「あ、アイアム ア ノ、ノット イングリッシュ…」
「よっし、山吹、テメー廊下立ってろ」
「理不尽だ!」
といった具合に、見事にナナちゃんの怒りを買った俺は、現在廊下にて昔の漫画さながらにバケツを持って立っていた。
「あのおっさん、俺になんの恨みがあるんだ」
「オイ、馬鹿」
大人の理不尽さに打ちひしがれる俺に声がかけられた。
「誰が馬鹿だ!!」
勢いをつけて振り向くとメガネが片手を挙げて立っていた。
隣には笹田の姿も見える。
「もう、授業終わったのにバケツ持ってんのか?」
「バケツ好きか! なははは!!」
いつのまにか授業は終わっていたようだ、他の生徒たちも教室から出てきた。
「バケツ好きってなんだよ、つーかナナちゃん俺のこと放置して帰ったな、ヒデェよ」
がっくりと肩を落とす俺にメガネ水城が憐みの目を向けてくる。笹田は相変わらず大口を開けて馬鹿面のままだが。
「それよりも、お前ちょっと来い」
憐みの目を向けていた水城が俺の襟首をつかみ引きづり出し、笹田が慌ててその後を追う。
「襟をつかむな!! 自分で歩けるつーの!!」
水城は、俺の言葉を素知らぬ顔で無視してとある教室の前で急に手をパッと放す。
「図書室?」
俺が連れてこられたのは俺には縁もゆかりもない場所である図書室。
「確かこの辺に」
きょろきょろと物珍しい図書室を見渡す俺と笹田。
その間に水城はお目当ての物を見つけたようだ。
水城が探していたのは何年も前の卒業アルバムだった。
「ほれ、ここに写ってる人。誰かわかるか?」
と言いつつ、とある集合写真に写っている、目つきの悪い飛びぬけて身長の高い生徒を指差す。
どことなく見たことはあるような気がするが…
「いや、オレこんな前の先輩に知り合いとかいないしな」
「なははは! 誠二先輩だな! なははは! 山吹のお兄さんだな!」
ないないと手を振る俺の横で笹田が大口開けて笑う。
「笹田正解、山吹お前本格的にダメだな」
メガネをキラッと光らせて笹田を褒める水城。
「あ、にき?」
「そうだよー お前の兄貴だよー」
水城は、まるで幼稚園の子に話しかけるように俺に向かって言い放った。
「写真まで残ってるんだ、いくらなんでも信じるだろ」
写真に写っている男は今朝家にいた不審者2号のようだ。
「なんだったら聖哉先輩の写真も探すぞ」
なんかもう訳わかんなくなってきた。
頭抱えて座り込む俺。
「山吹…、お前なにがあった?」
意外にも神妙な顔をして尋ねてきたのは笹田だった。
「俺だって訳わかんねェンだよ…、朝目ェ覚めたらいきなり兄貴やら弟やらがいるし、しかもみんなそれが普通だっていうしよぉ…」
まるで、俺だけが間違ってるみたいで、スゲェ不安だし。
俯いたままの俺をみて顔を見合わせる二人。
「こりゃあ、嘘って訳でもなさそうだな」
水城がガシガシと頭をかきながら呟く。
「山吹…」
その隣で笹田がポンと俺の肩に手を置いた。
慈愛に満ち溢れた表情。
そして一言、
「お前… 病院行け」
「俺はこの先なにがあろうとかならずテメーの頭カチ割るからな」
涙目で項垂れてる友人前に言うことはそれだけなのか、オイ。
「…これってさぁパラレルワールドってやつなんじゃね?」
何かを考え込んでいた水城がふと顔を上げて言う。
「パラレルワールド?」
「いや、俺の仮説なんだけどさ」
「ナハハハ!! ぱられるってなんだー!食えるのかぁ!」
笹田…、お前は頼むから空気呼んで…、ていうかお前はシリアスキャラなの? それともただの馬鹿なの? 馬鹿なんだよなぁ… うん、知ってた。
「もしもの世界ってあるだろ。 もしも魔法が使えたらとか、もしも世界の為に戦うヒーローがいたらとか、もしも空から天使の翼をつけた美少女が降ってきたら、更に超絶美少女が転校してきて! 挙句の果てその子が幼馴染! 最終的に義妹になったり!!」
息を荒くして俺に詰め寄る水城。
そんな彼に、俺は先ほどの笹田のように慈愛に満ちた表情を向け、肩に手を置いてやる。
「水城…、お前俺とは別の病気だよ…」
横で笹田も若干引いてるもの。
「義妹のどこが悪い!」
そこだけじゃないからね。
「すまん少し取り乱したな、まぁ、俺が言いたいのは、ここはお前にとって『もしも』の世界なんじゃないのかってことだよ。 いわゆる異世界トリップ?」
へぇ、『もしも』の世界。そいつぁスゲェや。
無言で立ち上がり、図書館の窓を開け外を見る。
「笹田、見てみろー 雲一つない清々しい天気だな」
「そうだなぁー」
アハハハ、ナハハハと二人の笑い声。
もうそろそろいいかな?
息を深く吸ってぇ、ハイ深呼吸ー
そんでもって勢いをつけて、窓の外に向かって、せーの!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
山吹 征大 高校二年生。
どうやら異世界にやってきたようです。