小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

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第四章 魔法使い 



 目を覚ますと、石造りの高い天井が目に入った。

「…………?」

 体を起そうとして頭に痛みが走り、手で押さえる。

「目が覚めたようじゃな」

 深い紫のローブを纏った老人が、水の入った瓶と、林檎を持ってこちらにやってくるのが見えた。

「あの……」

「まぁまぁ、まだ横になっていなされ。ここは安全じゃからの」

 老人は、ロゼルの寝ている石造りのベッドの脇にある石作りのテーブルに水と林檎を置いた。
 それから椅子に腰掛けナイフを取り出し、林檎を剥きはじめた。

「わしはシェズ・シェノール。しがない魔法使いじゃよ」

 優しい声だった。よく見ると、短い白髪と同じ短い髭を生やした柔和な顔をしている。

「……私はロゼル・ロベルタ。あなたが助けてくださったのですか?」

「いいや、わしはちょいと手伝っただけじゃ。なーんもしとらんよ。頑張ったのは、あの少年」

「そうだ、リオネロ! リオネロは?」

「そう大声を出すでない。あそこの壁にもたれて眠っておる。
 そなたを担いで走り、そなたをおぶってここまで来たのじゃからの。
 よほど疲れたのじゃろうな。もう少し寝かせてやってくれ」

 壁に持たれて眠っているリオネロの顔を見て、ロゼルはほっと胸を撫で下ろした。

「よかった……」

 そしてふと、自分が鎧の仮面をつけていないことに気づいた。
 とっさに額の紋章に両手を当てて隠す。と、布の感触がした。

「あれ……?」

「リオネロが、巻いてくれたんじゃよ。そうすれば仮面をつけなくても大丈夫じゃろ?」

 そうシェズは皺を刻みながら優しく微笑んだ。

 が、リオネロがこの紋章を隠すような行動に出るとは考えにくい。
 さしずめこの老人がリオネロに何か言ったのだろうと思われた。

「……おじいさんは、この紋章をご存知で?」

 ロゼルが恐る恐る訊くと、老人は少し視線を落とした。

「あぁ、知っておる」

「……そうですか」

 その表情にロゼルも自然と視線を落としていた。

「そなた、勇者じゃろ。その紋章を持つ者は勇者しかおらん」

 なぜなら、勇者の他に誰も悪魔と契約などしようと思わないから。

「この紋章は、悪魔からもらったものです……」

 ロゼルは静かに話し始めた。

「悪魔の力を得た時に刻まれたもの……。
 この紋章はモンスターを引き寄せ、また城の魔法使いに位置を知らすものでもあります。
 そして……何より、この紋章が人目に晒されることで、私の魂は削られ寿命が縮んでいきます。
 そういうものです」

 くくくくと嗤う悪魔の顔が頭に浮かんだ。
 ロゼルは両手の拳を強く握り締める。

「こんな忌々しいもの……っ」

「まぁまぁ、お嬢さん、そう悲観しなさるな。
 そなたはまだ生きておる。ひとつ良いことを教えてやろう」

「いいこと?」

 ロゼルはぱっと顔を上げた。シェズが林檎を剥き終えて、皿に並べるのをじっと見つめる。

「そう、良いことじゃ。城に魔法使いがおるのは知っておるな? 
 今や、王と王女の代わりに国を動かしとるがの。
 その魔法使いはこの国で唯一悪魔の呪いを解くことができる力を持っておる」

「……そんな馬鹿なっ」

「嘘か本当か本人に訊いてみるといい。そなた、王の城へと向かっておるのじゃろ? 
 全てが終わったら、他の勇者共に呪いを解いてもらいなされ」

「そんな……。そんなことが、本当にできるというの……?」


 悪魔の呪いを、この忌々しい力と紋章を解く力を持っている……。
 私たちの敵である魔法使いが。


「あぁ、本当じゃとも」

 シェズはにっこりと微笑んだ。
 それとは反対にロゼルの表情は強張る。

「さぁ、もう少し眠っていなされ。
 二人とも火山のガスに少し侵されているようじゃからの。
 ゆっくり眠った方がよい」

 すっと、額に手を翳されると、急に睡魔が襲い、
そのまま何かを考える暇もなく深い眠りへとロゼルは誘われた。

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