小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

  
§   §   §



 暁の光が世界を染め始めていた。
 薄暗い空が徐々に綺麗な色に染まるのをロゼルは不思議な気持ちで眺める。

 見下ろす世界はどこかまるで遠い世界のようで、美しい花々が咲いていた。
 湖から引かれた水路がロゼルたちがいる建造物まで伸びている。

 どうやらここは古い遺跡のようだ。
 ピラミッド型に近い神殿と言ったところだろうか。
 その上部あたりに丸い脊柱で支えられた広い場所があり、
その下の緩やかな傾斜の側面に長方形の穴が開いている。
 そこから中へと降りていくとシェズ・シェノールが住んでいる部屋に行き着く。


「それにしても、こんな花畑のど真ん中にこんなものが……。
 よく、モンスターに壊されずに存在していますね……」

 こんな見つかりやすい場所、モンスターか或いは獣が寝床もしくは破壊していてもおかしくないはず。

「おはよう、ロゼル。体はもういいのか?」

 リオネロがあくびをしながら、こちらに歩いてくる。

「ええ。……助けてくださってありがとうございました」

 ロゼルが頭を下げると金の髪が揺れた。

「いや、俺は何も。礼ならシェズに言ってくれよ」

「ふふふっ。シェズは助けてくれたのはリオネロだと言っていました。
 私をおぶって来てくれたんでしょう?」

 ロゼルが微笑むと、リオネロは照れたようにはにかんでから、目を逸らして話題を変えた。

「あのじいさんの魔法でこの場所は見えないようになってるんだってさ」

「魔法で?」

「詳しいことはよくわかんないんだけど、
 四方とリング状に繋がっている花畑には四つの遺跡が点在していて、
 そこにひとりずつ魔法使いが住んでるんだと。
 で、その魔法使いたちは何してるかって言うと、魔力を首都一点に集中させ、
 首都をまもるバリアを形成しているらしい」

「バリア? ……なるほど」

「その拠点であるこのなんだかよくわからない遺跡は、城がある首都にとって大事な場所ってこと」

「なるほど……。それでこの場所も襲われずに残っているのですね」

 ここからではあまりよく見えないが、ロゼルは花畑の向こうに見える湖の遥か先に
あるであろう首都に目を細めた。セリトナで一番安全な場所……。

 左の頬に視線を感じて、ふと視線を向けるとリオネロがじっとこちらを見ている。
 紋章も布で隠してあるし、別に見られて困ることは今のところ無いのだが、なんだか訊いてみたくなった。

「何か?」

「……やっぱあんた、女だったんだな」

 そう、リオネロは嬉しそうに唇の端をにっとあげて笑う。

「まさか勇者様がこんなに可愛らしい女の子だったとは」

「何か都合の悪いことでも?」

「いや……珍しいからさ」

「勇者が女、というのがですか?」

「全て。かな。ロゼルのその金の髪も、ブルーグリーンの瞳も、女の勇者っていうのも」

 リオネロは遺跡の柱にもたれかかりながら、ロゼルのほうを見ている。

「……隠していて申し訳ありません」

 ロゼルは少し視線を落とした。銀の鎧で出来たつま先を見つめる。

「それに……見たの……でしょう? 私の額にあるものを」

 リオネロの顔から笑みが消えた。
 もしかしたら、あの話を真に受けたのかもしれない。

「別に、見たくて見たわけじゃないぜ? グレムの攻撃で仮面が外れたんだよ。
 それで……。……なぁ、それでも俺、魂とられちゃうわけ?」

 少し焦りながら、リオネロは心配そうにロゼルのほうを見る。
 それがなんだか可笑しくて可愛らしくて、思わず笑みが零れた。

「あははははっ」

「ちょ、何が可笑しいんだよ。こっちは真剣に訊いているってのに」

 リオネロは怒ったように唇を尖らせる。

「ごめんなさい。……魂とられるっていうあの話嘘なんです。
 私の額の紋章を見たからと言ってリオネロの魂がとられることはないんですよ」

「嘘って、ロゼル」

「だって、あの時はそう言わないと、私のことずっと見ているつもりだったでしょう? 
 言いますけど、私は女なんですよ」

 何を思い出したのか片手で口元を押さえ、リオネロの顔が赤くなる。

「……俺、なんてこと……。ごめん」

「いいですよ。気にしてないですから」

「……その額の紋章……。悪魔からもらったのか?」

「ええ。この力と引き換えに。素晴しいでしょう?」

 ロゼルは唇に笑みを浮かべながら剣を抜いて、炎を纏わせた。
 目は哀しい目のままで。

 リオネロは何か複雑な表情を浮かべただけで、何も言わなかった。
 
「おお、二人ともここにおったか。具合はどうかの? どうじゃ、下で朝飯でも」

 老人がにこやかな笑みを浮かべながら、こちらへ歩いてくる。

「ええ。ありがとうございます」

「俺、腹減ったー」

 リオネロが先ほどまでとは打って変わって明るい声でそう言い、下の部屋へと先に駆けていった。

-16-
Copyright ©愛音 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える