小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

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 時間の流れが変わったような気がした。
 あまりにも衝撃すぎて、全ての出来事がゆっくりになって、
まるで、まるで夢でも見ているかのようだった。

 残りのグレムに殴られたロゼルの仮面が宙に舞って、金色の綺麗な長い髪がふわっと揺れた。
 吹っ飛ばされて宙を舞ったロゼルはまるで人形のように花畑に落ちた。

(女の……子……?)

 一瞬思考が鈍ったが、リオネロはとっさに駆け出す。

「ロゼルっ! ロゼルっ!」

 ロゼルに追撃をくらわそうとしているグレムに向かって、体当たりをし、
ロゼルの名前を呼ぶが、反応がない。

「ロゼルっ。しっかりしろよっ!」

(まさか……死んだのか?)

 そんな考えが頭をよぎったが、頭を振って考えを追い払った。
 ロゼルは勇者だ。そう簡単に死ぬはずがない。

 狙いを定めて、こちらに向かってくる残り三体のグレムにリオネロは、
思わずロゼルを抱きかかえて走った。今はとにかく逃げるしかない。

「わっ」

 だが、あまり距離を走らないうちに足がもつれて前につんのめり、そのまま花畑に突っ込む形で転んだ。
 抱えていたロゼルは少し先へと飛ばされ、花畑に落ちる。
 かしゃん、と先ほどとは違う軽い鎧の音がした。

「やべっ」

 リオネロは急いで起き上がりロゼルに駆け寄る。
 ロゼルを抱きかかえたときには、もうグレムに囲まれていた。

「くそっ……どうしたら、どうすればいいんだ!」

 リオネロはすがるようにロゼルを抱きしめた。
 すると眠ったように動かないロゼルの額に紋章があるのを見つけた。
 リオネロはそっと触れようとして、手をひっこめた。

「なんだ、これ? これは……まるで……」


 
『くれぐれも、私の姿は見ないように。……もし少しでも見ようものなら、
 悪魔の呪いによって魂を奪われますよ』



 その紋章はまるで……悪魔の目。



 ロゼルが言った言葉の意味を理解した時にはもう、既に遅かった。

 空を見ると、怪鳥が集まり始めていた。
 その怪鳥にはどれも人型のモンスターが乗っていて、地平の果てには
多くのモンスターがこちらに向かってきていた。

「まさか……」

(勇者を殺すために?)

 恐怖で、体が震える。勇者を差し出せば助かる道もあるかもしれない。
 だが、勇者が女の子だと知った今、リオネロには彼女を差し出すことなど出来そうになかった。

「畜生っ。……どうすれば。俺に力が無いばっかりに。俺が無理言って付いてきたばっかりに……」

 足手まといになった。自分の身を守るどころか、
 リオネロのせいでロゼルの命が危機にさらされている。

 リオネロは星が瞬き始めた天を仰ぎ、祈る。


 どうか……誰かに祈りが届くのなら、勇者様だけでも、ロゼルだけでも助けてやってください。
 彼女は光なんだ。セリトナ王国に必要な人間なんだ……っ。
 どうか……。


 モンスターが何重にもなって、リオネロとロゼルを囲み始め、
リオネロはただただ、祈りをささげるしかなかった。



「花畑よ、時を止めよ、フランタイムロック!」

 呪文が聞こえたと思ったその瞬間、周りを囲んでいたモンスターたちの動きが止まった。
何が起こったのだろうと、辺りを見回すと、全ての色が失われ、花も石のように固まっている。

 時間が止まったのだと知るのに少し時間がかかった。

「さぁ、早く。その子の額の紋章を隠すのじゃ」

 声がした方に目をやると、紫がかったローブを深々と被った年寄りが、立っていた。

「あんたは……一体……?」

「自己紹介は後じゃ。早く、紋章を隠さんかい」

 老人はリオネロの前にひらりと布を落とした。

リオネロは言われるままにロゼルの額に布を巻いて縛った。

「さ、ここを離れるのじゃ、わしに付いてきなさい」

 リオネロは荷物のリュックを前に、ロゼルを背におぶって老人の後に続いた。
 

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