小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 コモンスペルを習ったあの日から2週間後、再びアデル先生が我が家にやってきた。馬車から降りてくる先生をまた三人で出迎える。

「お迎えありがとうございます。皆さま、お久しぶりですね」

 アデル先生が馬車から降りると、僕らは中庭に先生を案内して早速今日の授業を始めてくれるようにお願いした。魔法の練習がしたくて、僕もフランもこの2週間ずっと待ちわびていたのだ。

「ふふふ、お二人とも熱心なことで何よりですな。わかりました、早速今日の魔法の勉強を始めましょうか。それでは、まず前回勉強したコモンスペルの復習から始めましょう」

 先生の言葉に従い、僕とフランの二人は前回覚えたコモンスペルを順番に披露していく。2週間みっちり練習したし、何よりメイジでもあるミスティからお墨付きをもらった通り完璧だったと思う。

「ふむ、これ以上言うことはありませんな。素晴らしいですぞ、お二人とも。本当はコモンスペルの勉強を何ヶ月か続けるつもりでしたが予定を繰り上げてしまいましょう。それでは、今日は系統魔法の練習に入ることに致します。シリウス様、系統魔法について簡単にご説明いただけますかな?」

「はい。系統魔法は5つの系統にわかれ、それぞれが魔法の根源たるペンタゴンの一角を担っています。系統は火・風・水・土、そして失われた系統である虚無の5種類が存在し、メイジによって得意な系統が異なります」

「その通りです。そこで、今日はまずお二人がどの系統に属しているかを調べます」

「どうやってしらべるんですか?」

 傍にいたナタリアがアデル先生に素朴な質問をしていた。これには僕とフランも同調する。そんな僕らの様子を見たアデル先生が楽しそうに答えをくれた。

「もっともな疑問ですな。一番簡単なのは、それぞれの系統の一番初歩のスペルを一つずつ唱えていただきその結果で判断するものです。得意な系統ならば、スペルの効果がより強くあらわれます」

「なるほど」

 フランが横で納得がいったという様子で頷いていた。そんなフランを見たアデル先生が今度はフランに対して質問をした。

「ところで、フラン様。メイジは『ドット』、『ライン』、『トライングル』、『スクウェア』とレベルが分かれていますが、レベルがあがるとどのような変化がありますか?」

「えっと、レベルが上がるごとに付加できる系統が増えていきます」

 フランの回答は自信がなさそうだったが、アデル先生はそんなフランの答えに満足そうに頷いていた。

「その通りです。ちなみに、私は火のトライアングルメイジです。例えば、火の系統魔法である『ファイヤーボール』は火の系統を一つ付加するのでドットスペルですが、その上位のスペルである『フレイムボール』は火の系統を二つ重ねるのでラインスペルとなります。そのため、このスペルはラインメイジでなければ使えないということになります。また、『アイスストーム』という魔法は水の系統と風の系統の二つをあわせるのでこれもまたラインスペルとなりますね」

「つまり、メイジのレベルが上がれば上がるほど強くて複雑なスペルが使えるようになるんですね?」

「簡単に言うとそういうことです。また、レベルが一つあがると消費する精神力は半分になるそうです。もちろん、上位のスペルほど使用する精神力は大きくなりますが」

「では、最初はドットスペルからですね」

「そうなります。では、まずは火の系統から参りましょう。火の系統は最も攻撃に適した系統です。ヴィルトール家は代々火の家系ですから一番可能性が高いでしょう」

「頑張ります!!」

 フランはヴィルトール家の次期当主として火の系統は絶対にはずせないと意気込んでいた。そんなフランを見て僕は密かに声援を送る。

「火の系統の一番初歩のスペルは『発火』です。これは文字通り杖の先に火を灯すスペルですね。では、まずはフラン様からどうぞ」

 フランが威勢よく杖を顔の前に構えると、目を瞑り集中力を高める。そして、杖を前に突き出してスペルを唱えた。

『発火!』

 フランがスペルを唱えると、彼の杖の先からは10サントほどの高さの火が上がっていた。

「まさか一度でこんな大きな炎を出してしまうとは…。お父上であるヴィルトール伯爵様に似てフラン様は火の系統のすばらしい才能をお持ちのようですね」

「フランおにいちゃんもすごいね」

「ふふふ、ナタリアもようやく兄の偉大さがわかってくれたかな?」

 ナタリアからの珍しいお褒めの言葉を頂戴し、気を良くしたフランはこれでもかと胸を張る。

「それでは、次はシリウス様お願いします」

(火ということは燃焼物と酸素が必要になる。酸素は空気中にあるから問題となる燃焼物は魔力でこれをまかなうのかな。そうなると、杖の先から魔力を放出し、それと酸素を混ぜ合わせて点火するイメージだね)

 そうやって現代の科学知識を活かし、より具体的なイメージを作り上げた僕はフランと同じようにスペルを唱えて杖を振り下ろした。

『発火!』

 しかし、杖の先からは火花どころか煙すら出ることはなかった。

「あれ?火をつけるイメージには自信あったのに…」

「おそらくシリウス様は火の系統の適性が低いのでしょうな。でも落ち込む必要はありませんよ。これは向き不向きの問題ですからね」

 わりと本気で落ち込んでいる僕にアデル先生が慰めの言葉をかけてくれる。

「へへ、シリウスにも苦手なことはあるんだな。まぁ、あんまり落ち込むなよ」

「フランおにいちゃんなんかきらいです」

「…」

 さっきまでは元気だったフランがナタリアの言葉で一転して落ち込んでいた。

「それでは、次の系統を調べてみましょう」

(まぁ、僕の本命は火ではないから逆にこれは喜ぶべきなのかもしれない)

 医療系のメイジである水のメイジになりたいと思っている僕としては水の系統の適性があることの方が重要だった。そうやって僕は残念な結果に落ち込んでいる自分自身に檄を飛ばす。










「それでは、次は水の系統について調べてみましょう。水の系統は火の系統と異なり攻撃には向きませんが、守りや治療が得意であるという特徴があります。水の系統の一番初歩のスペルは『コンデンセイション』です。これは杖の先に水の塊を作り出す魔法です。それでは、今度は気を取り直してシリウス様からお願いします」

(水の塊を作るということは空気中の水蒸気を集めて液体の水を作りだすのだろう。イメージとしては蒸留に近いのかな?そうなると、空気中の水蒸気を杖の先に集め、冷やして液体化するイメージだね)

 僕は発火の魔法を使ったときと同様に、杖を前に掲げると目を瞑り精神を集中させる。

『コンデンセイション!』

 僕がスペルを唱えると、杖の先に何かが集まるような感覚がした後に冷気がほほを撫でる感触があった。そして、僕の杖の先には子供の頭の大きさくらいの水の塊が出現していた。

「よし!」

「お見事です!この大きさはとても初めてとは思えません。どうやらシリウス様には水の系統の素晴らしい才能があるようですね」

「おにいちゃん、すごーい!」

「さすがだなぁ」

「ヴィルトール家は火の家系ですが、シリウス様の母君は水のトライアングルメイジということですから、シリウス様は母君の魔法の才を色濃く受け継いだのでしょうね」

(良かった。父上の得意な火の系統の適性はないから母上の得意な水の系統の適性がある可能性は高いと踏んでいたんだけど、これでようやく一安心だ。医者を志した者として水の系統の魔法が使えないんじゃどうしようもないからなぁ)

「では次は、フラン様ですね」

「よーし」

 フランも僕と同じように杖の先に意識を集中して、スペルを唱える。しかし、フランの杖の先に水一滴あらわれることはなかった。

「おにいちゃん、かっこわるーい」

「なんだかさっきからナタリアの俺の扱いがひどいような…」

 ナタリアの機嫌を損ねたのか、フランは先ほどからナタリアから散々な仕打ちを受けている。

「ふむ。逆にフラン様は水の系統の適性は低いようですね。見事に二人とも正反対の系統に適性があらわれたものですな」

 そういってアデル先生は僕とフランを見比べて、嬉しそうに笑った。










「それでは、次は風の系統とまいりましょう。風の系統は攻撃や防御はもちろん隠密や諜報活動にも威力を発揮するバランスの良い系統です。その一番初歩のスペルは『ウインド』。これは杖の先から風を起こす魔法です。では、この調子でシリウス様から参りましょうか」

(今度は風か。風というのは気圧の差により生じる空気の移動のこと。ということは、杖の先に周囲の空気を集めてそれを前方へと流すイメージだね)

 僕は頭の中でイメージを作り上げると、杖を構えて集中した。そして、スペルを唱えると杖を振り下ろす。

『ウインド!』

 僕の杖の先からはごうっという風の音が聞こえ、前方にある草花を揺らしている。

「これまたお見事です。シリウス様は風の系統にも適性があるようですね」

「おにいちゃん、つえこっちむけてー。わぁ、すずしいー」

 ナタリアに杖を向けると杖の先から出る風と無邪気にじゃれ始める。

「では、今度はフラン様、参りましょう」

 フランも同様にスペルを唱えて、杖を振ると風が起こる。ただし、風の勢いは僕ほど強いわけではなく、そよ風といったところだろうか。

「あーあ、風もシリウスに負けちゃったかぁ」

 シリウスは少しだけ悔しそうにそう呟いた。

「いえいえ。二つの系統に適性があるというのは素晴らしいことですよ」

「そうだよ。僕はたまたま上手く魔法のイメージができただけだと思うし」

僕は現代科学の知識も使っているためフランよりも明確な自然現象のイメージを持つことができた。魔法の成否はイメージの力によるところが大きいので、これは僕の大きなアドバンテージとなっている。そのため、フランより魔法が出来て当然と言ってよいのだ。僕は少しばかり反則しているような気がしたので、内心でフランに謝罪の言葉を述べておいた。










「では、最後は土の系統ですね。土の系統は対人戦では他の系統に一歩譲りますが、砦や城の攻略戦においては巨大なゴレームを作ってこれを突破するなど比類なき力を発揮します」

「確か、金などの金属も練金できてしまうんですよね?」

「左様でございます。金を練金するには高位のメイジ――スクウェアメイジである必要がありますが十分に可能です。では、土の系統の初歩のスペルはその『練金』です。お二人にはこの石を青銅に変えていただきます。最後はフラン様から参りましょうか」

 フランが杖を構えて、石ころに向き合う。そして、スペルを唱えて、石ころに向けて杖を振り下ろす。

「…」

「何も起きませんよ?」

「フラン様は土の系統の適性が低いようですね。そうなると、フラン様は火、風の系統の順に魔法の適性が高く、逆に水と土の系統の適性は低いようですね」

「まぁ、父上の得意な火の系統の適性があったんだし、これで良かったかな」

 フランは自分の結果に満足したのか、嬉しそうに笑っていた。

「では、シリウス様もお願いします」

(これは完全に原子配列変換だよなぁ。石を青銅に変えるってそんなの現代科学でも不可能だよ。とにかく、原子の構造をいじって石ころを青銅へと変化させるイメージだね)

 石ころの目に見えない原子の構造を変化させようと、その具体的なイメージを頭に思い描く。意識を集中させるとスペルを唱え、石ころに向かって杖を振り下ろした。

『練金!』

 呪文を唱えると石の表面が多少青銅に変わったのか、少し青みがかかったようだった。

「なんだか微妙な変化ですね」

「いえいえ、とんでもありません。私も長年家庭教師を勤めていますが、才能のある子が適性のある系統のスペルを唱えたときの反応がこのような反応なのです。あんな大きな火や水の塊を作ってしまうお二人の出来が異常なんですぞ」

「そうなんですかぁ?」

 ナタリアが間延びした声でアデル先生に質問していた。

「はい。最初からあんな大きな炎を出したり、あんな大きさの水球を作ったりした子供を、長年の教師生活の中でも見たことはありませんからな」

「良かったぁ」

 僕は自分に魔法の才能が少なからずあることを確認して、胸を撫で下ろした。

「こうなると、シリウス様は水、風、土の順に魔法の適性が高く、火の適性だけ低いということになりますね。3つの系統に適性が認められるということは滅多なことではありませんぞ?」

「そうなのですか?僕としては何よりも水の系統の適性があったことに安心しています」

「お二人とも自分の希望通りの系統の適性があるということは素晴らしいことです。自分の希望とは異なる適性があらわれる子供は実に多いのです。私もそんな子供たちを数多く拝見してきました」

 アデル先生はそういって少しだけ寂しそうな顔をした。

「それでは系統魔法の練習はここまでにして、あとはスペルの簡単なおさらいだけにしておきましょう」

「アデル先生。まだ、俺はいけますよ?」

 そういってフランは意気込んで見せた。

「いえ、『急いては事を仕損じる』と言います。系統魔法は初歩のスペルとはいえ、コモンスペルよりもずっと精神力の消費が激しいのです。精神力が十分でない子供の頃にあまりスペルを多用すると精神力が切れてしまう危険が高いのです」

「精神力が切れるとどうなるのですか?」

「疲れてしばらく動けなくなってしまうでしょうね。ですから、2週間後に私がまた来るときまでの魔法の練習の際には常に精神力に気をつけて練習して欲しいのです。最初のうちは系統魔法の練習が楽しく、ついつい精神力を切らしてしまう教え子を何人も拝見してきましたからな」

(精神力とは分かりやすく言えば、使用可能な魔力のことかな?)

「わかりました」

「最初のうちは、自分の得意な系統を伸ばすことに専念しましょう。適性が低い系統も練習すれば伸びるでしょうが、やはり得意な系統の方が成長は早いものです」

(小さい子供には成果の上がらない練習を繰り返すような忍耐力はないもんね。この方針には賛成かな。そういえば、僕はまだ6歳だったな。なぜか周りは僕を子供と思っていない節があるから、僕自身もそのことを忘れがちなんだよね)

 僕はそんな周囲の対応を不思議に思っていたが、大人ですら読むのを敬遠するような本を平然と毎日読み続ける子供の方がずっと不思議な存在であることにこのときの僕は気づいていなかった。

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