第11話:敗北の意味
トーリが一歩だけ後退する。それに合わせるようにして、ヒスイが一歩詰め寄る。まるで千日手のような行動が彼らの間で繰り返される。しかし、トーリもトーリだった。今彼の前にいるヒスイは、彼の歩幅に合わせてゆっくりと前進するだけ。その間、むしろ、今の状況だけでも攻撃のチャンスはある。しかし、トーリは動かない。否、動けないのだ。
ヒスイの放つ、絶対的な威圧感。それに飲み込まれてしまっている。しかし、彼の場合はもう一つの理由の方が大きいだろうか。
「兄貴を、殺した………?一体、どういう事だ?」
「分からないのか?なら、教えてやろう。新暦69年………」
その言葉が出た瞬間、トーリの動きが固まった。そう、唐突にヒスイの口から出された『新暦69年』の言葉に、何か心の中で引っかかったものがあったのだ。まさにその瞬間を狙ったかのように、ヒスイは口元を歪めてまくし立てるように語り始める。
「新暦69年、その年に何が起こったかくらい、お前はよく覚えているはずだよなぁ?そんで、こいつにも見覚えがあるよなぁ?」
そうふざけるように良いながら、ヒスイは鎧の袂から一つのペンダントを取り出す。そのペンダントには、氷の結晶のような形をした緋色の飾りが付けられていた。いや、本来そのペンダントの飾りは『緋色』ではなく、透き通るような青だ。そして、それを見てトーリは再び驚愕の表情に染まり、次の瞬間には怒りの表情に移り変わっていた。
「新暦69年………そのペンダント………まさか、お前が………なんでっ!?」
トーリは動かなかった足を感情に身を任せて強引に動かすと、ダッと地面を蹴って一気にヒスイへと詰め寄る。彼らの間にある距離は、わずか五メートル。ダッシュすれば一瞬で詰められる距離だ。その距離を、文字通り一瞬で詰めたトーリは、怒りのままに大振りになってしまった右拳を放つ。
「………ふん」
その一撃を、ヒスイはまるで「面白くない」とでも言うかのような表情でゆらりと回避する。その後も絶え間なく放たれる拳や蹴りを、ひらりひらりと回避して、そして言った。
「つまらないな………アドラメレク」
『Yes , master』
一度距離を離し、右手に持ったレトロな銀の銃―――アドラメレクに告げると、彼女はガツンという重低音を響かせてカートリッジをロードした。
その間にも、トーリは接近してきた。動いていない今がチャンスとでも思ったのか、かなりの力を込めた一発を放つつもりで、飛び上がって右拳を振り下ろす―――が。
「言ったろ?面白くないって」
『バニシング・キャノン』
いつ向けられたか分からないタイミングで銃口を向けられ、トーリの視界は集まる虹色の輝きで埋め尽くされ―――そのまま吹き飛ばされた。
宙に吹き飛ばされるトーリ。しかし、彼はいつもではとれないような空中での受け身を難なくこなし、くるっと一回転しながら地面に着陸し、再び突貫する。その行動を見て、ヒスイは少し驚いたのか目を丸くするが、彼の右手に何かが揺らいだのを確認すると、フッと笑って右手のアドラメレクの銃口を向けて唱える。
「目覚めよ、銃装の姫君。汝の力を以て、眼前の敵の過去を打ち砕き給え」
その時、ヒスイの周りで魔力が唸った。まるで、その時を待っていたかのように、雄々しく、恐ろしく、そして美しく舞う。それを見て、トーリは完全に『無意識のままに』吼える。まるで、ヒスイに対抗するように、怒りのままに!
「目覚めろ、冥界の繋ぎ手。汝の力を以て、眼前の存在を一切残さず消し去れ!」
ヒスイが意味ありげににやりと笑い、トーリが逆に怒りに満ちた表情でヒスイを睨み、ヒスイは右手に持った銃を、トーリは先ほどから揺らいでいた右手と何も持っていない左手を、それぞれ空に突き出す。そして………。
「来い、天涙撃銃『アドラメレク』!」
「来い、疾風冥槍『キア・エウクス・ヘル』!」
瞬間、二人の魔力波動により、周囲に強烈な風が吹き荒れる。次の瞬間、二人は別々の得物の切っ先を向けあっていた。ヒスイは、先ほどと同じように見えるレトロな形状の銀銃。しかし、先ほどよりも装飾が簡素になっており、その分攻撃性を増したようにも見える。対するトーリは、彼が今まで使ったことのない斬刀槍。緑色の刃に木製のように見える柄、その野性的な形状は、トーリの性格から鑑みても似合わない外見をしていた。
「お前が………兄貴を………!」
トーリは斬刀槍をグルグルッと回転させ、柄の一番先を持って槍のように構える。そして、その切っ先を下げてまるで戦国の武将のようにして構えなおした。その姿を見て、ヒスイは何かを懐かしむような表情をしてから表情を一変。哀しげながらも、どこか決意に満ちた表情で、右手に持った銀銃の銃口をトーリに向ける。
「お前は………俺が………!」
「やれるなら、やってみろ………!」
今の言葉の掛け合いが合図になったかのように、一発の銃声がホテル周辺に響き渡った。
―――同時刻・アグスタ正面玄関前。
ここでも、やはり戦いが始まっていた。
「また見つけた!あの時の取り零し、きっちりツケは払ってもらうよぉぉぉ!!」
「全く分からないから、勘弁して欲しいんだけどッ!」
異常なまでに激情した銀髪の女性―――ウィネスが手に持ったレイピアを振り回しながらティアナに接近する。それを魔力弾で応戦しつつ、スバルと合流すべく後退する。残っていたガジェットを掃討し終えたスバルとは、意外と簡単に合流でき、スバルが前、その後ろにティアナといういつもの陣形(フォーメーション)をとって、ウィネスと対峙する。
「ほんと、この世界は退屈しないねぇ。まさか、また同じ獲物に会えるなんてさぁ!!ねぇ、ランスター!!」
そう叫びながら、ウィネスは再び突撃。しかし、その突撃は彼女たち二人が左右別々に避けるという簡単な回避方法によって『突進自体』が回避されてしまう。しかし、それだけで終わらないのが、ウィネスの恐ろしさだった。
突進した後に吹き荒れる強風。まるで鎌鼬(かまいたち)でも起きたかのように、彼女の通った後は草木は切り裂かれ、地面は抉れ、ティアナ達はその突風で無数の切り傷を負ってしまう。だが、それで怯むティアナたちではない。
「このぉ!」
風に飛ばされながらもティアナは受け身をとり、空中に飛ばされるというあまりにも無防備すぎる体勢から魔力弾を一斉射。ウィネスの動きを止めるために、彼女を正確に狙わず、ひたすらに乱射する。
しかし、ウィネスの突進は全く止まらない。ブレーキの壊れたレーシングカーのように暴走しながら地面を駆けずり回り、空中にいるティアナを見つけると、獲物を見つけた鷹のような眼で睨み、地面を蹴って空中に飛び上がる。
「これでぇぇぇ、もらいぃぃ!!」
空中でレイピアを引き、突きの体勢をとるウィネス。スバルの援護も間に合わない。もうここまで、でも、まだ頑張りたい、という思いからか、スバルほど強固ではないものの障壁を張って防御の体勢をとる。そして、ウィネスの突きが放たれようとした、その瞬間………
―ガァン!―
彼女の耳に、確かに届いた乾いた空砲と正面を通り過ぎて行ったオレンジ色の魔力弾。先ほどまで目の前にいたウィネスは、今の魔力弾の直撃を受けてしまったのか、右手を押さえてゆっくりと地上に降りて行っていた。
空中で受け身を取って、着陸するティアナ。今の魔力弾の射手はだれか、それを探そうとした時、その人は既に見つかっていた。
「あなた………!」
「………っ!」
ティアナのほぼ真後ろにいた青年。仮面をつけた彼は、一度エイリム山岳地帯でのリニアレールの事件の時に出会っていた青年だった。彼は空中に向けた白銀に輝く銃をゆっくり降ろしてホルスターにしまうと、顔だけはティアナに向けて彼女の目をしっかりと見る。
「………ティアナ、か」
「………え?」
不意に名前を呼ばれ、少し驚くティアナ。しかし、その後の彼女からの言葉から逃げるように、青年はその場から転移魔法で立ち去ってしまう。ティアナはすぐに彼が落としたウィネスを追撃しようと落ちた咆吼を見るが、既にそこに彼女の姿はなかった。どうやら、青年が彼女を落として、彼が転移する前に先に逃走していたようだった。
「ティア、大丈夫?」
「スバル………えぇ、大丈夫よ」
そう言いながら、彼女は青年が転移した場所をじっと見つめていた。彼の発した、自分の名前。彼の声に、どことなく懐かしさを覚えながら………
―――同場所・ティアナ達がウィネスと戦っている時
「で、どのようなご用件で?」
ふと、そんな風にダンプが正面の女性に声を掛けた。彼女は赤茶の短髪に黒の瞳、真っ黒のシャープな作りのドレスを身に纏っており、その姿だけを見ればどこかのご令嬢とも見えなくない艶姿である。そう、ただ一つ、右腕で大きな魔導書を抱えてなければ、の話である。彼女の周りには、彼女から発せられた魔力で風景が揺らめいており、いつでも攻撃することが出来る、と言うことを暗に示していた。
「どのようなご用件も、今回、私(わたくし)はあなたとの戦闘に当たらせていただいた、ローズ=ティベルタと申します」
まるで貴族であるかのようにドレスの端をちょこっとつまんで、恭しくお辞儀するローズ。それにつられるかのように、ダンプもまたお辞儀を返す。こう言うところは、やはり礼儀の鳴っている人の証拠である。しかし、お辞儀の後はまるで人が変わったかのようにダンプは相棒である棒型デバイスのドリアードを構える。その行動で察したようで、ローズもまた、右腕で抱えた魔導書を開き、臨戦態勢に入った。
「と言うことは、私を殺す気で居る訳か、ティベルタ」
「えぇ、貴方だって生きるために戦っているのでしょう?それと、私のことはローズで結構です。仲の良い皆は、そう呼ぶので」
「別に仲良くなろうとは思っていないのだが………では、ローズ………往くぞ」
ローズが一歩だけ踏み出した瞬間、ダンプが一瞬だけ加速してローズのほぼ正面についた。その瞬間、右手の平でドリアードの柄を押し出してノーモーションで突きを放った!その突きを寸でのところで回避すると、すぐさま距離を取ってローズは魔法の発動に入った。だが………
「速いッ。でも、距離を取れば………!」
「遅い!」
「えっ………!」
次の瞬間には、彼女は無意識のうちの障壁を張って『彼女から見て左方向から来た衝撃』に対して防御行動を取っていた。
その衝撃とは、ダンプの放った一撃。先ほどの突きで伸びきったドリアードの先端、を伸びきった瞬間につかみ取って、そこからドリアードを振り回すようにして大上段からの片手振り降ろしを撃ち込んだのだ。
まさに流れるような連携技。ここから反撃しようと、ローズが攻撃魔法を発動させてドリアードの柄に叩き込む!
バガン、と言う炸裂音を残しながら、両者の間に距離が開く。ダンプは今の一撃に対してドリアードを爆風に沿わせるようにして衝撃を受け流し、ダメージを最小限に抑える。その瞬間を狙って、ローズは一気に魔法発動に入った。
「フレアキャノン!」
魔導書から放たれる高熱の砲弾。たった一発の魔力弾にも関わらず、その威力が覗えるほどである。しかし、そんな砲撃を見せられても、ダンプは全く怯むことはない。むしろ、その砲撃を凝視し、何かを吟味しているかのようにも見える。そして、次の瞬間………!
「はぁっ!」
体勢を変えてドリアードを横薙ぎにフルスイング。魔力の纏われたそれで殴られた砲弾は、一瞬だけ拮抗したがすぐさま途方もない方向に吹っ飛んでいく。右上方斜め四十五度の角度、確実なホームランコースである。
唖然としているローズを前に、ダンプは振り切ったドリアードを自分の体を軸にするように振り回し、再び構え直す。その表情は、何か楽しんでいるかのような表情にも見える。
「へぇ、やりますね」
「まぁ、若い頃は少々テニスを嗜んでいたからな。これくらいの速度の弾なら、簡単に捌ける」
「そうですか………ならば、これはいかがでしょう?」
ローズがゆっくりと両腕を広げる。その時、ダンプはあり得ない光景を見てしまった。彼女の後方に待機する、無数の星の輝き。一つ一つが先程撃ち返した魔力弾と同等、もしくはそれ以上の質量を持った魔力弾が、無数に待機していたのだ。
その恐怖にも似た光景を目の当たりにしつつも、ダンプは冷静そのものだった。今リーズの後方に待機させている『彼女』に合図を送れば、この状況は一瞬で打破できる。しかし、問題はそのタイミング。自分が仕留めるか、彼女に仕留めさせるか。その判断が問題だ。
ローズが一歩出て、ダンプが一歩下がる。ゆっくりとローズが右手を挙げ魔力弾掃射の指示を出す態勢に入り―――
「飛べ、フレアキャノン∞(インフィニット)!」
その手を振り下ろした。瞬間、彼女とダンプの間を翔(と)ぶ無数の魔力弾。その瞬間を狙ったかのように、ダンプも叫んだ。
「エリー!」
叫んだとき、ローズの後ろの茂みから勢いよく躍り出る影があった。赤い騎士服を纏った彼女は、右手に持った槍とは別に、左手に持った赤い札で空を切ると、空にも届きそうな声量で力強く叫んだ。
「魔導符!」
『魔導符、受理。スピア、撃てます』
空を切った札が赤く輝き、その輝きが槍に纏われる。そして………
「スピア・ザ・グングニル!!」
空からの槍投げ。放たれた槍はまっすぐ魔力弾の嵐に飛んでいき………爆散。その威力により、魔力弾は一瞬にして全て消滅する。
もうもうと立ち上る土煙。ここから更に追撃しようと、ローズは魔力を収束し始めるが………既に遅かった。
「この距離は………」
土煙の向こうから聞こえる声と共に、彼女にとっては驚異となるであろう『彼』によく似た覇気が漂ってくる。これは拙(まず)い、そう判断し、ここから撤収しようと転移魔法を展開させた瞬間………
「私の距離だ!」
土煙がバッと真っ二つに引き裂かれ、先程放たれた真っ赤な槍を左手に、最初から持っていた棒を右手に持つという、長モノ二刀流のスタイルを取ったダンプが一瞬で距離を詰め、槍の矛先を彼女の首元にタンと乗せる。これで、チェックメイトだ。
「おかしい、ですね。私のリサーチでは、貴方は反撃型(カウンタータイプ)だったのですが」
「まぁ、それは否定しない。でも、明らかに実力が上そうな奴だったら、玉砕覚悟で突貫、と言うのが私のスタイルなのだよ」
「それでも、今の作戦は無謀すぎると思うのですけど?」
エリーゼの問いかけに対し、ダンプは「一本取られたか?」と少々諦めたような表情になりながらも手錠をスタンバイする。でも、その瞬間、ローズの体は消えてしまった。どうやら、時間差で仕掛けておいた転移魔法が発動してしまったらしい。
彼女がいたところに、ヒラヒラと一枚の紙切れが舞い落ちる。それをダンプが拾うと、ちょっとだけ苦笑して「懐かれてしまったか………」と言いつつエリーゼに渡す。それを見て、彼女もまた、少々笑ってしまった。
『今日は楽しかったです。また今度、殺り合いましょうね♪ byローズ=ティベルタ』
―――アグスタ・防衛ライン最前線
「ああぁぁぁぁ!!」
もはや怒りの叫び。怒りに身を任せたような一撃を、トーリはヒスイに向かって放った。彼が使ったことのないはずの斬刀槍、それを見事なまでに使いこなし、高速の一撃を放つ!しかし、それをヒスイは銃身で受け止めると、攻撃の勢いを見事なまでに受け流してトーリを弾き飛ばし、銃口を彼に向ける。
「アドメラレクッ!」
『All right , master』
最初よりもだいぶ無機質になった機械音を周囲に残しながら、ヒスイは引き金を引く。
銃口から放たれるのは、虹色に輝く大火力の砲撃。吹き飛ばしたとはいえ、その距離はほぼゼロ距離。至近距離で放たれた大威力の砲撃の直撃を食らい、トーリは砲撃に飲み込まれて吹き飛ばされていく。
しかし、そこでトーリは思いもよらない行動をとる。吹き飛ばされた勢いをそのまま利用して上空に飛び上がると、その速度を維持したまま急上昇。槍の穂先に魔力を集中させ………
「森羅万象の剣(ソード・オブ・ユニバース)!!」
集中させた魔力を一気に解放。その矛先をヒスイに向けて放った!しかし、そのあまりにも大振りすぎる攻撃を、ヒスイはいとも簡単に回避してしまう。
しかし、トーリはその行動を見て口元を少しニヤッとさせた。そう、まさにこれが目的だったかのように。
「う、おぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
「何、これはまさか………!」
ヒスイは驚愕した。先ほど回避したはずの砲撃が、なんと自分の方に向かってきているではないか。その状況を見て、ヒスイはトーリが放った『森羅万象の剣(ソード・オブ・ユニバース)』がどのような魔法なのか察した。
『森羅万象の剣(ソード・オブ・ユニバース)』とは、単純な特大砲撃魔法ではない。特大の『魔力刃』なのだ。しかも、その規格は戦術爆撃並みの威力。まさに『国一個潰すほどの』魔法なのだ。
「まさか、これほどか………!?」
眼前に迫る巨大な魔力刃を、高速飛翔で回避しながらヒスイは舌打ちした。いくらまだ制御がなっていないからとはいえ、相手は『彼の弟』であって『冥界の繋ぎ手』の持ち主。油断はしていなかったものの、ここまで強いとは思っていなかったのだ。
「ならば………これでどうだ!」
ヒスイは高速飛翔を止めない。ただし、正面に迫る魔力刃に立ち向かうように飛翔を続け、銃口を刃に向ける。そして………
「止まらないなら、逸らしてしまえば!」
『バニシング・キャノン』
フルパワーで放たれた虹色の砲撃。それは的確に巨大魔力刃を捉え、その軌道を上空へとそらす。まさに賭け事のような一発だったが、その賭けは見事に成功した。
魔力刃が逸らされたことを理解したトーリは、地上に降り立つと再び斬槍刀を構えなおしてヒスイに突貫していく。その速度はもちろん早いのだが、それでも今の『森羅万象の剣(ソード・オブ・ユニバース)』の使用と慣れない斬槍刀の使用で、かなりの体力を使ってしまったのだ。
「遅い!」
「がっ!」
そのため、いくら速いとはいえその速度にならされたヒスイには、むしろ遅く見えているのだ。今の一撃が当てられたのも、そのせいである。見えているのに避けられなかった。ボクシングや格闘技の選手が使いそうなセリフだが、まさに今の彼にふさわしい言葉である。
「くそ、くそっ!」
「もう、終わりにしよう」
縦横無尽に槍を振り回すトーリに対し、ヒスイは残酷な言葉をかける。その瞬間、トーリに体が一気に持ち上がった。基本魔法の一つ。フローターである。その上にバインドをかけ、トーリは完全に身動きの取れない状態になっている。
「………殺そうと思ったけど、また今度に取っておくよ。ただ、今は………」
ゆっくりと銃口に集まっていく虹色の魔力。遠くからティアナやスバルたちフォワードメンバーの声が聞こえてくるが、半分意識を失っているトーリにはその声が届いていなかった。
「俺がどれだけ強いか、っていうことを覚えておきな。氷雨トーリ!」
『エンシェント・ブレイカー』
瞬間、トーリの体は虹色の魔力砲撃に包まれていった。
―――本局航空武装隊第501統合戦闘航空団『ストライクフォース』専用訓練スペース
訓練スペースに、短い時間の中で幾度も金属音が鳴り響く。耳に悪いキィン、キィン、という音が響く狭い訓練場の中で、二つの会話が聞こえてきていた。
「へぇ。それじゃ、その異動、正式に決定したのね?」
「あぁ。ナカジマ三佐の尽力があってな。それで、今度何か奢れってせがまれた」
「はは、さすがは貧乏くじのアヤネ君」
「黙っとけユークステッド」
一人はストライクフォースの部隊長である、雪のように白い長髪と赤い瞳の情勢―――エイラ=ユークステッド。もう一人は、彼女の訓練校時代の動機である青年。薄い青の短髪で碧眼、知的な面持ちの青年―――アヤネ=レンジョウである。彼女たちは、アヤネの異動が正式に決定したということで、記念の模擬選をしていたのだ。
「ほっ、とぉ!危ないな〜まったく。相変わらずアヤネ君は急所狙いなんだねぇ」
「黙れ、ユークステッド。お前だって、俺の急所(クリティカル)狙いを弾いてカウンター入れてくるじゃねえか」
「そう〜?」
半分起こっているようにも見えるアヤネを、まるで茶化すかのようにのらりくらりと言い逃れるエイラ。訓練校時代、たまたまコンビを組んで管理局に入局後、時たまコンビを組んでいた時を除いてほとんどあっていなかったとはいえ、互いの攻撃の癖はしっかり覚えているようで、二人とも要所要所でかなり容赦のない攻撃を入れてくる。
「さて、異動記念。最後の一発。入れてきていいよ?」
「ほう?自信ありげだな。なら、遠慮なく………」
アヤネは自分のデバイス『凶月』の刃を自分の皮膚に沿わせ、ゆっくりと引き『自分の皮膚を切る』。もちろん、その傷口からは血がしたたり落ち、凶月の刀身に一滴、二滴と落ちるたびに………凶月の放つ朱色の光が強くなっていく。
「刀神(とうじん)式守護之(しゅごの)殺陣(たて)・絶対領域」
エイラがゆっくりと反撃用の魔法を呟くと、彼女の周りを包むように白い魔力光がほとばしる。それを見て、アヤネはにやっと笑ってから凶月を大上段で構える。
「往くぞ。秘剣、断空!」
大上段のまま突撃し、一気に振り下ろす!その瞬間、訓練スペースは白と朱色の輝きでいっぱいになった。
先に倒れたのはアヤネ。さすがにエイラの絶対領域は破れなかったのか、肩で息をしていた。そのエイラもかなりきつかったようで、こちらも肩で息をしている。
「さすがユークステッド。防御の神と言われたことだけはある」
「そっちこそ、攻撃の鬼なだけあるね」
ゆっくりと立ち上がり、二人はこぶしをぶつけ合う。そして、二人同時にこう言った。
「「頑張れよ、相棒」」