小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第16話:新しい力と新しい脅威


―――機動六課・食堂

 食堂のテーブルを一つ占有するかのように、トーリは一人で三台のパソコンに向かっていた。一週間前に病院から退院許可、もとい転院許可をもらい六課の医務室をメインに治療を受けておととい完治。大事をとって三日の休養日をもらった、その最終日。そして今、こうして訓練には出ずにデスクワークのみに徹しているのだ。三台のパソコンをほぼ同時に操作する彼の姿には、すでに完全復活の姿が見てとれる。
 とはいっても、通常のデスクワークはすでにすべて終了しており、いまやっているのは親の会社である『パラディメント』から頼まれている新武装の最終チェックである。
 右のパソコンには指輪のCG映像に多くのプログラムコード、左のパソコンには籠手のCG映像にプログラムコード、中央のパソコンには二砲門一対の砲台のCG映像にプログラムコード、という画面が出来上がり、それらを同時に操作している。

「よし、これでひとつめ、っと」

 トーリが操作コードを打ち込み、エンターキーを押すと、まず右のパソコンのモニターに『completed』の文字が浮かび上がり、それに続くかのように左と中央のパソコンのモニターにも同じ文字が浮かび上がる。

「よし、これで、できた………」

 ようやく完成したのか、大きく息をついて体を伸ばすトーリ。そんな彼の前にある三台のパソコンには、それぞれ次のようなコードネームが表示されていた。

『XS−001 Realize』
『XS−002 launcher』
『XS−003 Strike』



―――翌日。機動六課・隊舎ブリーフィングルーム

 その場所には、なのは、フェイト、はやて、トーリの四人がそろっていた。ちなみに、トーリの後ろには大きなシーツをかぶせた何かが鎮座していた。

「それで、何の用かなトーリ君?」
「実は、折入ってお話がありまして」

 なのはの質問に、少し躊躇うように言ってから、何か決意した表情でトーリはかぶさっていたシーツを一気に引っぺがす。するとそこには、少し大きめのポッドに入った三つの指輪、桃色、金、黒の三色の指輪がふわふわと浮かんでいた。

「これを使ってほしいんです。うちの会社で開発したエース級魔導師専用支援武装『XSシリーズ』を」
「XSシリーズ?」
「はい。設計と開発主任は私が行いました。一応、隊長達の長所を思いっきり伸ばす方向で考えてます」

 フェイトの質問にトーリはそう答えてから、三つのモニターを出す。そこには、各種XSシリーズの特長などが記されたデータ集が記録されていた。

「まず、八神部隊長の武装、コードネームは『Realize』。開発コンセプトは『高速演算』です」
「高速演算?」

 疑問を浮かべるはやてに対し、トーリは黒の指輪を渡しながら説明を始める。

「えぇ。部隊長の特長として、広域かつ高威力の魔法が多い半面、演算速度の影響があってそれらの魔法が素早く発動できない、という状況にありますよね。その演算速度を少しでも短くできないかと思いまして。その結果、形態変形などの機構をすべて取っ払って、すべて演算速度の上昇にあてたんです。その結果、単純計算ですと、リイン曹長とユニゾン状態ですと、デアボリック・エミッションの発動時間を四秒、非ユニゾン状態でも、一秒半縮められる計算になります」
「それはすごいやん!」
「まぁ、その代わり、魔力消費が指先ほど増えまずがね。まぁ、部隊長なら問題ないでしょう」

 その次に、と言って出したのは金色の指輪。それをフェイトに手渡すと、再びモニターを開いてもう一度データを起こす。

「フェイト隊長のものは、コードネーム『Strike』。なのは隊長のものは、コードネーム『Launcher』。どちらのコンセプトも『行動支援』で、フェイト隊長のは『高速攻撃』、なのは隊長のものは『砲撃支援』ですね」

 そういいながらトーリは二人の武装のモニターを展開する。さきほどのはやての武装と打って変わって、なのはのものは大きめの二つの砲門、フェイトのものは肩に取りつくようなブレードと、少々厳ついものとなっていた。

「先にフェイト隊長のほうから説明します。フェイト隊長の支援武装『Strike』は、隊長の高速機動にもほぼ完璧に着いてこられるよう、AIのほうを調整しました。AIリモートによる自立行動で、Strikeのほうは直接攻撃と防御、launcherのほうは砲撃支援と防御を担うように設定してあります。もちろん、魔力量は指先程度増えるだけですけどね」
「それって………!?」
「ものすごいことなんじゃ………!?」

 そんなこんながあって、完全配備ははやての意向でもう少し先になったが、一応配備されることとなった。
 しかし、トーリは安心はしておらず、もう少し消費魔力量を減らせるかやってみます、と言い残して彼女たちのところから立ち去った。
 しかし、彼の表情は今までの中でも一番良い笑顔だったと、のちになのはは語っていた。



―――ミッドチルダ北東部・旧市街地

 今はほとんど人のいない旧市街地。そのはずの旧市街地を悠々と歩く彼女、エリーゼはいた。いつもの管理局の制服ではなく、赤いドレス姿だった。いつもの制服姿じゃないから故か、少々の違和感を彼女自身感じているが、同時に懐かしさも感じていた。

「このドレスを着るのも、何ヶ月ぶりでしかたね」
(ざっと三ヶ月ぶりでしょうかね。しかし、ここに来るのもざっと四ヶ月ぶりですかね)
「まぁ、結構いろんな世界行っていましたし、ほとんど宿泊は局の施設でしたからね」

 そんな会話をしながら、エリーゼとグングニルは市街地のなかを進んでいく。そして、途中のビル街にさしかかった時、十字に手を切る。
 その瞬間、目の前に存在していたはずのビル街が消滅し、ビル街の代わりに森林が出現し、その森の向こうに巨大な屋敷が現れた。

「さて、相変わらずのトリックですわね」
(まぁ、伯父様の趣向ですからね。仕方ありませんよ)

 そんな会話をしながら一人と一機は森の中を歩いていく。そんなとき、彼女に後ろから声をかけてくる人がいた。

「お嬢様、お久しぶりです」
「あら、マキナ」

 そこにいたのは、黒いスーツにハットという姿をした青年だった。その物腰は男性というにもかかわらずあまりにも柔らかい。その青年を一言で表すならば、執事という言葉が一番しっくり来る言葉であろう。
 青年―――マキナ=ロックハートは、彼女に対して敬意を表すかのごとく深い礼をし、茂みに隠していたのであろう馬車を引っ張り出すと、そこに彼女を乗せゆっくりと走り出す。

「それにしても、どうしたのですかお嬢様。本家に帰ってくるなんて、二ヶ月と二十九日振りではないですか」
「よく覚えているのね、マキナ」
「それは当たり前ですよ、お嬢様。なんて言っても、私はお嬢様の執事ですから」

 そんな会話をしながら、彼女たちはそのまま進んでいく。森をどんどん抜けていくと、正面に巨大な洋館がゆっくりと顔をのぞかせてきた。
 これこそが、エリーゼ=S=ロベルタの父が保有していた洋館である。保有していたということで、今は彼女が保有者として成り立っており、実質的な運営のようなものはマキナが行っている。
 エリーゼが洋館の前に来ると、扉からたくさんのメイドが現れ、一斉に「お帰りなさいませ、マキナ様、エリーゼお嬢様」と深々と礼をする。

「お待ちしておりました、エリーゼお嬢様。帰ってこられるなら、一声お掛けになって欲しかったものです」
「ごめんなさいねエルル」

 珍しくエリーゼが謝っている相手は、この洋館のメイド長であるエルル=エリシア。エリーゼが屋敷を留守にしている間、実質的な管理を担っている女性だ。ふっくらとした輪郭の顔に『母』を連想させるような優しい表情の彼女は、エリーゼが幼少の時からずっと共にいる、さながら『姉』のような存在なのである。
 エリーゼが屋敷の中にはいると、懐かしむように中をグルッと見渡す。見事なまでに清掃された屋敷の中を感動するのも束の間、彼女は正面にある大きな階段を軽業師のごとくひょいひょいと上っていくと、そのまま右側にある大きな扉をゆっくりと押し開ける。
 扉を開けた先にあったのは、部屋全体を埋め尽くすような本棚と、それ一杯に詰め込まれた本の数だった。エリーゼの知るような有名な著者のタイトルもあるが、それらはごく一部。本棚にある本の殆どは、彼女も知らないようなタイトルや著者のものばかりだった。その部屋に一歩踏み出すと、すぐに部屋特有の『浮遊感』に囚われる。その感覚を懐かしむようにゆっくり堪能しながら、彼女は部屋の上へ上へと登っていく。システム的には局の『無限書庫』と同じ状況にセットされているこの部屋の上に、彼女が目指す場所はあった。
 後ろからマキナとエルルが着いてきているのを感じながら、彼女は一番上にある地位なさ、人一人が通れるくらいの小さな扉に手をかけ、ゆっくりと開けると、その中に入っていく。入った瞬間、部屋の中にある燈台にボボボッと一つずつ火が着いていき、その部屋の全貌を明らかにしていく。
 部屋の両側を埋めるように据え付けられた燈台のみがある部屋の奥。そこには、小さな墓が二つあった。一つは朱色、もう一つは空色のベールをかけられ、大理石が切ない光を放っていた。その二つの墓には、それぞれ文字が刻まれていた。
 一つには『ブルーム=S=ロベルタ』。一つには『リーゼロンド=S=ロベルタ』。
 そう、この墓はエリーゼの両親の墓なのだ。公共墓地に二人を眠らせることを拒んだ叔父とエリーゼきっての願いで、父ブルームの書斎の頂上にあった小さな小部屋に、二人を眠らせたのだ。
 二人の墓を前にして、一瞬涙ぐみそうになったエリーゼだが、ぐっと我慢してゆっくりと墓に近付いていく。二人の墓の正面に入って、正座してから「ただいま帰りました」と一言言い、その墓に線香を立てて合掌する。ようやく追いついてきたマキナとエルルもまた、彼女にならうように合掌する。そんな彼女の姿を横目で見ながら、マキナは昔のことを思い出していた
 ブルームとリーゼロンド、二人は陸士訓練校で知り合った。授業に出ない癖に成績は異様に良い、漫画に出てきそうな典型的な不良生徒であるブルームと、そんな彼をただすように動いてきた優等生の鑑ともいえるリーゼロンド。まるで対極にいる二人が惹かれあったのは、その関係故だったのかも知れない。一緒に訓練して、同じ分隊に所属して、同じタイミングで魔導師ランクと階級を上げていって、ついに結婚した。エリーゼが生まれ、幸せに包まれた生活を送っていっていたとき、事件は起きてしまった。
 新暦69年に起きたとある事件。その事件は、管理局上層部が秘密裏に行っていたパーティという名の『密会』だった。その当時から不可解な行動や任務が多く出されていた故、不審に思ったブルームとリーゼは、そのパーティに警備員として潜入し、内容を聞き出そうとしていた。しかし、二人をピンポイントに狙った『暗殺者』と、そのパーティそのものを狙った『反逆者』の暴走に巻き込まれ、二人は応戦、暗殺者は逮捕したものの、反逆者のほうの戦闘に巻き込まれ、暗殺者との交戦も原因となり、二人は重傷を負ってしまった。
 その後、すぐに病院に運ばれたが、リーゼは一発の砲撃が致命傷となり、運ばれた直後に息を引き取った。ブルームはその後、何日も頑張ったが、リーゼのことを追いかけるように息を引き取った。その時、まだ僅か9歳だったエリーゼが口にした言葉は「なんでパパとママは起きないの?」という、泣きそうな表情で言った一言。当時は高校生ながら彼女の執事として働いていた彼でも、その時の彼女の表情は忘れられないのだ。

「お嬢様………」

 ふとマキナがエリーゼを見ると、彼女の頬を一瞬キラリと光るものがつたって落ちていった。一つ、また一つと落ちていき、正座した彼女の膝を少しずつ濡らしていく。そんな彼女を支えるのは、もちろんマキナだった。すっと後ろから軽く抱きしめ、彼女の頬に着いた雫を払う。

「お嬢様、いつも強くあろうとするのは、とても疲れると思います。お嬢様は人前では泣かないと、昔から分かっていることです。ですから、たまには強い貴女ではなく、お屋敷にいたときの、寂しがりで甘えん坊な貴女でも良いのですよ」
「そんなこと言って、全くマキナは………」
「それが、私マキナ=ロックハートであり、貴女を守護する盾ですから」

 マキナが言うと、彼の腕の中でエリーゼは器用に回ると、彼の胸に頭を預けゆっくりと嗚咽を漏らす。しかし、何となく我慢しているようにも聞こえる泣き声だったが、マキナの「ここには、二人しかいませんし、私は何も見ていません。だから、安心して泣いて構いません」という一言の後、彼女の声が二人きりの部屋一杯に響いていった。



 夕刻、落ち着いたエリーゼはいつの間にか発展していたマキナとエルルによる即席料理バトルの審査員長を務めていた。審査員はもう一人いて、その少年はエリーゼにとって少しだけ特別な少年だった。

「お久しぶりですね、ヒビキ。今日はチハヤとユウヤは一緒ではないのですか?」
「そんなに僕が来れば二人が一緒だと思っているのか?そんな固定概念はさっさと捨てた方が良いのだよ、エリーゼ」

 少年―――灯牙ヒビキは、エリーゼと同じ少しだけ有名な家の出であり、とある『神格武装』を現頭首から後継した灯牙家の若き頭首である。金髪でまだ少々幼さの残る顔に似つかない金色の瞳の片方を瞑りながら、少年は用意された料理の数々をじっくり眺める。そして、先に出されていた紅茶をすっとすすりながら、ヒビキは彼女に十枚のカードを手渡した。そのカードを受け取ったエリーゼは、少々驚きに溢れた表情をしてから、その三枚のカードを自分の足に着いていたカードホルダーに収納する。

「まさか、この三枚をあなたがお持ちでしたなんて、思いませんでした」
「まぁ、ブルーム氏に頼まれたからな。15になったら、これを渡してくれ、と」
「そう………」

 そう静かに呟いた彼女を見ながら、ヒビキは再びゆっくり紅茶を飲んでから………急に厳しい表情になったかと思うと右手の人差し指に付けていた銀色の指輪を光らせ、イスから勢いよく立ち上がるとそのまま彼特有の『砲撃魔法』の体勢に入った。

「アンジェ、スパークリング!」
(Se encontr)

 抜刀の瞬間、鍔と鞘の合わさる部分から金色の煌めきが溢れ出て、瞬間荒れ狂ったようにその光が強さを増す。その瞬間、剣先から金色に輝く砲撃がシャンデリアの真下をふよふよ浮遊していた黒い蝶を撃ち落とした。
 なにやら嫌な予感を覚えたエリーゼがヒビキを見ると、悟ったように彼は頷いた。深刻そうな表情をする彼に対し、マキナとエルルですら心配そうな表情を浮かべる。

「この場所が奴らにバレたのだよ。たぶん、今の蝶で盗聴してたのだと思うのだよ。『蝶』だけにな」

 そんなボケ今はいりません、とエルルに一蹴されたヒビキは少しだけ肩を落とすが、そんな彼を放っておくように、マキナは空中にモニターとコンソールを出現させると、屋敷を中心としたレーダー網を展開して、がっくりと頷く。

「確かに、来ていますね。ガジェット一型、五機小隊が十、三型が十、あと、たぶん新型が一機」
「新型………このカードを試すのにもってこいですわ。ヒビキ、マキナ、迎撃に出ます!」
「ハナから承知しているのだよ」
「畏まりました、お嬢様。それでは、エルルは屋敷の内部の防御を。ハッキングしてきたら、やり返せるだけやり返してください」
「分かってます………お嬢様、お気を付けて」

 エルルの声を背中に受けて、三人は屋敷の外に飛び出す。まだ正面には敵影が見えないが、マキナのレーダーに因ればもうかなり近くまで接近してきているようだった。
 三人はひとまずバリアジャケットを―――ヒビキは白い騎士甲冑、マキナは黒いボディアーマーと左腕に青の合金アーマー―――展開し、それぞれ攻撃に備えた。

「敵影が見えたら、初撃は私が行きます。お嬢様とヒビキ様は、私が援護するので、各個撃破でお願いします。くれぐれも無茶しないように」
「うん、わかった」
「分かっているのだよ」

 エリーゼは愛槍グングニルを下段に構え、ヒビキは腰を落として半身に構え、中段やや担ぎ気味、視線の前で剣を斜めに構え、初撃を防いでから即反撃に移行できる構えだ。その構えを見て、エリーゼは何となく懐かしさを感じていた。ヒビキの得意な構えであり、本気の構え、『社(やしろ)の型』だった。その彼の隣でエリーゼは、赤槍をグルグルッと回してから、最初のダッシュで勢いを付けてから刺突に入る体勢に移行する。
 その時、マキナが動いた。右手を胸の辺りで水平に空を切ると、彼とエリーゼ。ヒビキを囲うように大量の魔力弾が出現する。空気中に頒布されている微量の魔力ですら自身の魔力に変換するマキナの能力『魔導錬金』、十八番である『全方位射撃』だ。

「Shoot it!」

 発射するためのコードを刻む。『Shoot it』、『撃て』という短い一言で、三人を取り囲む魔力弾はブレるように揺らめき、次の瞬間にはレーダーに写った敵影に次々着弾していった。その殆どは、着弾したものの致命打ではなく、いくらかダメージを与えた程度だった。

「行きますわよ、ヒビキ!」
「分かっているのだよ!」

 瞬間、二人同時に走り出す。既に一型と三型が数機ずつ目視で確認できている。あれが先発隊と考えても、ここで討ち取れば後々楽になることは間違いない。その思いを胸に、エリーゼは構えた槍を一型の胴体向けて鋭く突き出す!

「せぇぇぇいぃぃ!!」

 赤い閃光を伴って突き進む彼女の槍は、寸分狂わず一型のモノアイに吸い込まれていった。突進力の相乗効果で威力が倍増しになった一撃は、一型の胴体を貫通し、引き抜いたときには爆発すらせずに完全に沈黙した。

「スパークリング!」

 ヒビキもまた構えた状態から一気に振り抜き、一型一個小隊をまるまる飲み込む光の砲撃を放って纏めて殲滅する。さらに、振り抜いたアンジェリカを勢いよく切り返して背後に迫っていた三型一機をアンジェリカの剣腹で打って、体勢を崩してから足場にして飛び上がり、上空から再び砲撃を放つ。しかし、その砲撃は三型のAMFに中和されてしまう。

「さすがに厄介なのだよ、あのフィールド魔法」
「でも、これなら………!」

 そう言って取り出したのは、先ほどヒビキから受け取ったカードのうち一枚。額の近くでカードをかざし、ゆっくりと魔力を集中させていく。紅色の魔力光が一段と強く煌めいた瞬間、そのカードの面を三型に向けて叫ぶ!

「魔導符、スカーレット・バースト!」

 瞬間放たれる紅色の砲撃。それは三型の胴体をまっすぐ捉え、中心に風穴を開ける。撃った後の反動と余波も凄まじいもので、直撃を受けた三型の周辺にいた一型も殆ど消え去り、エリーゼの体も発射反動(リコイルショック)に耐えきれず吹き飛び、ちょうど後ろにいたヒビキに受け止められるような形で後退は止められた。あまりの反動の大きさに驚くエリーゼだが、それ以上に驚いているのはヒビキと、今の砲撃を後方から援護射撃のために準備をしていたマキナの方だった。

(あの砲撃、完全に親父さんの『ブラッディバースト』………!?まさか、それを彼女が扱えるように互換して魔導符に埋め込んだというのか………?全く、凄すぎるのだよ、キミの親父さんは)
(あの砲撃はブルーム氏の………。なるほど、そう言うことですか)

 各々感想を心の中で呟きながら、ヒビキは構えたアンジェリカを再び社の型で構え、正面にいる一型二個小隊をまるまる砲撃で消滅させた。残り三小隊。このまま押し切ると心の中で呟くと、正面に鶴翼の陣で展開する三小隊のど真ん中に躍り出ると、構えたアンジェリカを大上段に構えてから、その切っ先を地面の石畳に勢いよく突きつけた。じゃりぃぃぃん、という盛大な金属音を立てて切っ先が石畳に突き立った瞬間、その剣を中心として鶴翼陣形を組んでいた一型三個小隊をまるまる飲み込むような巨大魔法陣が展開される。その色は、目も眩むような金色。その中心で、ヒビキはりんと澄んだ声で咆吼した。

「猛れ………!」

 魔法陣そのものが火柱になったようだった。短縮詠唱(ショートスペル)が発生させられるそのコンマ五秒前にはすでに一型三個小隊の動きは全て停止し、その後発生した光の柱で全て消滅していったのだ。久々に見たヒビキの一撃必殺詠唱魔法を見て、エリーゼは少しだけ身震いした。
 ヒビキの一撃必殺詠唱魔法『ソレイユ』。正確に言えば、広域魔法と遠隔発生砲撃魔法の複合魔法で、ヒビキが使うことの出来る唯一の『超長距離狙撃砲撃』だ。専ら、使いどころは密集している敵に対して行う一斉殲滅だが、こうやって相手の意表を突いて中心に潜り込み、自分を中心として発生させれば一気に殲滅できる、と言うちょっとした裏技もある。
 その遠隔砲撃を放ったヒビキは、発生終了と同時に地面に膝をつく。流石は広域魔法と遠隔砲撃を組み合わせたピーキー性能なだけあって、消費魔力も馬鹿にならないようで、彼は肩で息をしており、ちょっと突けばそのままこてんと倒れそうな勢いでもある。

「ヒビキ、だいじょう………ッ!?」

 労を労おうと彼の近くまで寄った彼女は、咄嗟に背中から来た悪寒を感じてグングニルを自分の体を軸に回転。飛んできた青色の砲撃を真っ二つに両断する。その勢いを利用して、得意でなくむしろ苦手な部類に入る単発射撃魔法を放つ。もちろんその発射先は、先程砲撃を撃ってきた、と思われる場所だ。
 もちろん、威力強化もへったくれもないただの単発射撃だ。着弾した場所でははじけるような音が響き、その魔力弾がAMFに因る無力化を受けたとはっきり分かった。だが、彼女にとって今のは大きなヒントとなった。何せ、『今の一瞬』で敵の場所がはっきりしたのだから。
 エリーゼは地面を強く蹴ると、先程射撃魔法がはじけた場所に突進する。茂みの先から何発も撃ってくる単発砲撃をすんでの所で回避しまくると、彼女は一気に飛び上がる。空中で構えた赤槍を空中から地上に突きつけるような体勢を取ると、そのまままっすぐに槍を突き出した。

「なっ………!?」

 しかし、突きはなった槍は目標に直撃せず、その少し手前で何か強固なものに阻まれるような感覚をエリーゼは得物越しに感じ取った。まるで、槍の刺突を盾で防御されたような、腕がしびれるような感覚である。驚く声を上げたときには、自分の槍が突いているものを認識していた。
 それは、巨大な盾。人二人を簡単に隠せそうなほど巨大な槍を、たった一人の『ヒト』が構えており、その盾の向こうには大砲のような巨大なライフルが構えられていた。先程の砲撃も、これで撃っていたのだろう。銃口からは、余剰魔力である微粒子が、銃口から煙のように揺らめいている。
 その巨大ライフルは、対物狙撃銃(アンチマテリアル・スナイパーライフル)の一つ『PGM・ウルティマラティオ・へカート?』。全長1380ミリ、重量13.8キロ、五十口径という巨大な弾丸を使用する対物狙撃銃は、『対物』を冠するとおり、車両や建造物を貫いく事を目的としており、対人使用は禁止されている。その理由は、『威力の大きさ』故である。軍用車両や建物の壁をぶち抜いて着弾させる威力を持つそれを、対人使用したら受けた対象が木っ端微塵になりかねなく、人道的にも危ういほどの威力を持つからである、という何とかという世界的条約で、対人使用が禁止されているのだ。先程の砲撃も、これで撃っていたのだろう。銃口からは、余剰魔力である微粒子が、銃口から煙のように揺らめいている。
 しかし、それはこれを造った世界―――地球での話である。こちらの世界―――ミッドチルダでは第一この様な火器兵器―――質量兵器の持ち歩きは禁止されているし、使用なんてはもってのほかである。しかし、それを無視するのが、犯罪グループだ
 鈍く黒光りする銃口がエリーゼの眉間を捉え、再びリロードされる。今度は魔力弾ではなく、実弾だ。直撃すれば、確実に死に至る。盾の向こうでライフルを構える『ヒト』の口元が僅かに動いた。

―――コレデ オワリダ アキラメロ―――

 そんな風に動いたように見えた『ヒト』の右手の指が、ライフルのトリガーにかかる。この至近距離だ。直撃は免れないだろう。もしも直撃が免れなくとも、重傷、もしくは死亡してしまう。しかし、グングニルが盾に突き立った瞬間、自分の体が硬直しているため、ここから体を反転させるのはかなり難しい。こうなってくると、回避はほぼ不可能だ。

(ここで、終わるの?そんな冗談………!?)

 でも、そんな不可能は、彼女の前では行動の原動力となる!

(私の前じゃ、意味無いのよ!)

 心の中で咆吼した彼女は、突き立った槍を更に押し込み、銃口と自分の間に『ヒト』の持っていた盾を割り込ませる。こんな事をしても意味がないことくらい、彼女自身承知の上だ。でも、割り込ませたことにより、『ヒト』の反応が気持ち遅くなる。その遅れた反応を以て、彼女は一瞬にして離脱。距離を取ってから再び突撃する。こうなってしまったら、ライフル持ちの『ヒト』は何も対処できなくなった。
 それが狙撃手(スナイパー)の欠点だ。相手が自分に気がつかないうちに射程距離(キリングゾーンに)入れば、即座に脳天をぶち抜くことが可能だ。巨大な盾を使って相手の動きを止め、超至近距離で確実に狙い撃つという、今のような例外もあったが、自分の場所がばれてしまい、尚かつ距離が中〜近距離となってしまっては、単発(ボルトアクション)狙撃銃(スナイパーライフル)ではリロード→発射の一連の動きをやっている間にズバッとやられてしまうため、まず勝機はない。それをライフル持ちも分かっていたのか、腰に下げていたサイドアームであろう『SIG・SG550』を構え、トリガーを引こうとしたときは、もう遅かった。
 ズバンッ!と言う音を伴って、自分の体、右の肩口に叩き込まれる一発の刺突。ご丁寧にも非殺傷設定になっているようで、『ヒト』に与えられる衝撃はあくまでも鈍器で思い切り殴られたような感覚のみだが、それでも驚異の威力だ。十代の少女が放つ突きとは到底思えない。ここから反撃しようにも、右肩へのピンポイント攻撃を受けた上に、そのあまりの威力で体がぐらつく。攻撃の隙に、どうにか体勢を立て直してから反撃しようと体を動かそうとするが、それもままならなかった。既にエリーゼは、次の攻撃に入っていたのだ。

「せぇぇぇいっっ!!」

 最初の一発、右肩口への刺突から、右下への流れるように息つく間もない五連撃。さらに体勢と持ち手を変えて、今度は左肩口から左下への五連撃。ほぼ密着状態から放たれた高速十連撃の連続突きが、アサルトライフルに持ち替えた『ヒト』の体を綺麗にエックス字に突き抜いた。ここで終わりかと錯覚した『ヒト』だが、更なる後悔が彼を襲った。
 彼女の構えた槍の穂先が、真紅に染まっていたのだ。元々の配色が赤だから、変わることのない用に見えるが、かなりの変化を果たしている。
 まさに『血のような』と表現するにふさわしい色だった。持ち手はそのままに、右側に体を捻って力を蓄えるような構え。穂先の揺らめきは収束させた魔力が暴れている故で、次の瞬間には暴走しても可笑しくないような状態だった。そして、『ヒト』の視界には、真っ赤に染まる一枚のカードが、空中からゆっくりと落ちてきていた。

「これで………!」

 エリーゼは滑るように『ヒト』に接近すると、構えた槍を横薙ぎに払うと、切っ先は『ヒト』の体を真横に両断するような軌跡を描いた。もちろん非殺傷設定なので実際に切れたりはしないが、その威力は凄まじい。これで十一連撃。しかし、ここで終わるように、『この技』は設定されていない!

「終わりです!」

 体を反転させ、持ち手を変えるとそのまま縦一文字に切り上げる。槍という長い得物を使っている故、一瞬飛び上がってから切り上げるが、ジャンプの勢いが上乗せされたその一撃で、完全に『ヒト』は沈黙した。ガシャガシャと対物狙撃銃とアサルトライフル、更にヒトを守っていた盾が倒れ、同時にヒトもうつぶせに倒れた。空中からふわりと優雅に着陸したエリーゼは、その長い髪を左右に軽く振ってから、小さく呟いた。

「『ディバイド・ロザリオ』。安らかに、眠れ」

 『断ち切る聖十字』と名付けられたその技は、彼女の母であるリーゼロンドの必殺技だった。右上から左下への五連撃、体勢を反転させ、持ち手を変えて更に左上から右下へ五連撃、エックス字に十連撃した後、そのエックスを断ち切るように、右から左に水平斬り、さらに上から下、もしくは下から上に垂直斬りを放つ秘奥義。それが『ディバイド・ロザリオ』だ。
 完全に断ちきったヒトを見下ろすエリーゼ。その表情には、思いも寄らない表情―――つまり驚きが入っていた。あとから合流したヒビキとマキナも彼女の元に来てから、同じように驚きの表情を浮かべた。

「これは………!?」
「ガジェット………?」
「これが、新型の正体」

 彼女たちの目の前に横たわっていた『ヒト』は、新型のガジェットだったのだ。

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