小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第17話:序曲


―――新暦75年9月1日 機動六課隊舎

 訓練場に一瞬だけ風が駆けた。そして、続けざまに幾条もの風が最初に吹いた風を追随するように追いかけ、仮想廃ビルに直撃、コンクリート造りの廃ビルを八つ裂きにしていった。
 崩れていく廃ビルを正面に捉えながら、青年―――アヤネ=レンジョウは袈裟に振り抜いた刀、愛刀『凶月』を左右に振るような仕草をしてから腰の鞘に収める。それからすぐに、そばに置いておいた2リットルペットボトルに入った冷水を頭から被ると、その場にどかっと座り込む。

「ふぃー、流石に朝っぱらの練習は誰もいないなー」

 そんなことを言いながら、アヤネは大きく伸びをしてからその場に仰向けに寝転がる。寝転がる前に、ステージ設定を森林にしていたため、森林浴をしているような気分になっている。吹き抜ける風は心地よく、二度寝するにはもってこいの気象状況だった。
 このまま他の奴らが来るまで寝ていようか、と思い、彼は近くにあった木にもたれ掛かるようにしてゆっくりと呼吸と心拍の間隔を一定にしていく。これは、彼が安全な場所で寝るときの癖で、確実に深くしっかり眠れるようにする技術的なものである。呼吸の間隔を一定にするのは簡単でも、心拍の間隔を一定にするのは意外と難しい技術だったりするのだ。
 アヤネの意識がゆっくりと遠のいていく。そのままゆっくりとまぶたを閉じ、正面が暗い闇に包まれた、その時だった。

「あれ、アヤネ君?」
「………?」

 ふと声をかけられ、アヤネの意識は半ば睡眠状態だったところから少々強引に覚醒させられた。寝ぼけ眼をぐりぐりとこすりながら正面を見ると、そこにはなのはの姿があった。いつもの教導隊の制服ではなく、管理局の制服に身を包んだ彼女の姿を見るのは初めてかな、とか思いながらアヤネはゆっくりと立ち上がるとそのまま大きく伸びをする。
 「朝から訓練してたの?」と言うなのはの問いに「何となく早起きしてしまって」という言い訳のようなものを言いながら、アヤネは周りを見渡した。

「フォワードメンバーは一緒ではないのですか?」
「え、うん。今日はお休みにしたの。近々、公開意見陳述会があるからね」

 最後の単語、『公開意見陳述会』という単語を耳にして、ようやくアヤネは一番最近にある任務の内容を記憶の引き出しから引っ張り出した。
 『公開意見陳述会』。今日を含め約10日後に行われる、管理局主催の大会議、と言うのが大まかな内容だ。主に管理局の予算の使い道を大衆に知らせたり、これからの政策やら新武装の説明やらを行う、生徒総会の巨大バージョン、と言うのがアヤネの感想である。確か今回は、ひそかに管理局の陸士部隊に新装される新武装『アインへリアル』についての実装やらなんやらの説明を、管理局地上本部の所長でもある、レジアス=ゲイズ中将から行われると言うことで、どの報道番組でもそれなりに大きく取り上げられていた。
 そして、その意見陳述会の警備に、六課が派遣されるというわけになったのだ。もちろん、理由は主犯格が管理局本局を狙っているかも知れない、と言う聖王教会の騎士、カリム=グラシアの希少技能(レアスキル)による予言故だ。そのため、訓練はしばらく午後のみで、たまりに溜まってきている書類仕事を午前中に片付け、その後訓練、と言う流れになっているのだ。

「アヤネ君は、自主練?」
「えぇ。どうも、体を動かしていないと落ち着かない性分でして。こうやって、自主練してるわけです」

 そう言いながら、アヤネは鞘に収めた愛刀を引き抜くとフッと軽く上段から振り下ろす。シュッと刃が鋭く空を切る音が響き、なのはの背筋は一瞬だけぞくっとした様な感覚を覚えた。なのはが彼を教導していた時期からそれなりに時間は経っているが、その頃からかなり厳しい鍛錬を続けてきたことが覗える。腕に着いた多くの切り傷や、前見たときには着いていなかった、頬に着いた十字の傷。どれだけ厳しい現場に繰り出してきたのだろうか。
 何となく心配そうな表情をしていたのか、なのはの表情は少々曇ったような顔になっていた。それに一瞬だけ気がつき、彼女の視線が自分の体に着いた古傷に集まっていることにも気づいたアヤネは、素振りしていた愛刀を鞘に収めてから待機状態に戻すと、彼女の隣りに自然に座る。

「別に、この傷は仕方なく付いた傷だし、別にそこまで深いものじゃなかったんで、気にしなくていいっすよ。そんな顔されると、こっちまで気が滅入るっす」
「ちょっ、そんな顔って、どんな顔なの………!?」

 ふと彼女の頭の上に置かれた彼の手。男のくせに平均より小さく、スバルにさえ「アヤネさんって、手のひら小さいですよね」と時たま指摘される。そんな小さな手のひらなのに、彼の手のひらは何故かとても冷たく感じた。まるで、温度がないような。人肌ではないような感じを、彼女は感じ取っていたのだ。
 不思議に思ったのも束の間、彼女はほぼ無意識のまま彼の手のひらを取っていた。そして、絶句した。彼の手は、人の手ではなかったから。
 あまりにも冷たい、機械の手。なるべく人に近づけるために、『皮膚』としてシリコンを使ってごまかしているが、なのはにはその誤魔化しは効かなかった。第一、彼女は昔から彼のことを何となく不思議だと思っていたのだ。バリアジャケットは軽装の騎士甲冑で、防御力上昇における速度減少を少しでも抑えるため、防御力をある程度無視してその分を速度に回しているような感じだ。もちろん、上半身は肘くらいまでのボディアーマーに軽鎧、と言う出で立ちで、肘から先には防具を着けていない。そのことには、前例としてフェイトのソニックフォームがあるから納得は出来る。しかし、それにもかかわらず彼は訓練時、トーリとの模擬戦で、彼が披露した純魔力剣を右腕だけで防御して見せたし、『刃や槍の穂先を腕で弾く』という言うシーンは彼女が教導していたときにもたびたび見せていた。つまり、彼の右腕は………

「これ、義手でしょ?」
「流石に見破りましたか。いつからお気づきで?」
「最初に気がついたのは、結構前。確信したのは………今」
「そっすか………」

 少し陰鬱としたような表情になったアヤネは、ふぅと一息つくと利き腕である右腕を、左腕で掴むとそのまま時計回しに捻る。その凄まじい光景になのはは一瞬びくりとなるが、それでも目は逸らさない。すると、カチカチッという何かの鍵がはまるような音を鳴らして、次の瞬間にはガチンと完全にはまった音を空間に小さく響かせて右腕が外れ、アヤネの腕は肘から先がない状態になる。

「ま、自分自身あまり気にしていませんからね。こまめなメンテナンスが必要、っていうだけで、あんまり困ってはいませんし。超微量な魔力で動かしてるってだけで、外部からの身体操作魔法の応用ですし」
「でも、身体操作魔法って、体にかける負担が大きいんじゃ………?」

 なのはの言っていることは正しい。身体操作魔法、しかもこの場合右腕の完全外部操作は、腕が粉砕しようとどうなろうと動かし続けるため、体への負担はもちろん、膨大な魔力のリソースも必要となる。アヤネの場合、右腕のみであるためそこまで負担はかからないものの、それでも必要となり、さらに戦闘時にかかる負荷はとてつもないものだ。
 それでも、彼は戦場に居続けた。その理由は、少しでも長い間、この体で戦場(いくさば)の風に身を投じていたいから、と言っていた。確かに、右腕の完全外部操作となると、魔力の寿命も接続している体本体の寿命も短くする。それでも、彼は戦い続ける。それは、彼の信念からだ。

「自分の信念は、助けられる人は全員助ける。自分の体を削ってでも、助ける。だからこそ、自分は医療魔導師の資格を取ったんです。あの時に、自分を助けてくれた、『新緑色の魔力光を持つ騎士』にあこがれて」

 その時に見せたアヤネの表情は、あまりにも穏やかで、しかしどこか強い決意をしたような、そんな表情を浮かべていた。



―――機動六課隊舎・同日深夜・隊舎近くの森林

 夜中。森の中にシュッシュッと言う音が小さく響いていた。何となく寝付けなくて、同室のスバルに内緒で部屋を出てきたティアナは、夜風を浴びようと外に出てきたとき、ふと森のほうから今の音が聞こえてきて、興味本位で音のするほうを見に行った、と言う状況である。
 さくさくという草を踏みしめる音だけを立てながら、ティアナは音のするほうへゆっくりと進んでいく。

「………あっ」

 そして、音の主を発見したとき、彼には聞こえない声で小さく驚きの声を上げてしまった。
 そこにいたのは、トーリだった。練習用の黒のジャージを着込み、左手には純魔力剣、そして右手には、ヴィヴィオを保護したときの日に使っていた槍を持って、異例の二刀流の演舞を繰り広げていた。
 左の魔力剣が空を切ると同時に、右の槍が彼の体を軸にして一回転する。まるで何かの大道芸を見ているかのような光景を、ティアナは目の当たりにしていた。
 トーリは槍のほうを地面に突き刺し、今度は純魔力剣のみの二刀流を披露する。右、左、右、右、左、右、と、途切れない連続剣戟が空を切る。そのたび、周囲の空間をギュバババッ、と言う快音が響き渡った。

「凄い………」
「………誰かいるのか?」

 ふと呟いた彼女の声に気がついたのか、声のする方向に向かって魔力剣を突き出す。それに驚いたティアナは、「私よ」と言いながら茂みの影から姿を現した。いるのが彼女と言うことを知ったトーリは「なんだティアナか」と言いながら近くの木にもたれ掛かる。それを追うようにティアナも彼の正面に来るように芝生に座り込んだ。
 お疲れ様、と言いながらティアナが差し出したのは、隊舎内に常駐してある自販機で買ったスポーツドリンク。夜風に当たりながら少し飲もうかと思ったものだったが、汗だくのトーリを見ていたら、無意識のうちに差し出していた。

「くれんのか?」
「ノド、渇いてるでしょ?」

 わるいな、と少しだけばつの悪い顔を見せてから、トーリは彼女からスポーツドリンクを受け取ると、プルタブを開けて一気に飲む。そんな彼の隣りにティアナは座り込むと、さっき見ていた光景を何となく思い出した。

「さっきの、見てたわよ。凄いじゃない」
「………あぁ、あれか。あれは、俺が御剣に対抗できる、たぶん唯一の方法だ」
「唯一の方法?」

 トーリは、彼女に向かってその理由をゆっくり話していく。そのために彼は、右手を軽く振っていくつかのモニターを出現させると、そこから話し始める。

「まず第一の理由。俺の槍術や格闘戦技、射砲撃戦じゃ、御剣に対抗できない」
「対抗できないと断言する、その理由は?」

 上手くいたいところを疲れたトーリは、目を一瞬だけ丸くすると、すぐさまその理由を話し始める。

「俺の槍術や格闘戦技、射砲撃戦は、全部俺の兄貴、氷雨セイジをモデルにしてるんだ。だから、俺の攻撃の殆どは捌かれる。まぁ、兄貴が単発の攻撃力重視なのに対して、俺は速度重視だから何発か当たったけど、これからはもうそんなに当たらないと思う。だから、新しいスタイルの確立させようとして考えたのが、これだ」

 そう言いながらトーリは立ち上がると、樹に立てかけた槍―――『キア=エウクス=ヘル』を自分の正面の地面に突き立て、更に両手には先程振り回していた魔力剣を出現させる。そして、ティアナはもう一度その魔力剣をまじまじと見た。
 その二振りの剣は、さながら刃のない練習用の剣だ。右手に握られた剣は、漆黒の柄と鍔を持ち、魔力剣の軸となるために、鍔の中央辺りから漆黒の金属軸が伸びている。対する左手の剣は、漆黒の剣とはまるで対になるかのような白銀の柄と鍔、金属軸を持っていた。外観の身は練習用の剣に見えても、金属軸に魔力を通し、

「俺専用の戦闘支援武装『セラフィム』と『セラヴィー』、それにこのキア。この三本が、俺の切り札になる」

 でもな、と言ってから、トーリは夜空を見上げてゆっくり呟いた。俺は、彼が怖い。俺の兄貴を殺したように、俺のことも殺すんじゃないか、そうなったら、俺は彼に勝てるのだろうか、生きて帰ってこれるか、不安なんだ。そう言ったのだ。
 そう言ったトーリをじっと見ていたティアナは、完全に無意識のうちに彼のことを抱きしめていた。たぶん、突然の不意打ちを食らったトーリは面食らったような表情で、今頃固まっているだろう。何が起きたか分からない、と言ったような表情で、「あ、えと、ちょっと、ティアナさん?」と何を言っているのか分からない。
 そんな彼に対し、ティアナはゆっくりと瞳を閉じて彼にしか聞こえないような、小さな声でささやいた。

「大丈夫、トーリなら出来るよ。トーリは、変なところで自信過剰なくせに、重要なところでビビリなんだから。いつもの、自信たっぷりで超努力家のトーリなら………」

 そう言って、ティアナは彼を抱きしめる力を更に少しだけ強める。すると、何か憑き物が落ちたかのように安らいだ表情になったトーリが、彼女の肩口にコトンと自分の顔を埋めた。
 それに驚いたティアナ。次に彼から出てきた「スマン、少しだけこうさせて………」という、今にも消え落ちそうな彼のか細い声にうたれて、いいよと小さく呟いてから、またきゅっと抱きしめる力を少しだけ強める。トーリは「スマン、ありがと………」と言いかけてから、次の瞬間にはすぅすぅと小さな寝息を立てていた。

「こいつ、どんだけ頑張ってんのよ」

 ほんの少しだけ呆れたような表情を、寝ている彼に見せてから、ティアナは彼を抱きかかえるとそのまま隊舎のほうへ連れ帰った。とりあえず、ロビーの所に寝かせておけば大丈夫だろうという考えを持って、ゆっくりと進む。
 それにしても、とふとティアナが思いをはせると、なにやらトーリが口を小さく動かしていた。夜間の自主連疲れで、流石に起きているというわけではなさそうなので、とりあえずは無視していた。しかし、次の瞬間には彼女は聞き逃せない言葉を彼は言っていた。

「ティアナ………ありがと………う………すぅ」
「………!!!」

 寝ている、と言うことを分かっているのにもかかわらず、かぁっと顔が赤くなるティアナ。しかし、ぶんぶんと顔を横に振って、そのまま隊舎のほうへと歩いていった。「怪我しないでよね………」と小さく呟いて。

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