小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 肥溜めの設置から1年がたち、僕は9歳になっていた。

 毎日のフランとの魔法と剣術の訓練は、僕が領内の治療活動に出かけるとき以外に欠かすことはなかった。その結果、剣術についてはジーノさんからこれならうちの兵士たちと勝負してもそう簡単には負けないだろうというお墨付きをもらった。魔法についても、最近では風の系統のラインスペルまで習得しその腕はかなり上達していた。治療活動を通じて魔力の制御はかなり上達したと実感しているものの、あと一歩トライアングルメイジへの壁を破れないでいる。

(あと一歩ってところまで来ている気はするんだけどなぁ)

 一方で、フランは最近ようやくラインメイジにまで成長していた。やっと、追いついたぜと、彼は嬉しそうに僕に話しかけてきた。フランはラインメイジに上がるとその魔法の威力は格段に上がり、以前よりもずっと大きな火球を作り出せるようになっていた。そんな成長したフランを見て、僕も負けていられないなと気持ちを新たにしたのだった。

 ナタリアも僕らと一緒に魔法の練習を重ねた成果だろう、この一年間で火のドットスペルはかなり上達していた。彼女の作るファイヤーボールはフランにも引けをとらない大きなものであったし、何よりそのコントロールが素晴らしかった。フランがこうしてラインメイジに上がったのと同様に彼女もかなり早い段階でラインメイジに成長するかもしれない。フランと僕の二人はナタリアに追いつかれやしないかと一抹の不安を募らせている。

 純粋な剣術の腕はフランに一歩及ばないが、魔法も使った実戦形式の模擬戦では僕が大きくリードしている。フランと違い、僕はすでに水に加えて風のラインスペルも習得している。攻めて良し、守って良しの応用力の高い風系統の魔法が僕の戦略の幅を広げてくれるおかげであった。

 魔法はラインメイジになったからといって簡単にすべての系統のラインスペルを使えるようになるわけではない。得意な系統のスペルは習得も早いが、苦手な系統のスペルはなかなか習得できないのだ。フランもラインメイジにはなったが、飛びぬけて適性の高い火の系統のラインスペルは習得できていても、火の系統よりも適性の低い風の系統のラインスペルはさすがにまだ習得できていなかった。ちなみに、僕は火の系統のスペルはからっきしダメで、火の系統に関してはドットスペルすら使うことができないでいる。

 また、魔法の一撃の破壊力についてはフランに軍配があがる。フランがラインメイジに成長して最初に習得した火のラインスペルである『フレイムボール』は、ラインスペルの中でも屈指の攻撃力を誇っている。フランが作り出す巨大な火球はかなりの広範囲を焼き尽くす威力を持っていた。模擬戦ではフランのそんな魔法をいかに交わすかが大きなポイントになっていた。










 そんなある日、父は僕たちに領軍に同行し亜人退治に向かうように言い渡した。亜人とは半獣半人の生物で、知性が低く無差別に村人を襲ったり畑を荒らしたりするので村人たちにとっては死活問題となっている。当然、村人の生活に支障が出れば僕ら貴族の生活も危うくなるため、これらの亜人を討伐するのは貴族の役割でもある。そのため、我がヴィルトール領でもこうして領軍を配備し定期的にその退治の任にあたっている。

 初めての実戦を前に、僕は内緒で屋敷の裏にある林の中に来ていた。林を少し抜けるとあまり木が生えていないひらけた場所があるのだ。魔法の攻撃力に不安のある僕はなんとか自分の魔法を工夫してフランに負けない魔法を開発できないかと最近ではこうして毎日ここで試行錯誤を繰り返している。

(ようやく方向性は見えてきた…)

 風の魔法には雷を再現する『ライトニング』という魔法がある。これは雷そのものを魔力で作りあげるため、消費する精神力に比してその威力は小さい。そもそも雷とは雷雲の中で作られた氷塊が乱気流によって激しく摩擦されることによって雲が帯電し、地上との電位差を生じることにより地面に向かって放電する現象だ。氷塊を作り、風で激しくこれを摩擦させること自体は水と風の系統が得意な僕にとって雷そのものを作るよりはるかに容易なはずである。

 簡単に考えをまとめた僕は杖をとり、今のイメージをもとに魔法の実行に取りかかる。

「よーし!」

「お兄ちゃん頑張ってー!」

 僕の傍らからこっそり見学についてきたナタリアから応援の声がかかる。ナタリアは火の系統だからフランの魔法を参考にした方がいいはずなのだが、なぜか彼女は僕の魔法を見て参考にしたがった。そのため、今日もこうして僕の魔法の秘密の練習についてきたのだ。最初は危ないからと断っていたが先日ついに根負けしてしまった。

(まぁ、ナタリアに見られる以上、お兄ちゃんとしてかっこ悪いところは見せられないな)

 内心でそう決意すると目を瞑り集中力を高める。前方の高さ3メイルくらいの空間に、意識を集中させると雷雲の形成に取りかかる。氷塊を作り出し、それを雲の中で起こした風で激しくかき混ぜる。しばらくすると、氷塊同士の摩擦によって雲がバチバチと帯電した様子がうかがえた。

(うん、いい感じだ)

 僕が内心で魔法の成果を確認すると、ほどなくして大きな音と光とともに雷雲から地面に向かって稲妻が走るのが見えた。

「お、お兄ちゃんが雷を出した!?」

「うーん…」

 魔法の成功をわいわいと喜ぶナタリアとは違い、僕は魔法の出来を冷静に分析していた。

(確かに雷はできたけど…これでは明らかに威力が弱い。きっと電圧が低いのが原因だろうな)

問題点を特定すると僕はその改善案の検討に入った。おそらく雷雲と攻撃対象との距離が離れるほど空中放電に必要な電圧も上昇するはずなので、そうすれば攻撃力はあがるだろう。それならば、雷雲をもっと高い位置に作ればよい。これなら充電には時間もかかるかもしれないが、雷の電圧も上がるから威力も上昇するだろう。

「ナタリア、今度はもっと大きな雷出すから念のためもっと離れておこうね?」

「はーい」

 何かあっては困るのでナタリアに距離をとるようにお願いする。彼女が元気な返事とともに距離をとったのを確認すると、木の陰からわくわくした目をしながらこちらを見ているのが見えた。僕はそんな彼女の様子を見て微笑ましく思ったが、すぐに気持ちを切り替えて意識を集中する。
 目を瞑り、今度は高さ30メイルの位置に意識を集中させて、雷雲の形成に入った。氷塊を作り出し、雲の中で氷塊を激しく摩擦させる。しばらくすると、雷雲の表面は激しく発光を始めた。さきほどより明らかに強く帯電しているのが目で見て分かった。

(うん、この調子だ)

 そうして、雷雲を形成していると、突然、周囲は激しい閃光と轟音に包まれた。巨大な雷が目標地点を大きく逸れ、近くにあった木のてっぺんに落ちたのだ。木は落雷を受けて激しく燃え始める。

「「…」」

 唖然とする僕と、驚きで声が出ないナタリアを尻目に火はその勢いを増していった。

「…おにいちゃん!火を、火を消さないと!!」

「!?」

 そんなナタリアの声で我に返った僕は水の呪文で消火活動を始めた。消火を始めてしばらくすると、屋敷から音を聞きつけたミスティを始めとする使用人たちが一体何事かとやってくる。

「シリウス様、あの音と光。今度は一体何をなされたのですか?あとで説明してくださいね」

「…申し訳ない」

 ミスティたちと協力して火を消し止めた後、僕は父の部屋で呆れる父と笑っている母の前でミスティからお説教を頂戴していた。彼女の前で小さくなる僕には、父に毅然とした態度で立ち向かい肥溜めと堆肥の有用性を説いたときの面影はなかっただろう。










 僕はミスティからのお説教の後、自室に篭もってあれこれ考えていた。

(やっぱり威力とコントロールの両立がネックだなぁ)

 威力を上げようとして高い位置に雷雲を作れば雷がどこに落ちるか分からない。雷は一番近いところに落ちようとする性質があるが、これをコントロールする手段がないのだ。これでは、危なっかしくてこんな魔法は使えたものではない。逆に、攻撃対象に落ちるようにするために敵の頭上の低い位置に雷雲を作れば今度は電圧が上がりきる前に放電が起きてしまい大した攻撃力を生み出せない。

 しかし、もちろんメリットもあった。一般的な雷の魔法である『ライトニング』と違って雷そのもの魔法で再現するわけではなく、現代知識を活用して雷を物理的に再現するので精神力の消費は小さいし、魔法よりもはるかに大きな威力を期待できる。また、この魔法が発動すれば敵まで電撃がそれこそ雷の速度で飛んでいくから絶対に避けることはできない。
 確かに、充電時間が必要という難点はあるがこれは今後の練習次第でかなり短縮できるだろうから致命的な問題にはならないと言える。何よりも問題は雷の威力とコントロールの両立にあった。

(これは詰んだんじゃないだろうか?)

 僕は矛盾する二つの要素の両立に頭を抱え、一人自室のベッドの上でのた打ち回っていた。

-7-
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