小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第12話:信頼


―――機動六課・訓練場

 アグスタでの任務が終わった翌日。さっそくというかなんというか、今日も機動六課フォワードメンバーは、訓練に汗を流していた。今日から、新しい教導官を迎えて、である。

「そらそらぁ、素早く判断して素早く動く!そうしないと、すぐに戦場では撃墜されるぞ!」

 そう言いながら薄青の短髪の青年―――アヤネ=レンジョウは、空中をウィングロードで縦横無尽に駆け回るスバルに対し、地上から斬撃波による対空砲火を放つ。それをスバルは何とか回避し、防御で凌いでいるというように見えるが、それもそろそろ限界が近づいていた。

「―――っとぉ!」

 ついにスバルの左足に、アヤネの放った斬撃が掠めた。そのせいで彼女は一瞬だけバランスを崩した。そして、それを見計らったかのように、アヤネは地面を蹴って一気に飛翔、スバルの眼前まで一気に詰め寄る。
 強打が来る、そう直感的に判断したスバルは、体全体を覆うようにプロテクションを展開し、次の一撃に対しての防御をとる。もちろん、その判断は間違っていなかった。そう、相手が『攻撃の鬼』という二つ名を持つ、アヤネ以外なら、ということだったなら。

「受け切れよ、ナカジマ!」
「はい!」

 アヤネが白銀に輝く刀―――凶月を大上段に振りかぶる。その美しいまでに輝く刀身が、白銀からゆっくりと朱色に染まっていく。そして、その光が限界に達した瞬間、アヤネは双眸をカッと開いて咆哮した。

「断空!!」

 まるで地面が割れたような轟音を響かせ、刃とプロテクションがぶつかり合い、数秒耐えた後にプロテクションが一瞬にして破壊された。
 その時の衝撃でスバルはウィングロードから転落する。しかし、落下する彼女の体をアヤネは受け止め、そのままゆっくりと地面に下ろす。そして、大きく伸びをするとその場で叫んだ。

「よーし、これにて午前中の教導終了!全員、集合!」

 アヤネの一声に反応して、先ほどまで倒れていたスバルを含めた四人は、重い体を引きずりながらなんとか彼のもとに集まってくる。もちろん、後ろにいるなのはとヴィータの教導官も一緒だ。彼女たちが集まったのを確認すると、アヤネはふぅと一息おいてから今の訓練についておさらいを始める。

「よし、今から僕の君たちに対する評価を言っていく。最初に………ルシエ」
「はい!」

 彼女が返事したのを確認してから、彼は彼女の戦闘映像をモニタに移す。いつこんな映像を撮ったのかとなのはが聞くと、アヤネは「模擬戦中に録画スフィアを飛ばしていたんだ」と答え、再び評価を言い渡す。

「全体的に攻撃力だな。防御力に関しては、後方支援(フルバック)としては及第点。高町教導官のカリキュラムだと、もう少し先に攻撃力上昇の訓練をくみ上げていくらしいからいいんだが、攻撃の手段がフリードの火球のみっていうのはいただけないな。何かしらの攻撃手段を持っていないと、少ししたらきっと大変になるな。だから、反撃の手段を作ることを、僕がいる間の課題として詰めていきつつ、さらに後衛としての能力を上昇させていく」
「わかりました」

 次に、とアヤネが言って出したのは、ティアナの映像。ほぼフルタイムで録画された映像を上映しながら、彼は彼女の動きを再度見つつ課題を言っていく。

「ランスターは………実際こうしてみると指摘点が無い。その調子でやっていけばいいと思うが、僕がいる間の訓練中、長所を伸ばしつつ何かしてみたいと言うことがあれば言ってみろ。勿論、後でな」
「はい!」

 続いてスバルとエリオの前衛組。個々で言われたのは、スバルの場合『対空砲火対策』。エリオの場合は、『三次元攻撃の上昇』と言うことだ。スバルの場合、これは、最後にやった二人の模擬戦からのことである。陸戦兵器であるガジェットにも、少しすれば地対空砲門の装備があるかも知れない、と言うのがアヤネの予想である。その予想のため、今日の模擬戦ではウィングロードを彼女が展開している間は、対空砲火しかやっていない。その時の防御と回避の方法を詰めていく、と言うことだ。エリオの『三次元攻撃』というのは、彼の突貫力とスピードを陸戦の縦横の『二次元』だけでなく、そこに奥行きを加えた『三次元』の攻撃を可能にするための訓練、と言うことらしい。

「よし、とりあえず、午前はこれにて終了。午後から、各課題についての個別訓練だ。高町教導官や、ヴィータ副隊長にも協力してもらうからな。ビシビシいくぞ」
「「「「はい!!」」」」

 とりあえず、シャワーを浴びて飯にしよう、とアヤネが言うと、失礼しますという元気な声を出してフォワード四人は駆けていく。まだ体力あるじゃん、と思ってから、俺もこんなことあったなぁと思い出して苦笑しながらなのはの方を向く。

「こんな感じで良かったんです?」
「うん、ばっちりですよ、レンジョウ二等陸尉」

 そんな風に言うアヤネは、少し緊張していたのだろうか、額についていた汗を腕で拭うと、ふぅと一息ついて持ってきていたカバンからポットとティーバックを取り出すと、その場で紅茶を作り始める。

「一息つくにはこれですよね。高町教導官とヴィータ副隊長もいかがですか?」

 いつの間にかビニールシートも引いていて、休憩の準備は万端、という状況。さらにそのシートの上に載っているのは、どうやら彼お手製らしいサンドウィッチ。話を聞くとことによると、彼はいつも訓練場で朝食を済ませてすぐに次の教導の準備に入れるようにしているらしい。
 ちょっとワーカーホリックだなぁ、とかなのはは思いながら、彼女はアヤネと朝食を共にすることにした。ヴィータはこの後少し用があるようで、足早に訓練場を出て行った。

「それにしても、高町教導官のお弟子さんたちはいい腕していますね。感服しましたよ」
「そんなぁ。そんなこと言われても、何も出ないよ、アヤネ君?」

 先ほどとは違う、なのはの態度。それは、公的な場よりもどちらかというと私的な場の時に感じる言葉遣いに似ていた。

「まさか、こんなところでまた『師匠』に会えるなんて、思ってもみませんでしたから」
「それを言うなら、アヤネ君がまさか異動先に六課を選ぶなんて思ってなかったよ?」

 アヤネはなのはのことを師匠と呼ぶ。その理由は、彼が彼女に出会った三年前に遡る。
 アヤネは、一度短期で彼女の教導を受けている。その時、彼は『攻撃の鬼』と言われた自分の力をいかんなく発揮したにも拘らず『敗北した』。そして、その後彼女のことを『師匠』と呼ぶようになったのだ。

「本当はね、ここにもう一人いるんだけどね」
「もう一人?確かそれって、氷雨トーリですよね?彼は今日はどうしたんですか?」

 それが実は、と少しなのはが言いにくそうにしてから、彼女は今日トーリが来ていない理由を明かした。



―――機動六課・隊員宿舎

 その一室で、トーリは一人ベッドの中で唸っていた。時折辛そうな咳を交えながら、である。
 そう、彼はなんと風邪をひいていたのだ。先日の任務から帰ってきた瞬間、ヘリから降りたときにその場でパタッと倒れたのだ。直後、すぐにシャマルに診てもらったところ、原因不明の風邪。アグスタで菌をもらってきたことには間違いないのだが、なぜもらってしまったのかがわからないのだ。ちなみに、そのことはティアナ伝いになのはたちに知らせてあるため、問題ない、らしい。
 基本、トーリは風邪なんてひかない体質である。しかし、今回風邪をひいてしまったのは、彼自身何となくだが原因が分かっていた。

「ったく。あの戦闘のせいだな、きっと」

 そんなことを言いながら、彼はエリオが持ってきてくれたおかゆを少しだけ食べると、常備していたスポーツドリンクを一口飲みこむと、その場で少し考え事をする。
 あの時の戦闘、あのまま続けていたら確実に自分が殺されていた、とわかっている。あの時、砲撃を受ける瞬間にスバルが彼をかっさらうように横から持って行ってなければ、確実に殺されていたのだ。スバルには、本当に感謝しなければならないだろう。
 しかし、それとは別に彼の心の中を占めているものがあった。それは、自分の兄が彼に殺されていた、ということだ。確かに、トーリの兄―――氷雨セイジは任務中の事故で亡くなった、とは聞いていた。しかし、殺されたとは聞いていなかった。たぶん、両親は知っているのだろう。それを、今の今までトーリに知らせなかったというのには、必ず理由があるはずである。
 確かめなければならない。そう思ってトーリはゆっくりと立ち上がり、管理局の制服に身を包み、扉から出ようとした瞬間………

(―――あ、やべ)

 急に体がグラつくような錯覚に陥る。それもそのはずだ。彼の体はまだ完治していない。その状態で無理に動こうとすれば、そんな風になるはずである。トーリは必死に体の言うことを聞かせようとするが、もう間に合わないと確信した。

「トーリ、大丈夫?入るわよ?」

 どうやらティアナが来たようで、ゆっくりと扉を開ける。その瞬間、トーリの体はまるで糸の切れたような操り人形のように安定をなくし、その場で崩れ落ちる。

「ちょっ………!?」

 急に目の前で倒れたことに驚いてか、ティアナは彼の体を受け止める。そのまま自分の体に寄りかからせるような態勢にトーリを動かすと、額に自分の手を当てる。

「ちょっと〜?凄い熱じゃない。まだ治ってないのに、どこ行こうとしたのよ?」
「そんなの、どうでも、いいだろうが………」

 辛そうな表情で言っても説得力ないわよ、と言いながら、ティアナは彼を抱き上げると―――俗にいうお姫様抱っこである―――彼の軽さに若干驚きながらもそのままベッドに寝かせて布団をかける。

「悪いな、ティアナ………ゴホッ、ゴホッ」
「喋んなくていいから、安静にしなさい」

 そう言いながら、ティアナはトーリの端末にクロスミラージュ伝いでデータを入れていく。どうやら、なのはが作った課題のようで、「風邪が治ってからやってね」という伝言らしい。

「一応、昨日あんたがやっとくべき書類は私が片付けといたから、感謝してよね」
「あぁ、ありがとうな、ティアナ」

 トーリの感謝の言葉にちょっと頬を赤くしながらぷいっとそっぽを向くティアナ。そんな彼女を少しかわいいと思いながらも、トーリは起き上がって少し覚めてしまったおかゆを食べる。

「あの、トーリ?」
「ん、なんだ?」

 ティアナがかなり真剣な表情をしているのを見て、すこしたじろぐトーリ。彼女の瞳をまっすぐ見ながら、彼女からの言葉を待つ。すると、意外にも早く言葉が返ってきた。

「あのさ、あんまり昔のこと、思いつめなくていいのよ?」
「―――何を。言ってんだよ」

 不意に言われて、トーリはそっぽを向く。しかし、トーリは分かっていた。彼女は、昨日の戦闘でのヒスイの言葉と、彼の激昂ぶりを見ていたのだ。聞こえてきた言葉。その言葉に振り回されるトーリが、いつもの飄々としながらも心配してくれている、トーリらしくなくて。
 ティアナも、あの戦闘の後に個人的に調べを入れ、トーリが戦っていた相手が、昔自分の兄を殺した元局員、というところまで調べを付けていた。それあって、今のようなことを言っているのだ。特別な感情ではない。ただ純粋に、『トーリが心配だから』という気持ちだけである。

「何かあったら、私たちに言えばいいじゃない。頼ってくれても、いいのよ?」
「………!」

 頼ってもいい。その久しぶりに聞いた言葉に、少しだけ彼の瞳が潤む。しかし、すぐに彼は瞳から出るそれを腕で拭うと、いつものにこやかな表情でティアナに言った。

「おぅ、たまには頼らせてもらうかな」
「そうしなさい。頼ったら、何かおごってもらうからね」

 おう、手厳しい、そんな風にジョークを言いながら、トーリは笑う。しかし、まだ体調が万全ではなく、その反動でくらっときてしまう。
 どっかにぶつけるかな、と思って目を閉じたが、その衝撃は来ない。閉じた目を開けると、上にティアナの顔があった。どうやら、腕で受け止められたらしい。

「ちょっと、大丈夫なの!?」
「あ、あぁ、大丈夫………」

 ふらふら状態のトーリを、ティアナはそのままベッドに横たわらせる。すると、まるで何かが抜け落ちたように、すぐにトーリは寝息を立て始める。どうやら、今までの疲れやら何やらが全部抜けていったのだろう。
 ティアナはちょっとだけ彼に笑顔を向けてから、彼の部屋を後にして、なのはに通信。彼は明日にでも復活しそうです、とのことを伝えると、彼女は今自分がやるべき事を確認してからオフィスルームに急いだ。

(スバル達、きっとてんてこ舞いになってるだろうしね)

 その表情には、いつもより明るい笑顔が浮かんでいたことに、彼女自身気がついていなかった。



―――???

 とある洞窟。
 そこに、彼―――デュアリスは一人いた。そう、たった一人だけ、である。自分がしたっているヒスイには、今だけは席を外してもらっている。
 今彼の頭の中には、最近相対する一人の少女のことしかない。
 自分と同じオレンジ色の魔力光、自分と兄と同じガンナースタイル。自分と兄と同じ、徹甲弾型のクロスファイア。何故か引っかかる、13年前に記憶している、あの少女に。
 彼は、自分がいつも首にかけているペンダントを取り出し、その飾りであるロケットのカバーを外す。そこには、幼き日の自分。その隣にいるのは、自分より頭が良く、狙撃が上手かった兄。彼が抱いているのは、この写真を撮った歳の三年前に生まれた、彼の妹。
 その写真を見て、彼は再び大きな疑惑の念を浮かび上がらせ、そしてその念は一つの可能性によってはじけ飛んだ。

「やっぱり、アイツはティアナ………なのか?」

 そんなことあり得ないと頭を振りつつ、写真を見てからもう一度よく思い出す。思い出したあの少女と、写真に写る笑顔を向けていつ妹と、面影が一致した。

「ティアナ、なのか………なんで」

 落胆するかのような、心配するかのような。そんな中途半端な声で小さく呟く。まさかとは思っていたが、本当にそのまさかだった。
 実の妹が、今自分が恨んでいる、対立している管理局に在籍している。そんな運命があって良いのだろうか?これでは、自分はまた本気で戦えなくなってしまうではないか。そんな思いを持ちながら、彼は重い腰を上げてそこから移動を始める。
 洞窟の壁面全てを強引にコンクリートで舗装したような長い廊下を歩いて彼が来たのは、この洞窟にあるデータベース。この組織にいる以上、使うことは多々あるが、こんな風に個人的な理由で使うことは彼自身初めてだった。
 持ち前の、というか、生きるために必要になって会得したハッキング技術を駆使して管理局のデータベースに侵入する。そして、そこからファイアウォールをくぐり抜けて、機動六課の隊員名簿に行き着く。そこから彼女、ティアナ=ランスターの名前を見ると、そこをクリックして内容を確認する。

「ティアナ=ランスター、陸戦B、家族構成は………一人?まさか、今でも兄貴が局員でやってるはず………」

 そう信じたかった。でも、それはあっけなく打ち砕かれていく。

「兄貴が………死んだ?六年前に………?」

 六年前。それは彼が助けられた年であり、彼が管理局と敵対すると決めた年である。確かに、あの事件の時に兄は行方不明になったと聞いている。しかし、まさか死んでいたとは想っていなかった。それに、彼は強い。死ぬ事なんて、絶対にない、とは言えないが、よっぽどのことが無い限り死なないと思っていた。それほど、兄は、ティーダ=ランスターは強かったのだから。

「おんや〜?デュアリスじゃないか?こんな所で何やってんだい?と言うか、何であの時私を撃ったんだい?」

 自分を見つけて、ちょっとふざけるような感じで怒りながら近付いてくるのは、銀色のロングヘアーの視線が強めな女性、ウィネス。何で彼女を撃ったか、なんて答えられるはずがない。あの時は、何故か彼女を殺されたくない、と言う思いが先走って彼女を撃ってしまったのだから。

「あの時は済まない。本当は下にいた局員を狙おうと思ったのだが、ふと注意を逸らされてしまってな」

 絶対にそんな言い訳通用しないだろうなぁ、銃口最初っからウィネスに付けてたし、とか心の隅っこで思いながらもそんなことを言うと、彼女は「ふ〜ん、そっか」と納得したようにあっけらかんと言う。しかし、今彼がモニターに映していたデータを見ると、少し狂ったような笑い声を出した。

「ククク、あははははははははは!!やっぱりだ、やっぱいこいつだ!!」
「………おい、何が可笑しい?」

 そう言えば、アンタはまだ知ってなかったよねぇ。そうウィネスが言うと、少々強引に彼を押しのけるとモニターの前に立ち、なにやら操作を始める。
 しばらくしてからモニターに出てきたのは、とある青年の写真。その写し出された写真に、驚きの声を上げようとしてから、その声を遮るかのように出された彼女の言葉に、先に驚きを覚えた。
 そう、恨みと驚きを交えた声で。

「こいつの家族だったんだよ!あのオレンジ娘!六年前、私の部下を自爆させて、私が殺した局員のねぇ!」

 そこに映っていたのは、十中八九誰が答えてもかっこいいという印象を受ける青年。端整な顔立ちに立派な履歴。そう、故人ティーダ=ランスターの写真が、そこには写し出されていた。

「次だ。次こそは、私がアイツを殺してやる!ははははははははは!!!!」

 狂気にまみれた笑い声を上げながら、ウィネスはその場から去っていく。しかし、それを追おうとして。否、追いかけてから殺そうとして腰に下げているアクケルテを抜き撃ちしようとして、グリップに手を掛けてから留まった。
 完全にウィネスが見えなくなってから、彼はもう一度モニターに向かいその事件のことについて調査を開始する。六年前、ロストロギア、盗賊団『ヴァーミリオン』、負傷者多数、死亡者一名、ヴァーミリオンの構成員ローデス=パーラ。殉職者一人、ティーダ=ランスター。ランスター一等空尉殺害、ロストロギア『ドーリムの杯』窃盗の容疑で、ウィネス=ファンソートをS級(クラス)指名手配犯に認定。

「………なるほど、ここに紛れ込んだのはそう言うことか」

 青年は今ここに誓う。全てが終わる前、自らの主の悲願を遂げる前に、自分の願い、妹のためになることを、成し遂げることを。



―――機動六課・医務室

「本当にありがとうね〜。アヤネさんも色々立て込んでいたでしょう?」
「いえ、ちょうどこちらも暇になったところですから」

 医務室にいるのは、その部屋の主任であるシャマル、それに、アヤネという二人だった。
 何故アヤネが怪我でもしていないのにここにいるのか?それは、彼が買って出たことだった。たまたま医務室の前を通りがかったとき、なにやら騒々しい音が医務室から響き、中に入ったところ、段ボールに埋もれているシャマルを発見、彼女を救出し、医務室内の整理をやっていたところなのだ。ついでにその後に来たエリオのメディカルチェックを手伝い、今に至るのだ。

「それにしても、シャマル先生ビックリ。アヤネさん、医療魔法も使えたのね」
「えぇ、流石に先生には及びませんが、それでも怪我人をどうにか出来るくらいの医療魔法は使えると自負していますから」

 そんなことを言いながらモニター上でエリオのカルテをササッと制作するアヤネ。その手際の良さに少しだけ見惚れてから、シャマルは慌てて自分の仕事を思い出したかのようにモニターを弄り出す。しかし、ふと気になって彼女はアヤネに訪ねた。

「ねぇ、アヤネさんは何で医療魔法が使えるの?というか、何で使えるようにしたの?」

 唐突に来た彼女からの問いかけに、一瞬だけアヤネの動きが止まる。そして、どうやら出来上がったカルテの彼女に提出してから、医務室のベッドに腰掛けてシャマルと真正面に対峙するような状況を作る。

「その理由は、これです」

 そう言いながら、彼はゆっくりと自分の胸に左手を当ててから、その手の平に右拳の親指の方を添え、一瞬だけ光ったかと思うと、そこからゆっくりと『何か』を引き出す。
 引き出されたモノは、黒い鞘に収まった一本の刀だった。まるで漆黒をそこに体現したかのように、真っ黒い鞘。それに相反するかのように、右手に持たれた柄は純白。まるで、そこに光と闇があるかのように、妖しくも美しい刀だった。

「その刀………ロストロギア?」
「内緒ですよ?これ、息子以外の誰にも見せていないですから」

 そんな風に笑顔で言いながら、アヤネはその黒い鞘から刀身をゆっくりと引き抜く。そして、その刀身を見てシャマルは驚いた。
 その刀には、『刃』と呼べるところがほとんど無いのだ。いや、あるにはある。本来、刀の『峰』があるところに、白銀に輝く刃があるのだ。そして、本来刃があるところに、その存在を大きく誇張するかのように、真っ黒い峰がある。人は、この刀を『不殺(コロサズ)の刀―――逆刃刀』と呼ぶ。

「その刀、何で手から?」
「………ロストロギア『不殺刃(コロサズのヤイバ)』。人を殺さず、守る、って言う思いを持った人にのみ使える、って言う訳の分からない一品でしてね。いつの間にか、自分の体の中に、ってワケです」

 そんなことを言いながら、彼は逆刃刀をゆっくりと左手の中に埋めていく。そして、全部埋まったとき、ふぅと一息ついて彼は話し始めた。
 自分は小さい頃、とある魔導師に命を助けられた。その時のことを片時も忘れることなく勉学に励み、陸士訓練校に入隊し、主席を取って救助隊に入隊した。しかし、その時知ったのだ。力だけではどうにもならないと。

「その時は、力があれば、実力があれば助けられる、って思ってたんですよ。でも、実際は間違っていて、というか、半分間違っていたんですね」

 幾度も救助活動に励んで、多くの命を助けた。そのことがキッカケで、自分は常に冷静にいられる心を手に入れ、人々から『冷徹』とも言われた事もあった。しかし、それを払拭してくれたのは、今は亡きアヤネの母だった。

「母は医療魔法が唯一の取り柄でして、母のススメで医療魔法を体得しまして。そこからですね、少し見方が変わったのは」

 医療魔法を手に入れたことで、彼はいつもより多くの人を助けられた。しかし、それがあっても冷徹と呼ばれなくなることはなかった。しかし、彼は『優しき冷徹』という矛盾した二つ名で呼ばれるようになり、今ここにいるというわけだ。

「まぁ、医療魔法をやろうとしたのは、一人の魔導師………昔助けられた魔導師さんにあこがれて、その人の隣で一緒に仕事をしたい、多くの人を助けたい、って言う思いがあったからでしょうかね?」

 そんな風に言ってアヤネと、その言葉を聞いて笑顔を浮かべるシャマル。そんな二人は、再び作業を開始する。少しだけ、二人の間の距離を縮めてから。

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