小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

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 翌日、勇者は昨日のパン屋に居た。旅に出るための必要な物は一応買い揃えたのだが、
ここのパンが美味しかったので、いくつか買っていくことにしたのだ。


「勇者様、もう行っちゃうの?」

 パンが焼けるのを待っていると、セダがテーブルに頬杖を付いて訊く。

「ええ。王の城で他の勇者と待ち合わせていますので」

「そっかー」

 パン屋のまだ幼い息子セダが寂しそうに肩を落とす。

「はい、勇者様。昨日はどうもありがとうね」

 勇者はセダの母親が持ってきた、焼きたてのパンの入った紙袋を受け取った。

「いえ、驚かせてしまったようで……すみません」

 つい、いつもの癖で、林檎を剥いたり、暖炉に火を点すのに剣を使ってしまったのを思い出し
勇者は苦笑した。

「ああ、そうだ。この先の砂漠の向こうへ行きたいのですが、
 道をご存知の方はどなたかこの街にいらっしゃいませんか?」

「そうねぇ……」

「それなら、リオネロ兄ちゃんがいるよ! あのね、僕の従兄弟なの」

 母親の横でセダが目を輝かせた。それに母親も同意する。

「そうね。リオネロなら、以前四方との交易に出ていたこともあったから、道案内には適役だわ」

「リオネロ……?」

「おはよーおばさん」

「噂をすればだわ!」

 セダの母親がぱあっと明るい声を出した。
 眠そうな目をして階段から降りてきたのは、十八くらいの男の子だ。
 寝癖の付いた茶色のぼさぼさの髪を掻いている。

「君が……リオネロ?」

「そうだけど? あれ、勇者様まだ居たんだ? どうしたんだよ。皆揃って、俺の顔見て」

 状況が飲み込めずにきょとんとしているリオネロの隣で、勇者は少し肩を落として、母親のほうに向き直った。

「彼に案内は頼めません。子供をこの先の危険な旅に巻き込むわけにはいきませんから……そうだ。
 簡単に地図を書いてもらえませんか」 

「そう……勇者様がそう言うんじゃ仕方ないわね」

「ちょっと待った」

 セダが紙とペンを取りに行こうと動いた時、リオネロが言った。

「それは聞き捨てならねぇなあ。誰が子供だって? 俺はもう十八だ。もう大人だ。
 話はよくわからねぇが、あんたをここから首都に行く道へ案内すればいいんだろ? 
 それくらいお安いご用さ」

「それでも……危険です」

 勇者は少し俯いて左右に首を振った。

「大丈夫だって。連れて行きなよ。あんた一人じゃこの先の砂漠は越えられないぜ? 
 俺なら、四方との取引で何度か通ったことがある。初めて通る旅人は勇者様であってもかなりの道程だ。
 下手したら、首都に行き着く前に死んじまうかもな。そうなったら本末転倒だろ」

 にっと笑ってリオネロは言う。「足手まといにはならないからさ」

「……案内は君に頼む。が、自分の身は自分で守ってください」

 勇者はぼそっと言った。
 首都に王の城に行き着く前に死んでしまうことだけはなんとしてでも避けなければならない。

「ひゃっほう! 俺、リオネロ・リーヴィ。あんたは?」

 差し出された右手を握って握手をしながら、
勇者は彼にしか聞き取れないほどの声で、「ロゼル・ロベルタ」と名乗った。

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