小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 書庫に入り浸るようになってから1年余りが過ぎた。毎日本を読んでばかりで外でほとんど遊ばない僕は侍女のミスティによくお小言を頂戴していたが、それでも懲りもせずに毎日書庫に入り浸っては本を読み続けた。いつしかミスティもさすがに呆れ果てたのか、諦めてお小言を言わなくなってしまった。父の書庫の蔵書には歴史書、兵法書、農学書、法学書やさらには魔法に関する文献まであり、知らないことばかりの僕の興味はまったく尽きることがなかった。

 本によればこの世界の文明レベルは中世ヨーロッパ程度である。新進気鋭の新興国であるゲルマニアでは製鉄業などが興り工業化が少しずつ進んでいるものの、いまだに産業革命を迎えるには至っていない。始祖ブリミルの誕生から6000年たった現在でもこのような文明レベルに留まっているのは、便利すぎる魔法の存在が文明の進歩を妨げていることがその要因として考えられる。
 他方で、魔力を宿した鉱物である風石を利用した空飛ぶ船が存在したり、現代の電化製品をの性能をはるかに上回るような高性能のマジックアイテムが存在したりと、この世界のちぐはぐな感じは否めない。

 弟のフランも5歳になったことから僕は彼に少しずつ文字を教え始めた。フランがあまり僕らの置かれている状況を理解していないのか、ネスティア様の存在にもかかわらず兄弟仲はとても良好であった。ネスティア様に小言を言われても僕の傍にいてくれる彼の姿を見る度に彼には感謝していた。お礼に時間の許す限りいっぱい遊んでやったし、可能な限り勉強も教えてきた。その結果、フランも幼い頃からその才能の片鱗を見せ始め、周囲の人間からは次期領主としておおいに期待されている。










「シリウス、ようやく今日の午後から家庭教師の先生が来るな。早く魔法を使ってみたいぜ」

「そうだね。僕もこの日をどれだけ待ちわびたことか…」

 ヴィルトール家では5歳の誕生日を迎えると魔法を教えることになっていた。しかし、僕とフランは誕生日が1年も離れていないので、フランが5歳になったら一緒に魔法の勉強をすることになったのだ。僕の魔法が上達すると何かと不安の多いネスティア様が何らかの働きかけをおこなったのだろうと僕は予想していた。そして、フランが5歳の誕生日を迎え、今日ようやく魔法を教える家庭教師の先生が来ることになったのだ。

(本当に長かった…)

 中庭で待っていると、ようやく侍女の案内で家庭教師の先生がやってきた。先生は50歳くらいの男の人で、その体躯は老いを感じさせない屈強なものであった。

「お待たせして申し訳ありません。私はアデル・ブリジット。かつては魔法衛士隊にも所属しておりましたが、今ではこのように貴族の子供の家庭教師などを引き受けております。これからは親しみやすくアデルとお呼び下さい」

「フランです。アデル先生よろしくお願いします」

「シリウスです。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。私は火のメイジですが、他の系統も満遍なく使えますのでどの系統についてもある程度教えることができるでしょう。二人とも杖との契約は済んでいるとのことですが、大丈夫ですかな?」

 僕とフランは父上から貰った杖を腰から抜き、首を縦に振った。この世界で魔法を使うためには杖との契約を果たさなければならない。
 僕らは1月ほど前に父から杖を渡され、事前に杖との契約を終えていた。父の助言に従って、肌身離さず杖を携え、時間を見ては杖に語りかけた。すると、5日ほどで突然杖の中にまで自分の神経が延びたような感覚に襲われた。誰にも教わらずにこれが契約であると確信できる不思議な感覚だった。その3日後にはフランも杖との契約を終え、二人で喜びあったのだ。
 父の話では杖との契約には普通2週間はかかるそうだ。二人が魔法の才の片鱗を垣間見せたことは大いに父や母を喜ばせた。僕の方がいくらか早く契約を終えたことについてネスティア様はいささか不機嫌ではあったのだが。

「わかりました。では、最初はコモンスペルから始めましょう。まずは、一番初歩的な『ライト』の魔法です。これは杖の先に明かりを灯す呪文です。それでは、どうぞ」

『『ライト!』』

 二人でスペルを唱えるとフランの杖の先はぼんやりと薄く光ったが、僕の杖の先に変化はなかった。

「おおっ!?」

「あれ。光らない!?スペルもあってるのに、なぜだろう?」

 その後、何度か試してみるが、やはり僕の杖はなかなか光らない。

「シリウス様、魔法はイメージです。魔力を集中させて、杖の先が光るという強いイメージを持つことが大切です。フラン様もより強いイメージを持つことができれば、より明るく光ることでしょう。」

「おにいちゃん。がんばってー。」

 近くで見学していた妹のナタリアが不甲斐ない兄を見て応援してくれていた。なかなか子に恵まれなかったネスティア様であったが、フランの出産後は順調に第2子を懐妊。ナタリアが生まれた。僕の3つ年下のかわいい妹で、もうすぐ3歳になる。生前、一人っ子だった僕にとって妹の存在は嬉しいものだった。

(かっこ悪いところを見せちゃったな。不甲斐ないお兄ちゃんでごめんね。しかし、イメージか…。きっと未だに魔法という存在を受け入れられてないんだろうな)

 科学の世界で生きてきた現代人にとって、魔法はどこかおとぎの国のお話のようなものだ。そのため、なかなか魔法が使えるとは信じきれない。

(とにかくこればかりは信じるしかない。実際にフランの杖は光っている。お兄ちゃんとしては頑張らないと。光といえば光子のイメージかな?とにかく、杖の先に集めた魔力を光子に変換するイメージで…)

『ライト!』

 僕がスペルを唱えると、その杖の先は眩しく輝いていた。先ほどのフランのライトよりずっと明るい。

「素晴らしい、完璧です。フラン様もこの明るさが目標ですぞ」

「文字の代わりに今度は俺が魔法を教えてあげようと思ったのに、残念だなぁ」

「まあね。弟には負けられないのが兄というものだからね」

「おにいちゃん、すごーい」

「それにしても、コモンスペルとはいえこんな短時間で成功させるとは…。普通は何日もかけて初めて成功させるものなのですが…いやはやお見事としか言えませんな」

 何度か練習するうちに、フランのライトもその明るさを増していった。










「よろしい。では次は『レビテーション』の練習にうつりましょう。これは、物を浮かせる魔法で、重い物の持ち運びなんかに便利です。精神力の消費は物の重さに比例するようですから最初はこの小石から始めましょう。」

 そう言って、アデル先生は二人の前にコブシくらいの大きさの石を置くと、レビテーションの魔法を唱えた。すると、石はふわふわと二人の目の高さくらいまで浮かびあがる。

「おお、浮いてる」

「なんでー?」

 驚くかわいい弟と妹の傍で、僕は冷静に今の状況の分析を始める。

(物が浮くということは重力を操作しているのか?だけど、それじゃあ物理法則への干渉が大きいから消費する精神力はコモンスペルのレベルじゃすまないよね。むしろ、魔法でなんらかの浮力を発生させていると考えるのが素直かな。それなら物の重さと消費する精神力が比例するのも頷ける)

「よし、シリウス。やってみようぜ!」

「そうだね。僕もなんとなくイメージはつかめたよ」

「それでは、お二人ともよろしいですかな?」

 アデルが二人分の石を目の前に置く。

『『レビテーション!』』

 僕は石の下から魔力による揚力を生じさせるイメージで杖を振った。すると、石は目線の高さくらいを安定した状態でふわふわと浮いていた。一方、フランの方も持ち上がりはするのだが、膝の辺りの高さを不安定にフラフラしていた。

「これも一度で成功させてしまうとは…いやはや、末恐ろしいお二人ですな」

「でも、俺の方は安定しないなぁ。なんか酔っ払った父上みたいだ」

「うん、にてるー」

「父上が聞いたらきっと泣いてしまうよ?」

 その後、アデル先生から『ロック』、『アンロック』、『ディテクトマジック』等の一通りのコモンスペルを習うと今日の授業は終了した。

「コモンスペルのほとんどを一度で成功させるとは、驚きで何も言えません。ただ、フラン様はスペルの精度の点であと一歩といったところですね。2週間後にまた伺いますので、それまでに今日の復習をお願いします。魔法の練習の際には必ず信頼できるメイジの監督の下で練習してください。これは使用人の方にも連絡しておきましょう」

 そう言って、アデル先生が馬車で帰っていくのを3人で見送った。










 アデル先生に魔法を習った翌日から、午前中はフランに文字を教えつつ僕は父の書庫から持ち出した本を読み、午後はミスティに付き添いを頼んで魔法の練習に精を出した。

「二人とも、素晴らしいです。もうコモンスペルは完全に使いこなせていると言っていいと思います。」

 フランに僕の魔法に対するイメージを教えると、どんどん上達していった。さすがに光子うんぬんは誤魔化したが。あまり二人の差が開くとネスティア様からお小言を頂戴する羽目になるので、これも処世術の一つといえる。フラン自身が優秀だからあまり心配はしていないけどね。

 魔法の練習を終えると、僕らはアデル先生から言われたとおり体力をつけるためのトレーニングに精を出した。アデル先生はかつて衛士隊に所属していたので、魔法に加えて剣術も教えられるらしい。そこで、二人で剣術の指導もお願いすると、アデル先生からしばらくの間は剣術の基礎でもある体力をつけるために運動をするように指示を受けたのでこうして鍛えることになったのだ。

「おつかれさまー。これのんで、シリウスおにいちゃん」

 そのトレーニングの一環として僕とフランが屋敷を取り囲む塀の周りを走って、スタート地点でもある門まで戻ってくると、門で待っていたナタリアが僕に飲み物を持ってきてくれる。僕は生前一人っ子だったので妹の存在は新鮮だった。フランも僕から見て弟には違いないけど、年が近いせいかあまり弟という感じはしなかった。

「ナタリア、なぜ俺の分はないんだ?」

 フランがナタリアに当然の疑問をぶつけている。

「フランおにいちゃんはシリウスおにいちゃんをおいてきたから、あげません」

「これは競争だから当たり前なんだけど…」

 あんまりな妹の対応にフランががっくりと肩を落とす。フランは僕より年下だけど身長は僕とほとんど変わらず、そして体力は僕よりも上だった。足にも自信があるようでこうして競争するとわずかにフランの方が速かった。
 ほとんど年が変わらないとはいえ、兄としては複雑な心境であった。確かに、生前もどちらかといえばインドア派であったし、高校時代も勉強が忙しく部活などやってる余裕はなかったから体を動かすことに慣れておらず、このような結果も仕方がないのかもしれないが。

 それにしても、ナタリアは僕によく懐いていた。父や僕と同じ金色の髪を揺らしながらよく僕に抱きついてくる。抱きつくナタリアの頭を軽く撫でてやると満面の笑顔でこちらを見上げてくるのが何ともかわいらしい。ナタリアの髪は軽くウェーブしていて、そんなきれいな髪の毛を後ろで肩の長さにそろえている。そして、金色の髪に添えられたワンポイントの赤いカチューシャがとても似合っている。
 このカチューシャは僕がナタリアにプレゼントしたもので、彼女はこれをとても気に入ってくれ、それから毎日このカチューシャをしている。このかわいい妹が嫁に行くときにはフランと二人で必ず新郎を半殺しにしてやろうと堅く堅く約束している。

「シリウスおにいちゃん、フランおにいちゃんなんかに負けちゃダメだよ?」

「ナタリア、さすがにお兄ちゃん泣いていいよね…」

 屋敷の周りのランニングを終え、さらにアデル先生から教えられた簡単な体力トレーニングを一通りこなすと、その後は屋敷の中庭で3人で遊ぶことにした。ナタリアとも遊んであげないといけないからだ。今日はナタリアの希望でおままごとをすることになった。ナタリアの言葉に泣いているフランを無視して、二人で準備を進める。

「シリウスおにいちゃんがだんなさまで、わたしがおくさまね。フランおにいちゃんはふたりのあかちゃんなの」

「ははは、どうやら半殺しになるのはシリウスみたいだな」

「ふふふ、ナタリアを嫁に迎えることが出来るなら安いものだね」

 二人の馬鹿な兄を放置して、ナタリアはおままごとの用意を終える。僕は父親としてフランのオシメを替える演技を始める。

「ちょ、やめろ。恥ずかしすぎるぞ、これ」

「ダメだよ、ナタリアのお願いだから。僕も前にやったんだから、無駄な抵抗はやめるんだね」

(そういえば、あの時はトラウマが再発しかけたっけな)

 精神年齢22歳の僕にとって、おしめの取替えによる精神的な苦痛は計り知れなかった。大の大人がうら若き女性に自分の下半身をかえる開きで晒し、さらには自分のシモのお世話を受ける。侍女のミスティに聞いた話では、おしめの取替えの際に僕は必ずどこか遠いところを見るような目をしていたらしい。

(そりゃ、トラウマにもなるさ)

 せっせとフランのおしめを取替えるふりをする。フランは恥ずかしがって、顔を真っ赤にして、腕で顔を覆う。なんともいじらしい。

(だけど、別に僕はショタコンじゃないからな)

 誰に言い訳をするでもなく、僕はせっせとフランのおしめをとりかえてやると、かわいい妻のナタリアとの甘い一時を過ごした。

-3-
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