第10話:始まる運命
―――某日
機動六課前線メンバー―――細かく言うと、スターズ分隊、ライトニング分隊の二分隊に加えて、はやて、シャマル、ザフィーラという大所帯―――計十一人は、ヴァイスの操縦するJF−704に乗り、とある場所を目指していた。
ホテル・アグスタ。それが今回目指す場所である。ミッド郊外にある森林の一部を切り開いて建てた大型の高級ホテル。コマーシャルなどにもよく出てくる、セレブ御用達の一流ホテルである。そして、今回の任務は、そのホテルで行われる、『第25回骨董品オークション』の警備任務である。
もうすぐ現場に到着、と言う状況の中、はやてがパンと手を叩いて少し静かにさせると、モニターをいくつか出しながら説明を開始する。
「昨日やった会議でな、犯人の目星が何となくついたんや。彼が、第一候補やな」
そう言いながらはやてがモニターを出す。そのモニターには、白衣を着た長身痩躯の男性の画像が写し出されていた。ジェイル=スカリエッティ。彼が、ガジェットを使ってレリックを確保しようとしている者の第一候補、と言うのが、フェイトが纏めた事である。しかし、まだちゃんとした確証がないため、彼が犯人とは言い切れないが、八割方犯人だろうという確証はあるようだ。
そして、今回の任務が『ホテルにて行われる骨董品の大型オークションの警備任務』に繋がってくるわけだ。
「もしもスカリエッティが犯人だったら、このオークションも狙っている確率が高いし、取引可能なロストロギアも出回っている。それをレリックと誤認したガジェットを叩くのが、私たちの任務だよ」
「いつもの訓練通り、しっかりやろうね」
「「「「はい!」」」」
「きゅく〜」
四人と一人が元気よく返事をする。その直後、キャロが周りをきょろきょろと見回してから、小さく手を挙げた。
「あの、フェイトさん。トーリさん達は………?」
「あ、トーリ達なら先に行ってもらってるよ」
ちょっと面白い格好でね、とウインクしながら付け加えるシャマル。彼女がこういう表情をするときは、たいてい良くないことが起こる前兆なのだ(主にトーリ関係で)。
大丈夫かな、と呟くスバル。その隣りでも、ティアナがどこか心配そうな表情で、もう目の前に迫ってきた警備の現場をしっかりと目で捉えていた。
―――ホテル・アグスタ。オークション会場受付前
「う〜ん、やっぱり着慣れない」
そんな風に愚痴るのはトーリ。いつも来ている管理局の制服ではなく、黒のスーツに白のワイシャツ、紺のネクタイという出で立ちの彼は、なかなか着ないかたい服装に少し戸惑い気味に成ながら、ホテルの廊下を歩いていた。
「まぁ、仕方ないか。こういう服は普通着ないからな。私も、友人の結婚式で着たくらいだしな」
そうトーリの隣で言うのは、同じく黒いスーツ、水色のワイシャツに臙脂色のネクタイを合わせたダンプ。なかなか着ないから慣れていない、と言う彼だが、そのスーツ姿は『似合っている』の一言に尽きるだろう。それに、さっきからすれ違う女性参加者の視線がダンプに集まっているから、余計である。
「まぁ、私は昔から着ていましたから、慣れていますけどね」
「あ〜あ〜、それ聞くの今日四回目な」
「むっ、ちょっとは反応して欲しいですわ」
「いや、反応は難しいって」
そうトーリにからかわれて頬をふくらませるのは、先日六課に異動してきたエリーゼ=ロベルタ。彼女はレモンイエローのドレスに身を包み、流石は名家の出身とでも言うべき気品を溢れさせている。その気品の中に、頬をふくらませているときの可愛さが相俟って、余計似合っているように見えるのだ。
ちなみに、何故彼らが他のフォワードメンバーよりも早くからここにいるのかというと、非常時の脱出経路や警備状況を先に把握しておくためである。
「脱出経路は確保されているし、警備の方も問題なさそうですね」
「あぁ。油断は出来ないが、警備員も手慣れの魔導師達が殆ど、その三分の一が対AMF用の魔法を使えるようだった。内部に侵入されても、ある程度なら問題はないだろう」
トーリの少し安心したような声に対して、ダンプはまだまだ安心は出来ないだろう、と言うような声を出しつつも、少しは任せられるような返答をする。その中エリーゼは、「ガジェットが来たら私たちが全滅させれば良いだけです」という答えを出し、緊張したその場を和ませる。
そんな少し和んだ雰囲気の中、突然トーリの右ポケットが震えた。そこにトーリが手を伸ばし、入っていた普通の通信端末を取り出すと、通話ボタンをクリックする。
通信の主はシャマルだった。その内容は、自分たちは現地に到着、はやて達はオークション会場に入ったことと、フォワードメンバーの警備配置が完了したため、後は自由にしてて良い、と言うことを知らせるものだった。
『お疲れ様。少し自由にしてて良いわよ』
「了解です。ガジェットが来たら自分たちも出るんで、連絡をお願いしますね」
『了解で〜す』
通信が切れ、一息入れるトーリ。その内容をダンプ達二人に伝えると、緊張の糸が切れたのか、大きくノビをするダンプ。エリーゼも同じように大きくノビをしていた。
何もなければいい。そうトーリは願っていた。このあと、自分の宿命に出会うことも知らずに。
―――ホテル・アグスタ周辺・森林
木が生い茂る小高い崖の上から見えるのはホテル・アグスタ。その場所を視界に入れている、フードを深く被った一人の少女は、ただ呆然とその場所を見ているだけのように見える。その少女の後ろにいる大柄の男性は、その少女が準備している『モノ』を見ながら、少々心配そうな表情を浮かべて彼女に問うた。
「ルーテシア、良いのか、お前は?」
「うん。ゼストやアギトは、ドクターのこと嫌うけど、私はそんなに嫌いじゃないから」
そう言いながら、彼女は魔法陣を展開する。既にガジェットが動き出し、それを六課が壊してまわっているのか、それを一つ、また一つと破壊されていく度に上がる煙を見つめながら、彼女はゆっくりと言葉をつむぐ。
「我は、乞う」
―――小さきモノ、羽ばたくモノ、言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚、インゼクトツーク。
魔法陣から召喚されるのは、極小の羽虫。それらは魔法陣から伸びた卵のような物体が破裂すると共に、大量に召喚される。彼女の周りを無数に舞う羽虫たちは、まるで彼女を守るかのように待ってから、煙の方へ飛んでいく。
「ミッション、オブジェクトコントロール」
いってらっしゃい、気をつけてね。そう言う彼女の声と共に、最後まで残っていた羽虫が飛んでいく。それを見送りながら、彼女はその場に立ったまま動かない。そんな彼女を見ながら、ゼストは自分の後ろにいる青年に話しかける。
「それで、お前は何でここにいる?」
「ん?良いじゃねえか。ただの個人的訪問だよ」
そこにいたのは白く長い髪を揺らした青年。黒いマントで体を隠し、腕を組んだまま木に寄りかかる彼の翡翠色の瞳は、ただ青く広がる空を写している。右腰に差されている銀色の拳銃を抜き、内蔵カートリッジを確認すると、再び腰に差して崖のギリギリまで行く。
「ま、俺は会いたい奴がいるからここに来ただけだけどな」
その瞬間、ホテルの近くで連続した爆発音とそれに伴った煙が立ち上る。どうやら、少し前にルーテシアが遠隔召喚したガジェットの迎撃に成功し、それらを破壊したようだった。
なかなかやるじゃん、と青年は呟いてから、彼はモニターを展開する。そこに映る彼らは「待ちくたびれたぞ」とでも言うかのような表情で青年を見る。
『遅かったですね、ヒスイ』
「わりぃ。こっちの手が通りやすいようにしてたら、ちょっと時間かかった」
丁寧な口調の青年に、少し申し訳なさそうに言うと、表情を一瞬で切り替える。それは、今までふざけていた奴が真剣な表情になったときのようなギャップを感じさせた。
「クロウは鉄槌の騎士を、イリスには烈火の将を任せたい」
『守護獣は良いのか?』
「守護獣は………来た方が叩け。あの程度の狼ごとき、増えてもたいしたこと無いだろ?」
そんな無茶苦茶な、と言おうとしたモニター越しの黒髪の男性は、言おうとして止めた。実際、確かに『自分たちなら』たいしたこと無いからである。全く、よく俺たちのことを見てるな、と妙に納得してしまう彼だった。
『ねーねー。私たちは?』
「他のメンバー。デュアリス、ローズ、カノン、レイアは俺と一緒に来い」
モニターに映ったプラチナブロンドのロングヘアーの少女が問いかけ、青年が手早く返答する。その返答が嬉しかったのか、今にも飛び上がりそうな表情で元気よく頷いてモニターを切る。
まだ話、終わってねぇだけど、と彼が小さく呟く中、彼は先ほど行った四人に対して一斉送信で合流ポイントを指示したメールを送る。それを受け取ったものから順々にモニターを切っていく中、彼はゆっくりと空を仰ぎ、言葉をつむぐ。
「さて、行こうか。アドラメレク」
『Yes , my master』
その瞬間、青年の周りに虹色の光が溢れる。しかし、その光は一瞬だけ。次の瞬間には、その神々しいまでの虹色の輝きは、あっという間に黒く染められてしまっていたのだ。しかし、そんなことに全く焦らず、むしろ待っていたとでも言うかのような表情で光を身に纏う青年。
そして、光りがやんだとき。彼は黒い鎧を身に纏っていた。重装備でもなく、軽装備でもない。要所要所に堅い守りをしていながら、その量は少なめ。まさに、防御と機動力を両立させた装備である。
「御剣ヒスイ、アドラメレク、黙示録の黒竜。目標を、消滅させる」
そう空に告げ、ヒスイは飛翔した。その目に、自分が殺した彼の亡霊を写したまま―――
―――その少し前・ホテル・アグスタ前
空をオレンジ色の魔力弾が掛け、正面に突如現れたガジェット達を撃ち抜いていく。ティアナは、着弾を一瞬で確認してからその場を移動する。すると、元いた場所に何発ものエネルギー弾が直撃する。まさに、ここに来るというのを読んでいたかのような動きである。
(危なかったぁ。トーリが一声掛けてくれてなかったら当たってたわ)
そう言いながら、彼女は再び移動しながらカートリッジを付け替え、向かってきていた三機のガジェット目掛けて連射。どうやら、今までのガジェットよりも強化されていたのか、彼女の一撃では落とせない。でも、足は止まった。つまり………
「はあぁぁぁぁ!!!」
足止めしたがジェットの上空から、空色に染められた『彼女だけの道』を突き進んで、スバルが一機粉砕。その勢いを利用して、そのままもう一機粉砕する。残った一気に対して、再び拳を振るおうと振り返ったとき………
「そぉらっ!」
スバルの視界を覆ったのは、一瞬の赤い線。それが正確にガジェットを捉え、まるで野球よろしくフルスイング、ガジェットを空に吹っ飛ばす。空に飛ばされたガジェットを待っていたのは………
「はっ!!」
ガジェットのメインカメラが捉えたのは、またもや赤い線。その線は、ガジェットのメインカメラを捉えてその楕円形の体を貫通させ、完全に動きを停止させる。
上空に跳躍していた少女―――エリーゼは、手持ちの槍―――グングニルによる一撃で貫通したガジェットを、槍ごと大きく円を描くようにスイングし、そのまま地面に叩き付けるように投げ返す。半分以上機能を停止しているガジェットにとって、地表近くで体勢を整えることは叶わず、そのまま地面に激突して爆砕する。
上空から騎士服をふわりと揺らめかせながら着陸すると、最初にガジェットをフルスイングで打ち上げたダンプとハイタッチする。
「なかなかの連携だったな」
「えぇ、ダンプ様の最初のフルスイングも、なかなかでしたわ」
「ちなみに名前はダンプスイング、でどうだ?」
「………もうちょっと別の名前はないんですの?」
そんなコントのようなことを言いながら、再びガジェットに向かっていくダンプとエリーゼ。そのふたりを見て、「負けてられないね」とスバルがティアナに言うと「当たり前でしょ!」と強く、しかし優しくティアナが言い、そのままエリオとキャロの方へサポートに向かう。
そんな中、少し離れたところでガジェットの迎撃に出ていたトーリはかなり焦っていた。普段左手に持っている相棒(ガーンディーヴァ)は無く、エマージェンシーフォルムの状態でガジェットに対応していた。右手で魔力弾を作り、ワンステップで投げてガジェットを仰け反らせ、渾身の蹴りで近くのガジェットにぶつけ、誘爆で二機破壊する。背後から来ていた三型に対して、初撃をしゃがんで回避すると、バク宙で三型の背後に回って、空中から魔力弾を投擲して破壊する。そんな戦いを展開していた。
「くっそ。さすがにこれは想定してなかったわ」
『済みません、マスター。自分の強度不足で………』
「お前のことは責めてないさ。アレは、俺の技術不足だよ」
そんな風に、ガジェットのエネルギー弾を回避しながら、落ち込んでいるガーンディーヴァに言うトーリ。そう、今のガーンディーヴァを戦場には出せないのだ。
それは、今から三分前くらいに起きた出来事だ。彼女(ガーンディーヴァ)のフレームが破損してしまったのだ。弓形の状態で三型のアーム攻撃を防御し、直後、湾曲双剣状態で幾度となく攻撃と防御を繰り返したため、フレームが破損してしまったのだ。故に、フレームとコアを一番傷つけずに済むエマージェンシーフォルムで戦っているというわけである。
「ちっ、これを想定していたら、もっと徒手空拳での模擬戦やってたのになぁ!」
そう言いながら、渾身の蹴りでガジェットを怯ませ直接魔力弾を胴体にぶち込み破壊する。爆発に飲み込まれてもこの際関係ないというような、非常に彼らしくない無茶な戦い方であるが、今はこうするしかない状況なのだ。
今彼がいる場所は、フォワードメンバーが担当する防衛ラインの一番前。つまり、最前線というわけである。一番経験のある彼が、自分でここを志願したわけだが、まさかフレーム破損という予想しなかったことが起きてしまい、ここを選んだことが裏目に出てしまったのだ。
「まぁ、別に後悔なんざしてねぇけど!」
そんな風に強がりながら、トーリは再び反撃する。しかし、まるで地面に落ちた飴玉に群がるアリのようにトーリに集中するガジェットの大群に、トーリは疲弊の色を隠せない。さすがに動きが鈍くなってきたのか、攻撃や防御の一つ一つが雑になってきていた。
このまま終わると思われた、その時だった。
「―――っ!」
一瞬、トーリの中で何かが弾け、背後から来ていたガジェットを『位置確認すらせずに』後方回し蹴りで吹き飛ばす。その回し蹴りは、今までのように吹き飛ばすのではなく、まるでガジェットの胴体を切り裂くように両断し、その場で爆発させた。
何が起きたか半分ほど分かっていないトーリだが、この際何でもアリだと思って納得し、拳を振るう。今度は、右ストレートをガジェットに放った。すると、右ストレートが『直撃する前に』ガジェットの胴体に何かで貫かれたような穴が出来上がり、そのまま爆発した。
「一体、何が起こってるんだ?」
そんな風に疑問に思いつつも、トーリは攻撃の手を緩めずに一気に攻勢に出る。なんだか分からないが、自分に都合の良いことが起きていることには変わりはない。ここで攻め逃したら、二度とこんなチャンスはない。そう意気込んでから、一気にトーリは攻め立てた。その瞬間だった。
「―――っ!?」
再び何かがはじけたように体をビクつかせると、急加速前進していた自分を、体を投げ出すようにして強制停止。加速していた速度を強引にバックステップで作り出し、少し前まで自分がいたところに突き刺さった虹色の槍を回避する。まさに鼻先三十センチというギリギリで回避に成功したトーリは、槍の射角から射出ポイントを正確に割り出し、そこに魔力弾を投擲する。
「―――へぇ、なるほど」
そう聞こえた後、金属音のような耳障りな音がすると同時に魔力弾が地面に突き刺さる。トーリは魔力槍が放たれたところを睨んだまま動かない。
そこには人がいた。黒い鎧を身に包み、右手には銀装飾のレトロな拳銃。背中には龍の黒翼、という姿の彼は、腕を組んだままトーリを見下ろしている。
「アンタ、誰だ?」
「俺は………ヒスイ」
彼はゆっくりと降下し、トーリの前にフワリと降り立つ。右手に持った銀装飾の拳銃の銃口をトーリに向ける。その行動を、トーリは敵対意識と認識し、その場で戦闘態勢を取る。
そして、青年―――ヒスイは、そのしっかりとした口調で言った。僅かに、言葉に愉悦のようなものを含ませながら。
「そう、俺はヒスイ。お前の兄貴、氷雨セイジを殺したやつさ」