小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 あれからも色々と解決策を模索したが、これといったアイディアが思いつかなかった。結局、時間切れとなり亜人討伐の当日はやってきた。

(まぁ、今回の討伐ではこんな威力の魔法が必要となることもないだろう)

 父の話では、屋敷から馬車で6時間ほどの村の近くの山から数匹のコボルト鬼が出てくるのが目撃されたらしい。コボルト鬼は狗頭の獣人で、大して強くないが群れであらわれることが多く、数が多いと厄介な相手となる。しかし、今回の任務には僕たちの剣術の指導をしてくれたジーノさんが亜人討伐部隊の隊長として同行する。彼は風のラインメイジでもある。メイジにとって数匹のコボルト鬼程度はまったく問題にならないので、今回の部隊の大きな戦力となる。また、経験がないとはいえ、僕とフランもラインメイジである。通常、コボルト鬼の討伐程度であれば三人もメイジはいらない。しかも、ラインメイジ三人となれば明らかに過大すぎる戦力である。この辺りはわが子を思う父親の親心があったのだろう。

 早朝に屋敷を出発し、馬車2台で問題の村へと向かう。この調子で行けば昼前には着くらしい。到着後、早めの昼食をとってから早速コボルト鬼の討伐に乗り出すそうだ。フランは隣で父上からもらった片手剣の手入れをしている。僕も同じものを腰に差している。初めての実戦に緊張しているのか、普段は軽口を言うフランも口数が少ない。それは僕も同じで、自分からあえて話しかけたりはせずにそんな緊張感の中に身を委ねていた。










 そんな高まる緊張感の中、数時間の旅程を終えると馬車は目的の村へとたどり着いた。僕らの出迎えに応じた村長に馬車を預けると、村長に案内された家で村人から昼食の提供を受ける。簡単な野菜のスープとパンだったが、緊張でそれすらなかなか喉を通らない。フランを見ると、同じ気持ちなのだろうスープでパンをなんとか流し込んでいる様子だった。周りの兵士達は普段と変わらない様子で食事を喉に通していた。おかわりする者さえおり、改めて経験の差を痛感させられた。それほど実戦経験の有無は大きいのだろう。そうしてなんとか昼食をすませると、その場でジーノさんから作戦の説明があった。

「俺たちが先行してコボルト鬼の討伐にあたる。フランとシリウスは俺たちが倒しそこねたコボルト鬼の対処にあたれ」

「「わかりました」」

 僕たちは後衛に回された。僕とフランは実戦は始めてなので下手に前に出ても危ないのである。さすがに子供を危険な前衛に回すことは出来ないという事情もあるだろう。それに初心者である僕たちは後ろから彼らの戦いぶりを見学するだけでも十分な経験になる。

 僕や兵士たちは戦闘の準備を終えると、コボルト鬼が出てきたという村の近くにある山の中へと入っていった。山の中は視界が悪いので各自周囲の警戒は怠れない。しばらく、進むと少し林がひらけた場所に出る。すると、隊長のジーノさんから全体に声がかかった。

「全体止まれ、団体さんのお出ましだ」

 ジーノさんの指差す前方に目をやると10匹以上のコボルト鬼が向かってくるのが見えた。彼らは手に棍棒などを持ち、口から舌をだらしなく垂らすと横一列に並んでこちらに向かってきていた。どうやら隊列という考え方はあるらしい。狩りを生業とする彼らの数少ない知恵の一つといえるかもしれない。

「俺がまず、魔法で先制する。その後、各員は各個撃破にあたれ!必ず複数で攻撃にあたるんだ。常に周りとの位置関係に気を配れ!!」

 そういって、ジーノさんは部隊への指示をおこなうと、腰から杖をとり呪文の詠唱に入った。そして、呪文を唱え終えるとコボルト鬼の一団に向かって杖を振り下ろした。

『エアハンマー!』

 ジーノさんの前方のコボルト鬼に空気の大槌が振り下ろされる。轟音とともにちょうど戦列の真ん中辺りにいた数匹のコボルト鬼がその無慈悲な鉄槌に叩き潰されて、地面にめり込んだ。突然の事態に混乱したコボルト鬼たちは戦列を崩し、一部は逃げまどい、一部はこちらに無謀な特攻をしかけてきた。

「各員、隊列を維持したまま撃破にあたれ!!」

 ジーノさんの掛け声をきっかけに兵士たちがコボルト鬼に向かって走り出す。数人のチームでコボルト鬼に襲いかかる。まず、一人が攻撃を受け止めている隙に、もう一人が足などを狙ってその自由を奪う。そして、弱体化したコボルト鬼の息の根を次々と止めていった。その一連の流れにコボルト鬼は次々とその数を減らしていった。
 順調に見えた攻撃だったが、突然左にあった林からコボルト鬼の一団があらわれた。

「左から敵襲。手の空いているものは迎撃にあたれ!」

 冷静なジーノさんの掛け声で余裕のあった人員が左側の敵に対して隊列を組む。しかし、さすがに手が足りないのか僕とフランの方にも数匹のコボルト鬼がやってきた。

「フラン、左側の一団は僕が引き受けるよ」

「よっし、右側は俺に任せておけ!」

 緊張を吹き飛ばすために、フランと僕はお互いに声を掛け合う。僕は震える右手を左手で押さえながら杖をとると、スペルの詠唱に入る。先ほどのジーノさんたちの攻撃を参考に、彼らの足元に杖をめがけて氷結の魔法を放つ。コボルト鬼の足元が凍りつき、その行動の自由が奪われる。突如として行動の自由を奪われたコボルト鬼が混乱する。包囲される心配がなくなった僕は余裕を持って二匹のコボルト鬼を順番に剣で袈裟懸けに首元から切りつけた。

「グエッ!」

 コボルト鬼は低い声のうめき声をあげ、首元から血を噴き出すと絶命した。そして残りのコボルト鬼には杖を向けて呪文を唱える。

『エアハンマー』

 ジーノさんと同じスペルを唱え、コボルト鬼を不可視の大槌で叩き潰す。地面が陥没すると、その先ではコボルト鬼が声を上げる余裕すらなく絶命していた。

(よしっ!!)

 敵の殲滅を確認してからフランの方を見る。フランはその身のこなしを活かしながら、コボルト鬼の攻撃から上手く立ち回りつつ距離をとると、遠距離からファイヤーボールで2匹のコボルト鬼を攻撃した。1匹は火球が直撃して明らかに絶命した様子だったが、もう一匹には微妙にかわされてしまった。フランはしとめられなかった方のコボルト鬼にすぐさま接近すると、かわしたものの火球の熱さにうろたえていたコボルト鬼に剣を突き刺してとどめをさした。

「さすがだね、フラン」

「俺より多かったのに先にやっつけちまったシリウスが言うと嫌味にしか聞こえないぜ」

 初めての実戦で震えながらも善戦した自分達を互いに称(たた)えつつ、僕らは周囲への警戒を怠らない。周囲を見るとジーノさんたちも全てのコボルト鬼の退治を終えたようだった。周囲の安全を確認すると、ジーノさんは倒したコボルト鬼の亡骸を一つに集め、点呼をとっていた。幸い犠牲者はおらず、僕はフランと一緒と連れてジーノさんから少し離れた場所で怪我人の治療にあたっていた。

「ご苦労。おそらくコボルト鬼はこれで全部だろう。各自、この後は…」

 ジーノさんが全体に指示を出していると、突然、ジーノさんの背後にあった崖の上から「何か」が落ちてきた。10メイルほどの高さの崖から飛び降りてきた「それ」は着地の衝撃をこらえると、手に持った棍棒を横薙ぎにしてジーノさんに襲いかかった。
 わざわざ後ろからの襲撃を警戒して崖を背にしていたのだ。まさか崖の上から敵が襲ってくるとは予想していなかったジーノさんの対応が遅れる。なんとか反応して剣で直撃は防いだが、「それ」の一撃のあまりの衝撃にジーノさんは吹き飛んだ。

「「ジーノさん!!」」

 致命傷はまぬかれたようだが、あれではしばらくは動けないだろう。突然、あらわれた「それ」に僕らは目を見やった。

「こいつは、オーク鬼か!?」

 オーク鬼は体長3メイルほどの大型の亜人で、豚のような頭を持つのが特徴だ。その怪力は非常に危険で、武装した戦士が何人もいて初めて討伐が可能となる。
 油断していた兵士たちは不意をつかれた上に、指揮官のジーノさんが無力化されてしまったことにより混乱のど真ん中にあった。うろたえる兵士たちは棍棒で横薙ぎに払われて次々に無力化されていった。
 幸い治療のために混乱の中心から離れた場所にいた僕は突然の危機の到来にも不気味なほど冷静に頭を働かせることができていた。冷静な頭で敵のオーク鬼に目をやる。

(このオーク鬼はでかいぞ!?目測だが身長が4メイル近くあるんじゃないのか?そうか、山奥にいるはずのコボルト鬼が山から出てきたのはこいつが原因か!)

 そんな全ての元凶であるオーク鬼を冷静に観察していると、やつは僕とフランの存在に気づき、こちらに向かって突進を開始した。

「フラン、引きつけて全力でフレイムボールを撃って!」

「精神集中が間に合わないぞ」

「僕を信じて」

「…分かった」

 僕と目をあわせたフランは杖を持ち、オーク鬼に向かって目を閉じる。全ての精神力を使うための集中に入ったのだ。敵前で目をつぶるという危険な行為の裏にはフランの僕に対する絶対の信頼があることを感じていた。

(本当に僕は、恵まれているよ。こんなに兄を信頼してくれる弟がいるんだから)

 弟の信頼に応えるべく、僕も杖を持ち詠唱に入る。オーク鬼が2メイルほどの距離に迫る。呪文の詠唱を終えた僕はオーク鬼に向かって杖を振り下ろした。

『エアシールド!』

 オーク鬼の突撃は突如として出現した空気の壁に強引に阻まれた。僕が必死で作り上げた不可視の壁に阻まれて混乱しているオーク鬼に向け、今度は呪文の詠唱を終えたフランが杖を振り下ろす。

「今だ!!」

『フレイムボール!!』

 直径1メイル近い巨大な炎の塊が至近距離から放たれ、オーク鬼の眼前に迫り、爆ぜる。

「ブオオオオー」

 オーク鬼の悲鳴とともに辺りには肉のこげたような悪臭と黒煙が立ちこめる。オーク鬼の生死を確認しようにも煙で何も見えない。僕とフランは祈るような気持ちで黒煙が晴れるのを待った。しばらくして黒煙が晴れるとそこには顔から肩にかけての皮膚をところどころ黒く炭化させながらも僕らを捉える続けるオーク鬼の鋭い眼光があった。

(マズイ!これでもダメなら、一体どうすればいい!?)

 精神力を使い果たし、力なく立つフランをかばうために僕は彼の前に出る。オーク鬼が追撃をしようとした瞬間、僕の前に落ち着きを取り戻した兵士たちが助勢に駆けつけた。

「シリウス様たちには手出しはさせんぞ!」

兵士たちの助成によりなんとか僕は凌ぐことができた。しかし、これでは一時を凌いだだけだ。兵士の多くが無力化された現状ではこの巨大なオーク鬼を倒すための決め手を欠いていた。

(何か手はないか?)

 そんなとき僕には一筋の光明が降りてきた。

(そうだ、あれを使えば!!)

「みなさん、こいつを倒すための呪文の詠唱に入ります。それまで足止めをお願いします」

「よっしゃあ、任せろ!!」

 兵士の気迫あふれる応答に励まされ、僕は思考を巡らせ始める。

(雷の呪文の問題は電圧が上がる前に放電が生じてしまうこと。だったら放電が起きないように空気の膜で雷を閉じ込めてやればいい)

 僕は先ほどオーク鬼に使ったエアシールドのことを思い出していた。

 僕は瞬時に思考をまとめると、杖を掲げ、オーク鬼の頭上3メイルほどの高さに雷雲を作り出した。雷雲の周囲の空気を固めて、雷を閉じ込めにかかる。

(ダメだ…抑え切れない!?)

 氷を作り、風を起こすだけですでにラインメイジの力の限界だった。さらに、空気の壁を作り出して雷を閉じ込めるためには、さらにもう一つ風の魔法を重ねる必要がある。ここから先はトライアングルメイジの領分だ。

(諦めるな。ここで諦めたらフランだって、兵士の人たちだって危険にさらされる。僕を信じて魔法を撃ってくれたフランや時間を稼いでくれている兵士のみんなの信頼を裏切るつもりか?)




―――僕はもう二度と、誰かを救えなかったときのあの苦しみを味わうつもりはない!!




 そんな決意を胸に刻みつける僕の心の中に力がこみ上げて来る。その直後、雷雲の周囲の空気が圧縮され、空気の壁が雷雲を包み込む。僕は無心で杖を振る。雷雲はその許容量をはるかに超えて帯電し、雷雲の表面では怒り狂うような激しい放電が繰り返される。

「みなさん、離れて!!」

 僕の掛け声にあわせて、オーク鬼の周りの兵士は離脱した。僕は杖を振り下ろし、呪文を叫んだ。

『サンダークラウド!』

 僕の声に続いて周囲を閃光と轟音が包み込み、オーク鬼に向かって大きな稲妻が走った。その直後、オーク鬼は断末魔を上げる間もなく絶命し、僕の目の前には全身を真っ黒に炭化させたオーク鬼だった物が立っているだけだった。僕はそれを見届けて安心すると、精神力を使い果たし、深い眠りへと落ちていった。

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