小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

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「すごーい……。ねねね、どうやったらできるようになるの?」

「……悪魔とね、契約したんですよ」

 少しの間があってセダの問いに勇者は淡々と答えた。

「悪魔?」 

「ええ、悪魔です」

「悪魔ってあのこわーい悪魔?」

「ええ」

 勇者は林檎を剥く手を見つめたまま、うなずく。
 悪魔は各方位の最果てにある小さな島に住み着いているという話だ。
 勇者はずっと南のほうから旅して来たのだから、悪魔と契約したというのは本当の話のようだった。

「勇者は皆、悪魔と契約をしなくちゃならないんです。あ、お皿とってもらえますか」

「皆ってことは他の勇者様たちも?」

 セダは食器棚から白い皿を取り出しながら訊いた。

「ええ。もちろん。悪魔と契約して、まじないを使えるようにならなければ、悪を倒すことができません。
 私たちはその代償として皆、魂を売ったのですよ」

 おとぎ話でも話して聞かせるような口調でそう言い、
勇者は綺麗に剥かれて、食べやすいように切られた林檎を皿に並べる。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 セダは林檎を口いっぱいに頬張りながら、少し哀しげな表情をした。
 魂を売ったという言葉が胸につかえて、なんだか苦しかった。
 林檎ではない、断じて。

「痛くなかったの?」

「ん? ええまぁ。体はどこも痛くありませんでしたよ。ただ……」

 そこまで言って、勇者は少し視線を落として寂しそうに、何かを思い出すかのようだった。

「心が痛かった、ですかねぇ……」

 その言葉にセダもつられて泣きそうな顔になる。
それに気づいた勇者がこちらの方を向いて、
「でも、もう随分と前のことですから」と明るい声で言った。
 その声に少しほっとして、林檎を口へと放り込んだ。

「だいぶ、日が暮れてきましたねぇ」

 林檎をほおばりながら、のんびりと勇者が言う。
 林檎を食べている時くらい仮面を外しても良さそうなものだが、器用に口に運んでいる。

 窓の外は薄暗くなっていた。
 母が最後のパンを釜に入れ終えて、こちらに顔を出してきた。
 母はもうだいぶ薄暗くなっていることに気づいて声をあげた。

「あら、大変。そろそろ暖炉に火を点さなくっちゃ。セダ、裏から薪を持って来ておくれ」

 そう言うと、母はマッチと送風機をとりにまた奥へと消えた。
 セダが薪を持ってきて暖炉にくべる頃には外はもうすっかり暗くなっていた。

 母が何度かマッチを擦って火を点ける。
 いや、点けようとするのだが、これが中々点かない。
 母はパン屋のおかみのくせに火を点けるということが苦手なのだ。
 いつもしてくれている父親は最後のパンの焼き上がりを見るのに忙しい。
 急いで暖炉に火をつけなければ、モンスターが来てしまう。

 フロームディアの街に、モンスター避けの白鈴草は生えていない。
 というか、昼と夜の温度差の激しい、南の島には育たない植物なのだ。
 そのため、夜になると街の端の門が閉められ、
 大きな松明がくべられるとともに全ての家の暖炉に火が点される。
 モンスターは猛獣同様、火が苦手だとされていた。

「ああっもうっ」

 焦って余計に火の点かないマッチに母がいらだちの声を漏らす。
 それを黙って傍観していた勇者が見かねてぽつりと呟いた。

「あの、私やりましょうか」

 母とセダが同時に振り向き、母がお願いしますと頭を下げてマッチを渡そうとすると、
勇者はテーブルの上にあった果物ナイフ(もともと勇者の剣だったものだ)を手にとって立ち上がった。
 それに驚いて二人とも尻餅をついた。

「え? あ、ごめんなさい。……ちょっと下がっていてもらえますか」

 どうやら命をとる気はないらしい。
 どくどくと跳ね上がった心臓の音を鎮めながら、母と一緒に部屋の隅へと下がった。
 勇者は暖炉の前から二メートルほどさがったところで、またなにやら呪文を唱え始めた。
もとの剣に戻ったのを薪に近づけ、まじないをかけると、火が点き、
その火はみるみるうちに業火に変わった。

「おっと……力加減が難しいんですよね」

 業火と化した炎を、まじないをかけながらゆっくりと鎮め、落ち着いたところで、
勇者は剣を腰の鞘へとしまった。

 その様子をセダは母と二人目をまんまるくして見ていた。


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