その男の名前は敢えて挙げないことにする。
その男のことをこれから『あの男』、『○○さん』と表記することにする。
あの男は、3年と半年の懲役処分を経て出処したのだが、亜美の心の中に溜まった憎しみが消えることはなかった。この恨みを晴らすべく、亜美はこの絶好の機会に復讐を心に決めたのだった。
亜美はまずは食べ物に目をつけた。
『ひだまり』の利用者を対象にした昼食の配給前のことである。
「山口さん、○○さん、実はアレルギー持ちであることが分かったんで、私が○○さんの食事の調整をします。」
山口、とは私の同僚である。
「あら、そうなの。分かったわ、じゃあ○○さんの献立の調整を長嶋さんにお任せします。なんか目印でもつけておきましょうか。」
山口さんはご親切にも、赤マーカーで白いお盆の端に星マークをつけておいてくれた。
亜美は食器の乗った星マークのついたお盆を持ってキッチンの奥へと歩いて行った。
亜美は、そこに誰もいなくなっていることを確認し、制服のポケットから下剤の小瓶を取り出した。
毒じゃ面白くないのだ。罪を背負って生きることがどれほど辛いのか、どれほどの罪を犯したのか、これからたくさん、そしてじわりじわりと思い知らせてやろうと、亜美は小さな笑みを浮かべた。