小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

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 砂漠と言っても、荒野のような乾いた大地が続いており、その真ん中を細く川が流れている。
 その川沿いに真っ直ぐ走れば、半日ほどで砂漠を渡ることができる。
 日暮れまでに火山の麓まで行くことができれば、あとは一人でも大丈夫だろう。

「うひゃー、結構速いんだな。俺、ジュノに乗るの初めて」

 ロゼルの後ろに乗っているリオネロは楽しそうだ。

「私も初めてです。こんな生物がいることすら知らなかった」

 手綱を握りながら、思わず笑みが零れた。
 鎧の仮面をつけているので、リオネロにはわからなかったと思うが。



 火山の麓に着くと、辺りに湯気が立ち込めていた。よくよく近づいてみるとどうやら蒸気らしい。

 ロゼルとリオネロはジュノから降りた。

「これが、おじさんの言ってた温泉か……なんだか凄いな」

「……ええ」

 遠くから霞のように見えていたのは温泉の蒸気だったようだ。
 それは、火山の山肌にひとつひとつ皿が並べられたような形で、
 区切られておりそのひとつひとつに温泉が溜まっていた。
 上のほうでマグマに温められて湧き出た温泉が溢れて、下へと流れ溜まっているようだ。
 その大きさもまちまちで、ジュノが入れるほどの大きさのものもあれば、
 人間が一人入れるほどしかないものもある。いずれにしてもその光景は圧巻だった。

「ほら、ジュノ。お疲れ様。入っておいで」

 ロゼルが手綱と鞍をを外して、首を撫でてやると喜んだようにきゅいーと啼いて、温泉へと一目散に向かっていく。

「ほんとに温泉が好きなんですねぇ」

 一番大きな温泉にジュノが浸かるのを見届けてから、温泉横の何もない岩肌近くに腰掛けた。

「気持ち良さそうだなー……俺も入ってこようかな」

 温泉に浸かるジュノを見ながらリオネロが言った。

「入って来ていいですよ。荷物は私が見ておきますから」

「そうか。ありがとう。……折角だからあんたも一緒に入ったらどうだ?」

 いたって真面目な顔でそう言うので、こちらのほうがなぜだか恥ずかしくなる。

「お気持ちはありがたいのですが……勇者は姿を誰にも見せてはいけないきまりですので……」

 少し顔を逸らしながらそう言うと、

「そうか。なら仕方ないな」

 リオネロは何の躊躇いもなくぱぱっと服を脱ぎ捨て、温泉へと入っていった。

「……やれやれ」

 ふと温泉横の岩肌に目をやると、荷物を岩肌に開けられたこぢんまりとした洞窟を見つけた。
 石の扉がある辺りからして、どうやら休息所のようだった。
 中に入ると下からも見える二階があり、置いてある壷や物からして食糧貯蔵庫だったと思われる。

 ロゼルはその中に荷物を入れ、そこで一晩泊まることにした。
 火を焚く場所も、寝ることのできる場所もあり、ここなら外で夜を過ごすより断然快適に過ごせそうだ。
 ひととおり火を起し、寝床を整えてから、ジュノとリオネロが入っている温泉の方へと顔を出した。

「リオネロ、今日はここで泊まりましょう。丁度いい休息所があったので」

「了解っ。……こらっ。やったな、くらえっ」

 リオネロはジュノと温泉を掛け合いながら仲良くじゃれあっている。
 それにしてもジュノという生物は人懐こっくって、大人しい。
 人間に対する恐怖心や警戒心が全くないみたいだ。

「不思議な生物ですね……」

「ロゼル、日が暮れる前にあんたも入ったらいいよ。この温泉っていうの気持ちがいいぜ」

 リオネロが温泉から出て、外に焚いた火の前で着替えをしながらロゼルに向かって言った。

「そうですね……それじゃ私も……」

 温泉と温泉の間にある平らな場所に立って剣を置くと、そこで一旦リオネロの方を振り返った。

「休息所の中で待っていてください。くれぐれも、私の姿は見ないように。
 ……もし少しでも見ようものなら、悪魔の呪いによって魂を奪われますよ」

 ロゼルが少しトーンを落としてそう言うと、じーっとこちらのほうを見ていたリオネロが
 慌てたように「わ、わかった」と言った。
 リオネロが休息所へと入るのを見届けてから、ロゼルは騎士の鎧を脱いだ。
 仮面をとり、布で額の紋章を隠す。そして、ゆっくりと湯につかる。

 空の色はだんだん暗くなり、西へと傾いた恒星はもう地平に着きそうな位置にあった。
 ロゼルの頭上ではたくさんの星が、もう瞬き始めていた。

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