだ気が付いていない。
その言葉が、一体どれほど彼に戦う力を、生き延びる力を与えているかなど。

「さあて。悪かったな、さっきは。絶対、生きて帰るぞ!」

「…」

泡沫の言葉に偽りが無いことを確信したコテツは、彼の足から口を放す。
そして、一人と一匹は周りを見渡し、あることに気が付く。

「妖怪たちが、攻撃してこない…?」

泡沫は、妖怪の視線がある一点に凝縮されていることを確認した。
そこには――

「…そうか。それが正解だな、永琳。よかった」

――ここからでも見えるほど大きなロケットが、地上を離れていくかのように徐々に空中に飛び立ち始めた様子が、十分見えた。






「ちょっと待ちなさい!!」

絶叫。今の私の声を一言で表そうとすればその言葉が一番合っていると思う。
何故私がこんなにも声を張り上げているのか?それは、お義父さんとコテツが地上に居るままで、ロケットを発射してしまったことに関して。

「え、永琳さん!落ち着「落ち着けるわけがないじゃない!!」」

「何で!?何でお義父さんとコテツがまだ戦っているのに私たちだけで月に向かっちゃうの!?こんなの「――『上層部』からの決定やったんや。永琳」…え?」

不意に、後ろから真里の声が聞こえ、その言葉が、その言葉の内容が信じられなかった。

「どう…して――」

「――『〈八意永琳〉の保護者〈数多泡沫〉が地上に居る妖怪を食い止めている間に、彼の者を除く、我々を含む民衆の者達をロケットに乗せ、月への移住を成功させよ。尚、この命に逆らった場合、その者達は反逆者として扱い、この場での殺害を容認する』これが、上層部からの決定や……ゴメン、な。永琳。…う、ウヂ、何も、何も…できひんがった…」

真里は、そのまま床に蹲るように座ってしまった。うう、と啜り泣く声が聞こえてくる。

「そんな、そんなのって……」

「永琳さん……」

「う、うう…」

――私はこの日、初めて大声を出して大泣きした。








「―――ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

オレは叫ぶようにして、自身を鼓舞しつつ戦う。
もう数えきれないほど傷ついた。先ほどコテツに噛み付かれた右足が痛む。しかし、そんなことはどうでもいい。
地上から人々が去った影響だろうか。先ほどから斬っても撃っても無いのに勝手に死んでいく。

もう少しで、先ほどまでは数えきることを諦めていた妖怪たちの数も今では四桁程。そして、もう直ぐその四桁を切る数まで妖怪たちも数を減らしている。

コテツはもう既に限界を迎えているにも関わらず、今なお妖怪たちを仕留め続けている。

「全く――コテツ!絶対に死ぬことだけは許さないからな!」

「…」

視線だけで『了解』とでも言わんばかり。
やっぱりアイツ、オレの言葉理解してるよな?と、そんな疑問を抱いていたオレは――
















――気が付けば、涙が流れていた。

「え?何で…」

『椿』を持つ左手で目を擦る。だが、涙は一向に収まる気配が無い。

「何で、何で涙がと……………………………………ッ!?」

止まらないんだ?とまで続かなかったのはオレが、涙を流す理由に心当たりが少し――いや、少しどころではなく前世の事も考えると相当心当たり――あった。

それは、オレがアイツに頼んだ能力、『他者に嫌われる程度の能力』の事についてだ。

オレは、前世では恐ろしい程不幸だった。
そして――そんな不幸にオレの友人や恋人、家族が巻き込まれ、俺だけが生き延び、他の皆は死んでしまった。

オレは嫌だった。仲のいい友人が、大切な家族が、愛した女性が、死んでしまうのが。
それでも、オレは立ち治ることが出来た。『あいつらにこんな姿見せられるか』と自分に喝を入れ。

それでも新しい友人を作ることは――アイツは、まあ、いろいろ例外として――無かった。

結局、こんなにグダグダ言葉を連ねて、何を言いたかったのか。

オレは、怖かったんだ。アイツに『人並みの幸運』を貰ったとは言え、前世と同じことを体験するんじゃないかと。そのための保険として貰ったのがあの能力だった。

――でも、本音を言ってしまえば、オレは寂しかった。
一人でいることは辛く、人の温かさが欲しかった。

――でも、この能力を自分から受け取ってしまった以上、文句をいう訳にもいかない。それじゃアイツに失礼だ。

そんな考えから、オレは転生して幼いころからその考えを否定し続けた。
それで、自分の感情を押し殺し続け、寂しいとか思わなくなってオレは十歳になり、家を出た。

けど…家を出てからのオレの行動を考えてみると、オレは誰かと繋がっていたかったらしい。

――本当は寂しかった。本当は辛かった。本当は苦しかった。
――誰かと、一緒に居たかった。

でも耐えた。耐え抜いた。
そうしたら、そんなことを考えることも無くなった。
でも、本心はいくら歳をとっても、その願望は、変わらなかったらしい。

「あ…」

気が付けば、『愚者』と『椿』を落とし、頭を抱えるように押さえていた。
ソレは、自分でもどうしようもない位、膨らんでいた。

「あああ……!!」

自分で声を出すことを意識せずとも、それは呻き声のように口から漏れ出していた。
――そして、

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

気が付けば、ソレ――自分の抱えていた『苦しみ』、そして、今感じた『もうココには誰もいない』と言う絶望――は爆発し、絶叫していた。

そこから、オレの意識は闇へと落ちた。







――最初に変化に気が付いたのは、コテツだった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

自らの主人である泡沫の叫び声を聞き、走り回っていた足を止め彼の下へ向かった。

直後である。
主人のいる方から、この大戦に入って今までに感じた事の無い、恐ろしく荒々しい妖力を感じ取った。

――急げ!

この大戦の最中、妖怪の血肉を食らい続けたことによって、妖獣となり、金髪に150くらいある身長に中性的な顔立ちをもつ人間らしい姿と思考能力と姿を手に入れ、妖獣になり前よりも強い力を手に入れた――しかし自身は思考が人間に近づいたり、人間の姿を取れるようになったり、今までより力が上がっている事に全く関心が無いらしくそのまま戦い続けていた――コテツは、尽きかけていた体力などお構いなしとでも言うように走り抜けた。

そして、十秒もしないうちにコテツの目の前には自身の主の姿が。

――主!

コテツは泡沫に近づこうとした。しかし、それは出来なかった。

コテツが彼に近寄ろうとした直後、彼から漆黒とあらわすのに最も適している黒色と、ところどころに薄い紫色が僅かに混じった色を持つ妖力が彼を中心に発生し、彼の全身どころか、彼の周りをも一緒に飲み込むように溢れ出ていたていた。

――!?

いきなり過ぎる出来事に驚いたのだろう。反射的に後ろに飛び退く。

周りにいた妖怪たちも驚いたようで、襲いかかろうとしていた妖怪たちは皆固まってしまっている。

そして、唐突に沈黙が破られた。



溢れ出ている妖力が、泡沫の周囲に発生していた妖力が形を持とうと、変化を始めた。

――そして、変化が終わった頃にコテツや妖怪たちの目の前にいたのは、

「――」

そのフォルムだけ見れば、傍から見れば神話に登場する『ケンタウロス』に見えなくもないだろう。

しかし、その姿自体は異形の他無かった。

全長数メートルはあろうかという巨体。仮面のような恐ろしい顔、その後ろ…後頭部に当たる部分は淡い紫色をした髪の様なものが広がっている。胴体は黒い鎧の様なモノに包まれていて、見るモノに強固な印象を与える。

両腕はその先が人の手の形ではなく、まるで蠍の鋏――いや、その表現もやや語弊があるだろう。もっと明確に言うのであればそれは、巨大な鋏の形をした『口』だ。

そして下半身は先ほど言ったケンタウロスの様な形をしているが、やはりここも若干違う。まず全体の色は黒く上半身同様鎧の様なモノに包まれている。四本の足が馬の脚の形をしておらず、紫色で、まるで人の足に近くしたような形状をしていた。

最後に尻尾。これは馬の尻尾と言うよりは、蠍の尾と言った方が分かりやすいかもしれない。ただし、その先についているのは毒針ではなく、巨大な剣だが。

「■■■■■――!!」

突如、蠍の様な妖怪が咆え――胴体の鎧と思しきモノは持ち上がり、その内側に一つの口があった。
その妖怪は溜めを取る様な仕草をし、両腕の『口』を構える。
そして、

――グチャ!   グチュ!  ゴリュ!  グチョ!

この場にいた殆どの、いや、ある一体の妖怪を除けば何が起こったのかさえ分からなかった。

今、この妖怪が行ったことは実に簡単なことだ。
ただ、腕にある『口』を交互に二回づつ、計四回突き出した。
ただし、それと同時に開き、獲物を捕食するように噛み付けば一体どうなるか。

たった一回の行動でこの妖怪の目の前にいたコテツ以外の妖怪たち――この妖怪の目の前に多くの妖怪が固まっていたこともあって――百にとどくか届かないか程の数が、食らい殺されるというこの上なく圧倒的な場面が完成していた。

しかし。コテツはあることが疑問に思えた。

――今(・)、何(・)で(・)僕(・)は(・)食われなかった(・・・・・・・)?

そう、コテツは他の妖怪たちよりも近くに居たのだ。更に言えば今、コテツの姿は泡沫が知っている姿ではなく妖怪化した、いわば人間らしい姿だ。ならば真っ先に食われるのが本来の道理。しかし実際、そうはならなかった。
それに、コテツから見るとあの妖怪――恐らく、コテツの主人である泡沫が妖怪化してしまった姿であろうが――見間違えでなければ攻撃が当たらないように、わざと攻撃が当たらないようにしていたようにも思える。

「■■■■■!!!」

また妖怪が咆えたと思えば今度は尾の剣を周囲に乱れ突き。その衝撃である程度距離を取っていた妖怪たちも吹き飛ばされた。

――あるときは右腕の『口』から弾幕のようなものを張り

――あるときは自身の身体を起点に尾を振り回し

――あるときは『口』で妖怪に食らい付いたまま、妖怪を振り回し武器のように扱い

――何が起こっていたかといえば、それは見るに堪えないあまりにも一方的な虐殺であった。








いま、僕の目の前には妖怪化してしまったと思われる主がいる。斬り殺されたり、僕によって殺された妖怪たちも含め、他の妖怪たちはもう主に食われ、あれだけいた妖怪たちは何処にも居なくなっている。

「あ、主なのですか…?」

本来の親が死んで途方に暮れていた自分を育て、家族の一員としてくれた主――泡沫。


「――――」

目の前の妖怪は無言。先ほど戦闘――という名の虐殺の際に上げていた、叫ぶような声は一切上げず、ただただ無言で僕の目の前に佇んでいた。

そして、唐突に変化が訪れた。

「――な!?」

僕は目の前でいきなり起きた変化に着いて行けなかった。
目の前に居た主の身体を作っていた妖力は端から空気中に溶けるように、徐々に徐々に霧散していった。

少しずつ削るように体が消えていき、最後に、主である泡沫がうつ伏せで地面にたおれていた。

僕は少し安堵した。目の前に居た妖怪が主でよかったと。

だが、その安堵もすぐに忘れ去るほど不味い事態が起きていた。
血の匂いがするからだ。それも、主自身から。

僕は急いで主に駆け寄り、主の身体を起こす。
そして主の顔を見たとき僕は――のちに『トラウマ』と呼ばれるようになるものを体験してしまったのだろう――この戦いの最中に食らってきた妖怪たちの血肉を戻しそうになってしまった。

何故なら、主の顔の右半分がまるで皮膚が焼けてしまったかの様に――いや、顔だけでは無い。袖から出ている右腕、開いている腹の右側までが、皮膚が無くなってしまっていたから。出血もしていたが、僅かな量なので数分もすれば止まると思い、一先ず安心した。

ただ、この様な姿になってしまった主を放っておくことが出来ず、周辺に落ちていた『愚者』と『椿』と主が呼んでいた刀――よく壊れていなかったものだと思う――を拾い、主を背負い昨日まで家族全員で過ごしていた家に走って向かった。

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