小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第15話:やらねばならぬこと


―――聖王教会付属病院

 看護師兼任のシスターが病院内の廊下をせわしなく歩いている中、そこに検査入院している氷雨トーリ本人もいた。服は一応、検査などが楽なようにと故人で準備した入院用の寝間着―――五着ある内の一着―――に身を包み、点滴用の器具を連れながら歩いていた。

「で、検査の結果はどうだったの?」
「あぁ。一応、問題はないんだと。でも、リンカーコアに付着するように、もう一つコアが出来ちゃってるみたいなんだって」
「もう一個コアが?」
「うん」

 そんなことを彼が話すのは、トーリの妹である氷雨ユリカ。先程まで姉の絵里香がいたのだが、彼女の仕事が舞い込んできたと同時にユリカが後退するように入ってきて、絵里香とバトンタッチした、と言う状況である。どうやら、仕事の程度でどちらかが必ずトーリの傍にいられるように、氷雨姉妹が所属する部隊である『ストライクフォース』の部隊長、エイラ=ユークステッドが計らってくれているようなのである。彼女には、今度感謝の気持ちを込めて何かおくってあげなくては、と内心思っているトーリであった。

「で、検査結果が分かるまでどれくらいかかるの?」
「だいたい二、三時間ってところだって看護師さんとシスターシャッハが言ってたよ」
「じゃ、それまでちょっと歩こ。少し、お兄ちゃんともお話ししたかったし」
「オッケーだ。ま、どうせ暇だしな」

 そんなことになりながら、二人は病院の中庭に出て手近なベンチを探す。しかし、そんな時にトーリの第六感が何かを伝えた。
 彼はユリカに気がつかれないように周囲を見渡す。すると、近くの生け垣の中に誰かがいることに気がついた。

(人、か?それとも迷い込んだ動物か?)

 彼は彼女に悟られないように、何となく生け垣の方によっていくと、生け垣の中から誰かが恐る恐る這い出てきた。
 這い出てきたのは金髪の少女だった。両手で小さなウサギのぬいぐるみを抱き、その表情は、彼女の赤と緑の瞳は、どことなく不安を訴えていた。

「あら、この娘」
「一昨日の件の娘だ。でも、なんで………?」

 その瞬間、トーリ達の背中で一陣の風が舞った。彼らの背中に走るのは極度の緊張感と威圧感。それを感じ取った瞬間、トーリはガーンディーヴァをグローブのみの限定展開をして魔力剣を発現させ、ユリカと金髪の少女を庇うように構える。
 そこにいたのは、教会騎士のシャッハ=ヌエラだった。騎士服に身をまとい、両手には彼女の武装であるヴィンデルシャフトを構えた状態で待機していた。

「シスターシャッハ………?なぜそのような状況になっているのか。説明できますか?」

 先に一言いったのは、兄のトーリではなくユリカ。まさかの兄を差し置いて妹が言うのは何だが、トーリはそれが当たり前のような表情をしている。対するシャッハはまさか彼らがここにいるなど思いもしなかったようで、少し困惑していた。

「それは………その………」
「まぁ、大方この娘が理由なんですね。でも、さすがにちっさい子供に刃物向けんのはいかがなものかと思いますが?」
「っ、でも、この子は!」
(聖王の複製体(クローン)、じゃないですか?)

 トーリが先に念話でそう伝えると、シャッハはなぜそれをというような表情でトーリを見る。それに対して彼は、今はそのことは置いときましょう、と言ってから、シャッハの後ろから来ていたなのはにこの後を任せて、ユリカと共にこの場を後にした。



―――同日、夜

 隊舎内が寝静まった頃。ダンプはただ一人食堂にいた。

「今日は、月が綺麗だな」

 そんなことを一人呟きながら、彼はテーブルの上に置いてある酒―――ワインを一口飲む。そして、今日は色んな事があったなぁ、と一人物思いに耽る。
 その一つが、機動六課にヴィヴィオが来たという事から始まる『なのはママ騒動』と『トーリお兄ちゃん事件』である。前者は、聖王教会の病院からヴィヴィオをなのはが引き取ったことにより、ヴィヴィオが彼女のことを自分の『母親』と思いこんで離れず、フェイトが策をうってその場を脱したことである。
 その時、同じ場所で見ていた某部隊長は、なのはに聞こえないようにこう呟いていた。「無敵のエースオブエースにも、勝てない相手がいたんやねぇ」と。その言葉に、ダンプや傍にいたフォワード陣、トーリとエリーゼすら、苦笑いを浮かべていた。

「あの時の高町隊長の表情は面白かったけど、その後のトーリの驚きっぷりはビックリだったがなぁ」

 実はその話には隠れた続きがあり、それこそが『トーリお兄ちゃん事件』である。なのはが仕事で出かけた後、トーリとライトニングの二人、更にエリーゼがヴィヴィオのお世話をしていたのだが、その時彼女の言葉からふと出た言葉が「トーリお兄ちゃん」という魅力抜群の言葉。いくら妹がいるトーリとはいえ、唐突に言われると何か感慨深いものがあるようで、終始その場でガッツポーズしたまま硬直していたようである。(今は通常通りと変わらずに仕事をし、ヴィヴィオとも遊んでいる)
 つまり、なのはが彼女の『母親』なのだとすれば、トーリは彼女の『兄』と言うことになるそうだ。(スバル曰く)そのことを聞いてなのはとトーリは互いに顔を赤らめ、たまたま来ていたトーリの実の妹であるユリカの砲撃で吹っ飛ばされた。これが、『トーリお兄ちゃん事件』である。

「全く、今日は色々起こりすぎだよ」

 再びダンプはワインを一口飲む。酒には強い方なのだが、最近の疲れの溜まり方が速いせいか、だいぶ酔いが回るのが速くなっているように感じていた。
 酔い覚ましに外に出ようかと思い、食堂からすぐ外に出られるオープンテラスに出る。この時間帯なら一人きりだろうとたかをくくっていたダンプだったが、その予想はすぐに打ち切られてしまった。

「お前は………」
「ん?ダンプさんか。まだ起きてたんすか?」

 そこにいたのはアヤネだった。どうやら、彼も涼みに来ていたようで服装は男性物の浴衣というすぐに寝に入れるような格好だった。そんな彼も、ダンプのことを見つけたせいか少しだけ笑顔を浮かべて右手に持ったグラスを上げる。どうやら、彼も一人で晩酌していたようだった。

「お前も一人か?」
「えぇ。この隊ってほとんど未成年じゃないっすか。だから、付き合ってもらえる人がいなくて」
「私に一言言ってくれれば良かったのに」
「考え事しているようでしたから、声掛けずらかったんすよ」

 そんなことを言いながら、アヤネはテーブルの上に置いてあったチューハイをダンプのグラスに注いでから自分のグラスに注ぐ。
 そして、互いにグラスを軽く合わせてから一口飲む。アルコールの熱っぽい感覚が体を駆け巡っていくが、夜風がそれを心地よい感じに中和していくため、互いに酔いはあまり感じていなかった。

「それにしても、先に一言言っておきますよダンプさん」
「なにかな?」

 アヤネが唐突に言うのに、ダンプは何を言うのかなと少し楽しみな表情でそれを待つ。そして、ややあってからアヤネは彼に言った。

「ダンプさんは、絶対に死なないでください」
「………ふっ、何を突然いうと思ったら、そんなことか。大丈夫さ。私はそんな簡単には死なん………」
「左目、時たま見えなくなりますよね?」
「っ!?」

 不意に核心を突かれたような表情を見せるダンプ。必死に何か隠そうと思考を巡らせるが、アヤネの絶対に逃さないというべき視線に負けたのか、一瞬夜空を見上げてからその場で小さく息をついた。

「いつから気が付いた?」
「先週くらいからですけど、確信を持てたのは今日の個人教導です。あなたから見て、あなたが右側から攻撃を受けた時に比べて、左側から攻撃を受けた時の反応速度が僅かに遅かった。そのあと、私が教導を外れて外から観戦しているときに、ちょっと検査させていただきました」
「遠隔検査、か。前線騎士にも拘らず、流石は医療魔導師の資格持ちだな」
「だてに試験に一発合格してませんからね。それで、本題なんすけど………」
「なるべく前線に出るな、とでも言う気か?残念ながら、それに関してはお断りだな」
「っ!」

 なぜです、とアヤネは強く問おうとしたが、それはできなかった。正面にいるダンプが、彼から放たれる強い気迫と威圧感に押されてしまい、言葉が発せなかったからである。

「もう私もいい年だ。妻が亡くなってから男で一人で息子を育ててきた。息子ももう12歳になる。何かあったときは、ドリアードから息子に直接通知が行くようになっているし、その時は祖母の家に行けと伝えてある。大丈夫なはずだ………」
「でもっ!」
「………と思っていたんだがな」

 急な話題の転換についていけていないアヤネ。そんな彼を見てダンプはちょっとだけ笑みを浮かべてからグラスのチューハイをグイッと飲み干した。その表情は、何か改めて決意したかのような表情にも見えた。

「私がすべきことは、ちょっとした敵討ちだ。それを成し終えるまで、私は簡単に死なないし、必ず舞い戻ってくる………まぁ、体の一部がなくなる程度は勘弁してほしいがな」
「それ、冗談に聞こえないっすよ」
「ははは、冗談だから心配するな」

 あまりにも冗談に聞こえない冗談を受けて呆然とするアヤネをしり目に、ダンプは小さく呵々大笑していた。その声が、まるで天に届きそうな、そんな澄んだ声で。



―――翌日・クラナガン

 相も変わらない賑わいを見せる首都。その道を、ヒスイとローズは二人で同じ目的地を目指していた。ヒスイの右手にはフルーツの盛り合わせが入ったバスケットが下げられており、ローズは今から向かう場所にいる『彼女』が好きな花である勿忘草(わすれなぐさ)で作った花束を抱えていた。

「いつ以来?」
「何がだ?」
「彼女のところに行くのよ。最後に行ったの、何時だっけ?」
「………三か月くらい前だな」
「そっか………」

 ヒスイの言葉に少し悲しみを含んだ表情でうつむくローズ。そんな彼女に、ヒスイはため息を一つしてから彼女の頭に手を乗せる。
 ヒスイの行った行動に少し戸惑いの表情を浮かべるローズだが、そんな彼女をお構いなしにヒスイはそのまま彼女の頭を撫でつける。その行動に、ローズはとても気持ちよさそうな表情をしている。

「大丈夫さ、俺は絶対に、こいつだけは助けてみせるから」
「うん。でも、自分の体だけは、絶対に大切にして」
「わかってるよ」

 そう言いながら、二人が入っていったのはミッドで一番大きな総合病院。二人はナースステーションの看護しに一言挨拶すると、面会申し込みの用紙に記入してから回診に入ってくれている主治医と共に彼女のところへ向かう。
 主治医の話によると、身体的な回復こそしているモノの意識の回復はまだで、人工呼吸器もはずせない状態らしい。その言葉に、安心半分不安半分と言ったような表情を見せるヒスイに、ローズは少し心配そうな表情を見せる。

「では、どうぞ」

 そう言って主治医が病室の扉を開ける。そこは真っ白の部屋で、そこにあるのはたった一つのベッドと、毎日変えてあると思われる勿忘草が入った花瓶のみ。そして、そこにいるのは人工呼吸器をつけた、ヒスイと同じ髪色と瞳の色を持つ一人の少女。

「………ハノン」

 彼女のことを見て、ヒスイは彼女の名前のみを呟いた。そんな彼を横目に、ローズは心の中で呟いた。

(ヒスイさんの妹さん、御剣ハノン。新暦66年のロストロギア『死霊の書≪ネクロノミコン≫』を巡る戦いの中で、その書の暴走により意識不明。ヒスイさんはそのとき、管理局でも指折りの敏腕執務官。だから、その暴走があったことも知ってて、上層部に直談判して事故についての検証とかいろいろやろうとしたけど上につぶされて、結局妹さんは意識不明のまま、か)

 そんなことを心の中で呟いているローズの横で、ヒスイは一人、アドメラレクの銃口を空に向けて何か呟いていたが、ローズにはその声が届いていなかった。

「大丈夫だ、ハノン。俺が、絶対に助けてやる。たとえ、この世界を壊そうとも」

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