「もうすっかり良いようじゃの。わしの魔法と薬が効いてよかったわい」
朝食を終えて、シェズがロゼルの怪我の具合を見ながらそう言って、頭の包帯を外した。
だが額の布はそのままだ。
「ありがとうございます」
「なあ、シェズ、俺たち湖の向こうの首都に行きたいんだけど、ここからどれくらいかかる?」
石造りの部屋の壁に背をもたせながら、リオネロが訊いた。
「そうじゃな……歩いて丸一日といったところか。船なら半日でいけるんじゃがな」
ここの花畑から首都までの湖には石で出来た道が伸びている。
湖の水かさによっては、道の上にまで水がくる。
水かさが増した湖の道を歩くのは時間がかかるだろう。
「じゃあ、船にしよう」
「だいぶ時間をロスしてしまいましたからね。できるだけ早く首都へ行きたいところです」
「決まり、だな。シェズ、船はどこからでてるんだ?」
「それがじゃのう……」
シェズは肘掛け椅子に腰掛けてのんびりとした口調で言う。
「四方との交易が途絶えて、湖を渡るものが少なくなっての。
その……船はあるにはあるんじゃが、船頭がいないんじゃよ。みんな首都へ帰ってしまった」
「ええっ。それじゃ、歩いて湖を渡れってこと?」
「弱りましたね……他になにか方法はないんでしょうか」
「少し砂漠まで戻ってジュノを連れてこられれば、船を背に浮かべて首都までいけるんじゃがのう」
「そんなっ」
「それはいくらなんでも無理だ。火山を越えるのに命がけだったんだぞ」
二人はしゅん、と肩を落とした。
「……歩いていくしかないのであれば、仕方ないですね。
明日の朝、ここを出ます。そうすれば夜には着くでしょう」
「そんなあ……」
がっかりといった表情でリオネロが吐き出した。
ここまでの旅の疲労が溜まっている体には、私だってできるだけ楽をして湖を渡りたい。
でも、それが叶わぬのだから仕方ない。
「まぁ、まぁ、そう悲観しなさんな。一晩寝て起きれば、状況も変わってこよう。
今日一日はゆっくりと休んで来るべき時に備えなされ」
明日になったからと言って状況が変わるとは思えなかったが、とりあえず、
ロゼルとリオネロはシェズの言葉に甘えて、今日一日休むことにした。
翌朝、まだ日が昇る前にロゼルたちは遺跡を下りた。
昨日となんら変わらない、静かな花畑が広がっている。
「時は満ちたり。お前さんがたは運がいいようじゃのう。
良いか、疑うのも大事じゃが、信ずることこそ、光に近づく近道であり、真実に導いてくれるのじゃ。
人の親切もまた然り。このまま、北の方角へ真っ直ぐ進みなされ。良いか。
まっすぐじゃぞ。そこに道がある」
シェズはにっこりと笑みを浮かべながら意味深にそう言った。
「色々、お世話になりました」
「じいさん、ありがとう。まっすぐに進めばいいんだな、わかった」
「ああ、真っ直ぐじゃ。それと……勇者ロゼル、
お前さんには最後にひとつプレゼントがある。少しこちらに」
言われて、老人に近づくと、シェズはいつから持っていたのか、鎧の仮面をロゼルに差し出した。
「あ、ロゼルの仮面!」
「お前さんには必要なものじゃろ?」
「ありがとうございます……」
ロゼルは両手で受け取って、笑みを浮かべた。
「魔法をかけておいた。その魔法がどういったものかは、被ればすぐにわかるじゃろう。
くれぐれも、ロゼル、自分を失くさぬようにな」
「ええ。ありがとうございます」
ロゼルは仮面をきゅっと胸に抱きしめてから、被った。
すると、頭の中に色んな記憶が流れ込んできた。
子供の頃の記憶。南の島に連れてこられた赤ん坊の頃の記憶。
その一部にシェズの顔があった。
多くの記憶がきらきらとしながら、ロゼルの中に染みこんでいくような不思議な感覚が走る。
「……おじいさん……? 私は……?」
ロゼルが不思議そうに言うと、シェズは嬉しそうに笑った。
「さあ、そろそろ行きなされ」
その言葉に、ロゼルはなんだかほっとして、浮かんでは消え、
浮かんでは消えていったいくつかの質問を飲み込んだ。
「……ありがとう。行ってきます」
それだけ言って、大きく手を振ってロゼルとリオネロは遺跡を後にした。