小説『Brave of Seritona -南の勇者の物語-』
作者:愛音()

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 断崖絶壁の細道を抜けて下っていくと、大きな滝に出た。
 滝つぼから緩やかな川が流れている。川の向こう側には森が広がっていた。
 下流の方へ目をやると、どこまで続いているのか分からないほどの砂漠が広がっている。
 その砂漠の向こうに火山が聳え立っているはずなのだが、
霞がかかって地平は空とくっついているように見えた。

「どこか渡れそうなところ……。ロゼル、ここから川を渡ろう」

 少し浅瀬のところで、リオネロが手を振る。

「川を渡るんですか? このまま川沿いにいけば砂漠にでられるのに?」

「砂漠には出られるさ。だけど、この砂漠どうやって渡るんだい? 
 まさか歩いていくなんて言うなよ。この砂漠は大型の獣類がたくさんいるんだから。
 それにもう日も暮れる。この森を抜けた先の村で宿をとったほうがいい」

 色が変わり始めた空を仰いでリオネロが言った。

「そうですか。わかりました」

 ロゼルは経験豊かであろうリオネロの言葉を信じることにした。
 いくら勇者でも一度にたくさんの(それも大型の)獣類を倒すことはできない。
 それに王の城に着くまで体力と魔力は温存しておいたほうがいい。

 は彼に従い、川を渡った。森を抜け、少し坂を上ると、開けたところに集落が目に入った。

「着いた。ここがサルムの村」

 小さなサルムの村はフロームディアの街とは打って変わって、静まり返っていた。
 まだ日が地平より上にあるにも関わらず、村を囲むように火が炊かれている。

「わ、ちょっと待って」

 村への門が閉じられようとしているのが目に留まり、リオネロが門へと走り出した。ロゼルも後に続く。

「おーい、旅の人か? 急げー。門を閉めるぞ」

 松明を持った見張りの数人が、こちらに向かって叫ぶ横を、滑り込むようにして二人は村へ入った。

「ふぅ……間に合った」

「はぁ……随分と早い時間から門を閉めるんですね」

 閉められた門の前で息を整えながらロゼルは訊いた。

「あぁ、近頃は日暮れと同時にモンスターが暴れ出すようになってな……早めに門を閉めるようにしとる」

 ロゼルと、リオネロの後ろで大きな門が閉められ、鍵がかけられた。
 その両横では大きな松明が赤々と燃えていた。



 夜になり、気温が下がると、辺り一帯は不気味な静けさに包まれた。
 村の端の小さな宿舎の一室でロゼルは、窓の外を眺めていた。

「はい」

 差し出されたカップには温かいミルクが注がれていた。

「ありがとうございます」

 リオネロが向かいの椅子に座るのを見ながら、礼を言う。

「どういたしまして」

 そう言って、リオネロもミルクを飲んだ。

「……色々と、いたらず申し訳ありません」

「ん? 何が?」

 ぽつりと零れた言葉に、リオネロがきょとんとした表情で訊き返した。

「リオネロがいなければ、私ひとりでは、到底首都まで辿りつくどころか、砂漠すら越せないことでしょう」

「だから言ったろ? もう子ども扱いすんなよな」

 少し嬉しそうな顔をして、リオネロが言う。

「ええ、そうですね」

「あのさ、ひとつ訊いてもいいかい?」

「なんでしょう? 私に答えられることならば」

「ロゼル、あんたなんで勇者なんかになったんだ?」

 リオネロの問いにひとつ瞬きをして、口を噤んだ。少しの沈黙の後、ロゼルは俯きぎみに話し始めた。

「なりたくてなったのではなく、生まれたときから決まっていたのです」

暖炉の火が暖かく揺れている。

「私たちは、勇者として生まれ、勇者として生きることを余儀なくされた。
 一説によると、王がこの国を守るために、もしものときの抑止力として
 生まれたばかりの赤子四人に勇者の印を与えたのだと言われています」

「それじゃあ、国を救うというのは?」

「もちろん、私たちは国を救うために、首都へと向かっています。
 悪を滅ぼし、王女を助け、民を助け、国に平和と安らぎを取り戻すために」

「勇者様って結構大変なんだな」

「ええ。大変です。本当ならば、勇者になどなりたくなかった……。どうして私なのでしょう?
 どうして私が悪魔と契約をしてまで国を救わなければならないのでしょう」

 勇者でなければ、普通の生活が送れた。
 大好きな人と、大好きな街で幸せに暮らす……そんな未来だってあったかもわからない。

「ふぅん……俺、勇者様って、もっとすごい人だと思うけどな」

 暖炉の火を眺めながら、リオネロが言う。

「皆、自分の街や村、ううん、国を守りたいって思ってる。
 苦しい生活からなんとか愛する人を守りたいって思ってる。
 それでも何もできないんだぜ。モンスターに人間は到底叶わないし、
 首都へ辿りついたとしても、城へなんて入れてもらえない。
 この国を救えるのは勇者だけなんだ。それなのに、勇者は選ばれし者しかなれないときた」

 ロゼルは黙って耳を傾けていた。

「勇者様、あんたならそれができる。この国を救うことができる。皆が望む世界を取り戻せるんだ」

 リオネロの言葉には希望が満ちていた。
 羨望や期待ではなく希望だ。
 それが痛くて、胸がきゅっと締め付けられそうになる。

「……たとえそうだとしても、この国を救ったら、私たちは用済み。
 必要とされなくなるのです。考えてもみてください。
 悪魔と契約したこの力……山ごと切り裂く刃で林檎を剥き、
 海ごと焼き尽くす業火で暖炉に火を灯す。待っているのはなんて歪んだ暮らしでしょう……」

 力とはそういうものだろうか。……正直わからない。

 腰に付けた剣を外し、そっとテーブルの上に置く。

「今、崇め称えられ、希望として賞賛されていたとしても、全てが終われば邪魔になる。
 英雄なんてそんなものでしょう? 勇者なんて凄くもなんともない。ただ、それだけの存在なんです」

「……哀しいものだな」

 哀しい運命。ロゼルを縛る呪いのような使命。


 それでも、たった一つでもまだ私に希望があるというのなら──。

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