小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 この前、お父様が私の誕生日に多くの貴族を呼んで夜会を開いたの。かわいい私の娘をみなに見てもらわないといけない、こんなかわいい娘を独占してしまうのはハルケギニアにとって大きな喪失だからと張り切っていたわ。本当に親馬鹿なんだから…。あまりにお父様がはしゃいでいたから、後でお母様におしおきされたみたい。おしおきされた後のお父様の目は、どこか虚ろで、ひどく悲しそうだったわ。……私も気をつけなきゃ。

 だけど、私の誕生日会に来るやつ来るやつヴァリエールの名前しか見てなくて、本当にうんざりだったわ。結局、みんなヴァリエールの名前が欲しいから私に優しくするだけ。私の誕生日なのに誰も私自身には興味がないんだもの、嫌になるわ。まぁ、腹の中で何を考えているか分からないおじさんたちなんて私の方からお断りだけどね。

 父が呼んだ招待客への挨拶を終えた私は、多くの貴族たちで溢れるホールをこっそりと抜け出し、うんざりした気持ちで庭にある池のボートにやってきて息抜きをしていた。ここは私のお気に入りの場所。何か落ち込んだことやいらいらしたことがあるといつも私はこのボートの上から池を眺めている。
 でも今日はいつもと少し違った。しばらく私がボートから池を眺めていると、あいつがやってきた。女の子みたいにきれいな顔をした私と同じ年くらいの男の子。男の子は私にシリウスと名乗った。たぶん今日の招待客の中にいたんだと思うけど、正直なところ私はこの男の子のことを覚えてはいなかった。

 シリウスはうんざりした気分でいた私の気分を紛らわせようとしたのか、急にボートに乗り込んでくると杖をとった。私は急にボートに乗り込んできたこいつが何をするのか分からずに混乱していると、彼の杖にあわせて私の目の前の池を一面の霧の海が覆った。私は彼の鮮やかな魔法に驚いたわ。シリウスが驚く私に目をやると、今度は魔法で船を浮かび上がらせた。そして、ボートをゆっくりと霧の海に降ろすと、月の光をきらきらと反射させている幻想的な霧の海に漕ぎ出した。私はその光景にずっと呆けていたと思う。霧の海の波間に反射する月明かりがすごくきれいだった。






 でも、私はそんな素敵な魔法を使う彼に少し嫉妬もしていた。私は魔法が苦手だったから……。
 貴族の娘たるもの、魔法を使えないことは許されないわ。だから、私は子供の頃から毎日毎日必死で魔法の練習をしてきた。どんなスペルだって暗唱できるし、杖の振り方だって完璧よ。それなのに――今まで一度だって私の魔法が成功したことはないの。
 父上や母上は私を慰めてくれたけど、きっと心の中では失望していたと思う。シリウスはそんなことないって言ってくれたけど……やっぱりね。それでも、私は父上や母上に認めて欲しくて、そして、二人のような立派な貴族になりたくて私はどんなに辛くても魔法の練習を諦めなかったわ。

 そこで、私はこいつに魔法を見てもらうことにした。同じ年くらいの子供に教えを乞うことは少し恥ずかしかったけれど、そんなこと気にしていられない。シリウスは私と同じくらいの子供なのにこんなに魔法が上手なんだもの。彼なら私に何かヒントをくれるかもしれない。それに――シリウスなら私の魔法を笑ったりしないと思う。なんとなくだけどそんな気がするの。

 シリウスに私の魔法を見せるとやっぱり驚いていた。当たり前よ。コモンスペルが爆発するんだから。だけど、こいつは急に真面目な顔になったかと思えば突然変な薬を渡してきた。少し心配だったけど、こいつの笑顔はなんとなく信頼できる。私がその薬を飲むと、今度は系統魔法を順番に唱えていくように言ってきた。今までこんなことした魔法の先生はいなかったから私は少し面白がっていた。
 私が4種類の系統魔法を唱えると、やっぱりすべてが目の前で爆発した。やっぱりダメね、私。呪文を唱え終えてからシリウスを見ると、なんだかすっごく真面目な顔つきで何かを考えていた。
 どうしたんだろう? シリウスに声をかけようとすると、シリウスは私の魔法は褒めてくれた。シリウスが言うには、私には系統魔法こそ使えないけど、私の魔法には誰かを守るための力がある。私は魔法がいつも爆発してばかりだから、それは全て失敗だと思っていた。だけど、シリウスは私の魔法は失敗なんかじゃないと言い切った。私にとって――それは本当に衝撃的だった。

 戸惑う私にシリウスは、誰も知らないかもしれない……でも僕だけは君の才能を知っていると言ってきた。私はずっと誰かに認めて欲しかった。ずっと期待に応えられず、それでもずっともがき続けてきた。そんなシリウスの言葉は私がずっと欲しかった言葉そのものだった。
 私は嬉しくて、恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまった。こいつの顔を見ていられなくなって、気づいたら顔をふせていた。

 その後も、シリウスについて屋敷に戻る途中私の顔は火を噴くみたいに熱かった。必死でそのことを悟られないように誤魔化しながら歩く私……一体どうしちゃったんだろう?
 彼と別れる時間似なり、私はようやく落ち着けると思い、少しホッとした。でも、なんでだろう? 一方で少し寂しいと思っている自分がいる……。





 最近ではシリウスの言葉のおかげで、私はこの『爆発』の魔法を自分の魔法として受け入れることができるようになった。今まで、悩んでいたのが馬鹿みたい。今は熱心にその制御に取り組んでいて、少しずつだけど爆発の威力や発動場所をコントロールできるようになってきた。私はそんな密かな成長が嬉しくて嬉しくて夢中で魔法の練習していた。気がつけば屋敷の庭を爆発でメチャクチャにして、お母様に大目玉を食らってしまったのはシリウスには絶対に秘密だけど……。
 でも、あれから気がつくとシリウスのことばかり考えている。はぁ――なんなんだろうこの感じ?















 私は生まれてからずっと体が弱かった。何度も発作を起こしては呼吸が苦しくなり、何度も熱を出しては家族のみんなに迷惑をかけ続けてきました。この病気を治そうとたくさんのお医者様の診察を受けましたが、どのお医者様もお手上げでした。私はいつまでたっても良くならないこの体にいい加減もう嫌気がさしていました。何度も苦しい思いをして、何度もみんなに迷惑をかけ続けてきました。こんな私にも生きている意味はあるのかしら――私はずっとそんな風に思いながら惨めな生にしがみついて生きてきました。

 でも、あれはルイズの12歳の誕生日の夜のことでした。私は体調に配慮して、いつものように夜会には出ずに大人しく部屋で休んでいました。そんな時、私を突然の発作が襲いました。最近は調子が良かったので私も油断していたのでしょうね。いつもは控えている侍女の方々がルイズの誕生日のために偶然出払っていたせいで、私は突然の発作に助けを呼べずにベッドでもがいていました。薄れいく意識の中で、私はいっそこのまま死んでしまった方がいいのではないか――そんなことを考えていました。だって、これからもずっとこうやって苦しい思いを続けなければいけないんですもの……。

 私がそんな思いに捉われていると、私の飼い犬のシーザーに連れられて小さな男の子が部屋へとやってきました。彼は私の発作に気がつくと、すかさず杖を取り出して私に魔法を唱える。私の胸元で彼の杖が光りを帯びると私の呼吸はすぐさま楽になりました。呼吸を落ち着かせてからあらためて彼を見てみました。そこにはルイズと同じ歳くらいのきれいな顔をした男の子が立っていました。


 彼は私にシリウスと名乗りました。事情を聞いてみると、どうやら夜会の催されているホールから用意された部屋へと戻る際に迷子になってしまったみたいでした。彼は少し恥ずかしそうに鼻をかいています。
 そんな彼に私が治療のお礼を言うと、彼は私に私の身体の診察を申し出てきました。シリウスの話によると、彼はまだ13歳の若さにもかかわらず、トライアングルメイジというメイジの高みにあるというから本当に驚いてしまいました。だって、トライアングルメイジと言ったら一流のメイジですもの。こんな小さな男の子が簡単になれるものではないのですから。

 私はそんな小さくとも頼もしいお医者様の真摯な申し出に診察をお願いしました。なんだか微笑ましく思えてしまって。弟がいたらこんな感じなのかしら?

 シリウスは私の体を調べ終えると、難しい顔をして考え込んでしまった。
 私にはわかっていました。今までここトリステイン王国でも指折りのお医者様たちが匙を投げてきた私の体ですもの。どんなに若くて優秀なシリウスでも治せないのは当然です。ですから、私はこの小さなお医者様が落ち込まないように言葉をかけようとしました。

 ですが、シリウスはそんな私の目を正面から見つめ返すと僕なら治せると言い放ちました。私は、一瞬彼の言葉が理解出ませんでした。私は彼の若さゆえの無謀さを優しく諭し、ことの難しさを伝えて説得しようとしましたが、彼の瞳の力強さがそれでも揺らぐことはありませんでした。

 私が彼の言葉をどう受け止めたものかと逡巡していると、シリウスはその瞳のままで私に笑いながら声をかけてきました。


「――もう苦しまなく大丈夫です」


 私は耐えられませんでした。私はいつだってこの暗闇の底から助け出してくれる王子様を探していました。この苦しみから誰か救い出してほしいといつも願っていました。
 彼の笑顔を見ているとずっと我慢して胸に溜め込んできた不安や弱音が次から次へと溢れ出してきました。気がつけば、私はこんな小さな男の子の胸にしがみついて、咽び泣いていました……。
 そんな私をシリウスはためらいつつも優しく抱きしめて頭を撫でてくれました。その時、私は生まれて初めて満たされた気持ちになれたのです。そんな彼の不器用な優しさが私には温かった。

 シリウスは治療のために必要な準備をすると言って自分の屋敷へと帰っていきました。またすぐに再開できるにもかかわらず、誰かとの別れでこんなに寂しい想いをしたのは生まれて初めてのことでした。今まで何かに期待することなんてなかった私が、今か今かと彼からの頼りを心待ちにしていました。
 毎日毎日、手紙がないか聞く私を侍女たちは不思議そうな顔で見ていたように思います。しかし、当時の私はそんなことにさえ気付けないでいたのでした。

 そして、ある日ついにシリウスから準備ができたという手紙が届きました。私はその手紙を読み終えると大急ぎでお父様に取り次ぎました。さすがのお父様もあまりに必死な私の様子に面を食らったよう。私が今までこんな必死に何かを訴えるようなことはなかったから無理もないかもしれません。お父様はシリウスの話に半信半疑の様子でしたが、私が必死でお願いをするとしぶしぶ彼の訪問を認めて下さいました。

 そして、明日ようやくシリウスがやって来ます。私ははやる胸の高鳴りを抑えながら、髪を整え、お気に入りのお洋服に身を包みながら彼を待っていました。普段であればあまりすることのないお化粧にも余念がありません。

 ふふ、こんなにも嬉しそうな顔をする私をみな不思議に思ったことでしょうね。高鳴る鼓動を抑えつつも、私は窓から見える街道の行く先を見つめながら、その先にいるであろうシリウスに思いを馳せていました。

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