小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 僕は生前、父に実家の会社を継ぐようにと厳しい教育を受けていた。母は僕を産んで間もなく亡くなり、そのため僕は母の顔を写真でしか知らない。僕を生んで母がすぐになくなったので、我が家の子どもは僕一人であった。そのせいか、歴史の長い貿易会社を守るために、僕をその跡取りにするべく父はどこか焦っていたように思う。今、考えると父は父できっと悩んでいたのだろう。

 しかし、当時中学生だった僕には父の事情を思いやることなんかできるはずもない。何度も僕を叱りつける父にいい加減嫌気がさしていた。
 そんな僕にとって、学校帰りに幼なじみの深雪と遊ぶのはとても楽しかった。深雪は近所に住む女の子で、腰までのばした長い黒髪と頭につけたカチューシャが良く似合っていた。身長は小さく、とっても小柄な線の細い女の子だった。実はナタリアにあげたカチューシャは彼女のことを思い出した僕がナタリアにあげたものだ。ナタリアにそんなこと言ったら、頬を膨らませるだろうな。










「深雪、キャッチボールしようよ!」

「私、力ないからボール届かないよ?」

「それでもいいよ。とにかくやることが大切だよ。為せば成るさ!」

「そうなの?」

「僕が教えてあげるからさ」

「ふふ、もうしょうがないなぁ」

「じゃあ、グローブとってくるよ!」

 彼女はあまり外で遊びまわるタイプの女の子ではなかった。どちらかというと本を読んだり、編み物をしたりするのが良く似合う、そんな女の子らしい女の子だ。しかし、家で勉強ばかりさせられていた僕は彼女をたびたび外に連れ出した。それでも、彼女は笑いながら、そんな僕によく付き合ってくれた。










「お前はよくあの女といるけど、あいつのことが好きなのか?」

 放課後、帰る支度をしていると教室でクラスメイトから突然質問受けた。中学生の年頃に、女子とよく一緒にいれば注目を集めるのは当然で、クラスの男子からこういった質問をたびたび受けていた。

「家が近いから遊んでいるだけで、別に好きなわけじゃないよ」

「そうなのか?本当は好きなんじゃないか?」

「本当だよ。別に好きじゃない」

 当時、まだまだ幼かった僕には面と向かって女の子を好きなんて言える度胸があるわけもなかった。こうして意味もなく硬派を気取っては、意地をはっていた。

「知ってるよ」

 まさか、隣のクラスの彼女が後ろにいるとは思わなかった。彼女は色のない顔でこちらを見ていた。迎えに来てくれたであろう彼女は何も言わずにその場を立ち去ってしまった。この後、彼女には2週間近く口を聞いてもらえなかった。僕はその間、何度も何度も謝った。










 隠しようもないけど、僕は彼女が好きだった。しかし、彼女に告白なんかできるわけもなかった。自分の幼さに言い訳をしては、その言葉をいつも飲み込んでいた。

「雄介はあそこの高校行くの?」

「うん…。父さんも行った高校らしくて、父さんは絶対に行かせたいみたい」

「そっかぁ…。じゃあ、私も一緒に行くね」

「えっ!?でも、試験大変だよ…?」

「頑張る。それに雄介が教えてくれるでしょ?」

「うん、もちろん!!」

「ふふ、お願いします。雄介先生」

 僕は地獄の底から救われた気分だった。それから、毎日猛勉強した。もともと成績はトップクラスだったし、数ヶ月で成績を安全圏に持っていった。そんな僕を見て、父は満足そうにしていた。そして、余った時間は彼女に勉強を教える。彼女はもともと優秀だったし、彼女もかなり頑張ったから試験直前には十分合格圏にまで持っていけた。

 そして、合格発表の日、僕は自分の番号なんかそっちのけで彼女の番号を探していた。

(えっと……あった!!)

 彼女の番号を見つけてから彼女を見ると、彼女は笑いながら泣いていた。

「雄介はどうだった?」

「あっ!?まだ見てないや」

「ふふ、何やってるのよ」

 彼女にたしなめられてから自分の番号を探すとすぐに見つかった。

「うん、番号あったよ」

「へへ、これでまた一緒に学校に通えるね?」

「うん!」










 しかし、彼女と学校に通う幸せな日々は長くは続かなかった。4月が終わると、彼女は学校に来なくなった。彼女の家に行くと深雪は重い病気に罹(かか)ったらしい。
 僕は毎日、彼女の入院している病院にお見舞いに行った。雨が降ろうと、絶対に欠かすことはなかった。彼女のお母さんはいつも笑いながら、いつもありがとうとお礼を言っていた。僕が病室に入ると、彼女はベッドから体を起こしていつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。その度に、僕は心底、安心したのだ。きっと彼女は大丈夫だろう。

「せっかく合格したのにゴメンね?」

「気にしないでよ。今は病気を治すことだけ考えよう?」

「…うん、そうだね」

 毎日、彼女のお見舞いに通っていた僕は気づいた。彼女の元気が少しずつなくなっていくことに。しかし、無力な高校生の僕に何もできるわけがなかった。父の書斎にあった医学関係の書籍を片っ端から読み漁ったが、高校生の僕に専門用語だらけの書物を理解することができるはずもなかった。かりに理解できたとしても、医者にすら治療が困難な病気をどうにかできるはずもないのだが、僕はその事実を必死で心の外へと追いやり一心不乱に書物を読み込んだ。
 しかし、俺に出来る唯一のことは毎日毎日彼女のお見舞いに足を運んでは、彼女と話すことだけだった。

「雄介は将来、何したい?」

「やっぱり家を継ぐことになるのかな?」

「そうなの?私はもう決めてあるよ」

「なに?」

「私は普通に生きて、普通に結婚したいな」

「そっか…。うん、きっとできるよ」

 僕には何も言えるわけがなかった。僕は彼女に無責任に笑って、カラッポの言葉を投げかけ続けた。










 ある日、学校で授業を受けていると、職員室に呼び出された。彼女のお母さんから連絡があったらしい。僕はすぐ病院にかけつけた。病院のベッドで会った彼女はもうあの笑顔で笑うことはなかった。彼女の冷たく動かなくなった手を握ると、僕はその場で崩れ落ちた。

 彼女の葬式を終え、しばらくすると僕は父に医学部を目指すことを告げた。もう、目の前で何もできないまま大切な人を失うのは嫌だった。だから、医者になって、自分や誰かの大切な人を全部助けるんだと、少年は少年らしい自由さでそう考えていた。
 当然、父は許さなかった。医者になるということは会社を継がないことと同義だからだ。しかし、僕も譲らなかった。少年らしい安易な思いつきだったが、その決意は誰よりも固かった。結果として父と僕は決別した。

 その日から、医学部進学のために猛勉強を始める。父からの援助は期待するわけにはいかないので、学費の安い国立の医学部に進学する必要があったからだ。また、学費の捻出のためにバイトも始めた。友達も作らず、高校生らしい楽しいことにはわき目も振らず、僕は勉強とバイトの忙しい毎日を過ごす。そして、僕は地方の国立大学の医学部に現役で合格した。










 目を開けるとそこはいつも見慣れている僕の部屋の天井だった。身体を起こすと、傍に控えていた侍女のミスティが嬉しそうに声をかけてきた。

「おはようございます、シリウス様。良かった、無事意識が戻られて何よりです」

「ミスティ?そっか、僕は精神力を使い果たして、それで気を失っていたのか。ミスティ、僕はどれくらい気絶していたのかな?」

「丸一日くらいですね。今、旦那様や奥様をお呼びいたしますね」

 そういって、ミスティが部屋を出てしばらくすると、バタバタと足音が聞こえたかと思うと、ドアが勢いよく開き、ナタリアが飛び込んできた。ベッドで体を起こして座っていた僕の膝元に飛び込んできて、顔を上げた。

「お兄ちゃん!私、心配したんだよ?」

「心配かけてごめんね、ナタリア?もう大丈夫だよ」

 そんなナタリアに謝りながら彼女の頭を撫でていると、腕を頭の後ろで組みながらフランが部屋に入ってくる。

「まったく、ヒヤヒヤさせやがって。まぁ、俺はそんなに心配してなかったけどな」

「すまないね。フランを危険な目にあわせたみたいだ」

「お前が言うなよ!まったく心配させやがって」

 仲のいい弟とそんな冗談を交わしていると、父上と母上が入ってくる。

「おお、目を覚ましたか?」

「心配したのですよ?」

 両親が安心したような声で僕に声をかけてくる。

「ご心配をおかけして、申し訳ありません」

「いや、お前が無事ならそれで良いのだ。よくぞみなを無事に連れて帰ってきてくれた」

「他の方々は無事なのですか?」

 僕は一番の心配事を父に質問していた。

「ああ。怪我人はいるが、お前のおかげで誰も犠牲になることはなかった。礼を言うぞ」

「それを聞いて安心しました」

 僕は心から安堵すると姿勢を楽にした。そんな僕の様子を見て、母はため息をつく。

「あなたは少し自分のことに頓着がなさすぎです。もう少し自分を大切になさい」

「申し訳ありません、母上」

 母に叱られながら、そんな温かいやりとりに思わず顔が綻(ほころ)ぶ。この世界には、僕に見返りをもとめない愛情を注いでくれる父と母がいる。僕を心配してくれるかわいい妹と、親友のような弟もいる。それを守る術は学んできたし、きっとこれからも磨いていく。今度こそ、この大切な人たちを守りきってみせる。

―――もう大切な人を救えずに、何もできずにいるあんな悔しい思いなんて絶対にしない。

僕にしがみついているかわいい妹をあやしながら、僕は改めてそんな決意を胸に刻みつけていた。

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