小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第04話:乱入者


Side トーリ

「これで、最後!」

 正面のガジェット、推定距離だいたい100メートル先のガジェットに対して、俺は魔力弾を精製、ジャイロシューターにしてその場で三歩のステップイン。そこから勢いよく踏み込んでから、一気にそのジャイロシューターを正面のガジェットに向けて投擲する。俗に言う遠投ってやつだ。
 遠投で放たれたジャイロシューターは、ガーンディーヴァの軌道補正を受けているとはいえわずかに逸れることもある。しかし、今回は正確な軌道でガジェットに直撃し、その楕円形の体に大きな風穴を空けて爆発させ、最後の一体を仕留める。

『は〜い、これで午後の訓練終了。一旦集合〜』

 なのは隊長の号令を聞いて、俺は一旦大きくのびをしてから返事をして集合場所へと駆け足で向かう。その道中、ティアナとも合流できたので一緒に集合場所へと向かう。

「お疲れ様ね、トーリ」
「そっちもなティアナ」

 今日はあの俺が彼女と話してから何日か経った。その何日かの時を経て(凄い短いけど)、なんとか六課メンバーの女性陣を名前で呼べるようになった。まだ気恥ずかしさはあるけど、それは我慢だ、うん。
 そんなこんなあって、ティアナとも普通に話せるようになったし、アイツはアイツで色んなところで自分に自信が持てるようになったみたいだった。うん、よかったよかった。
 その後、俺たち二人は今日の訓練の反省点などを纏めながら、集合場所へと急いだ。



「それじゃ、今日はここまで」
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」

 なのは隊長の挨拶を境に、俺を含めて元気よく返事する。俺はほぼ体力は限界に近いし、他のみんなも同じみたいだった。顔に空元気の様相がアリアリと浮かんでいるなぁ。

「それじゃ、明日は午前休みね。自主練していく人いたら、その人が訓練場片付けてね〜」
「「「「「はい、お疲れ様でした!」」」」」

 なのは隊長が手を振ってその場を後にする。部屋に戻るみたいな事言っていたけど、たぶん戻った後も陣形の確認とか、メニュー作成とかしているんだろうなぁ。本当、頼りになる上司だ。ワーカーホリックにも思えるくらいの働きっぷり、見習わないとな。
 でも、働き詰めで倒れられても困ってしまう。今度、差し入れがてら何か甘味でも作って持って行ってあげよう。

「それより、自主練していく人いる?」
「あ、俺してくから、先戻ってて良いよ」
「あ、私もちょっとしていこうかな」

 ティアナの声に反応したのは俺とスバル。それを確認してから、ティアナは「頼んだわよ〜」と疲れた声で俺たちに声をかけながら訓練場を去っていく。
 俺たち二人はゆっくりとした足取りで訓練場の中を歩きながら、少し開けた場所を探して歩き回る。
 そんな時、ふと少し開けた場所を見つけたのでそこを今日の練習場所にした。

「それにしても、トーリのコントロールって凄いよね」
「ん、凄いか?」

 不意にスバルがそんなことを言ってきた。俺は昨日届いた自主練用の器具を組み立てながら、スバルにそんな風に返した。特にそこまで凄いとは思っていないんだけど、他から見ればそう見えるのだろうか?

「凄いよ〜。今日の訓練でだって、あの距離を性格に撃ち抜いたんだよ?凄いよ!」
「あの距離なら、ティアナだっていけるだろ?」
「そうかも知れないけどさ〜、ほら、ティアは撃つじゃん。トーリは投げてるんだよ?デバイスで補助してもらってない分、凄いと思うんだよ」
「いや、一応軌道補正は受けているんだがな………?」

 わずかに反論しつつも、なるほど、と俺は何となく思った。デバイスによる補正を受けていない分、ティアナより俺の方がコントロールがよい。その理屈は何となく合っているだろう。だから、俺は何となく嬉しくなっていた。

「そっか。ありがとな」
「どーいたしまして」

 そう言って笑顔を浮かべるスバル。俺はその笑顔を見て、何となく気恥ずかしくなって目をそらし、練習器具の組上げを急ぐ。
 その間、何故かスバルは練習をしようとしないで俺のことをずっと見ていた。なんか、非常にやりづらいなぁ。何だ、俺の背中になんか付いてるのか?

「スバル、練習しないの?」
「うん、しようとは思ってたんだけど、今日はトーリと話したいなぁ、って」
「俺と?」
「うん。ほら、ティアとかライトニングの二人は、連携の関係上話してるけど、私とか今のところ話す機会無いじゃん。だから、こう言うときにでも話しておこうかな、って」

 なるほど、と俺は呟いてから最後の組上げを終了させる。その時スバルは目をキラキラさせてその器具を見ていたけど、俺はそれを極力見ないふりをして器具を立てる。
 俺が練習用にくみ上げていた器具は、前の部隊にいたときもよく使っていた練習器具だ。二メートル四方の正方形の枠の中にネットが張られていて、その表面には九分割に区切られたゴム製の枠がある。これに板を付ければ、地球で言う『ストラックアウト』の道具の出来上がりだ。でも、俺が板を付けてないのには訳がある。まぁ、ただ単に着脱がめんどいだけだけど。

「で、これをどうするの?」
「ん?これをな………ここら辺で良いか」

 スバルが興味津々の表情で俺の目をのぞき込んでくるので、俺はその『的』をある一定の場所まで運んでから地面に固定してスバルのところに戻る。そこには同じく昨日届いた100個ほどのボールが入った籠がある。
 俺と的の間の距離は、だいたい20メートル。横でスバルがキラキラした目で見ているので、とにかく実践して見せてやろう。
 俺はコンクリートの地面を均す。本当は土でやった方が足には良いんだけど、現場はどんな場所か分からないため、ここでやるのも良いと思う。
 地面を均してから、俺は籠の中からボールを一個とりだして的に視線を集中させる。体の調子はよい方。体力が無くなりかけていたけど、今の休憩がてらやっていた器具の組み上げで体力はそれなりに回復した。全力投球は可能だろう。

「右端」
「へ?」
「そこに投げる」

 そう俺は宣言。スバルはどうやらよく意味が分かっていないみたいだけど、その後説明してあげることにして俺は投球モーションに入る。
 即席でつくったプレートに足を合わせる。モーションに入ってから俺は振りかぶり、最初の模擬戦で見せたように振りかぶってからの体を捻るモーションから、俺はボールを投げる。そして、放たれたボールは正確に予告したところに吸い込まれていった。

「お〜」
「次、対角線な」

 そう言ってからまた投げる。ボールはもちろん、俺の宣言したとおりのコースに飛んでいく。
 その後、俺は宣言したところに70球ほど投げ込み続ける。そのたびにボールは俺の宣言通りのコースに飛んでいき、そのたびにスバルが俺の横で歓声を上げていた。うん、今日も調子は良いみたいだ。

「これが、コントロールの良さの正体?」
「ん、まぁ、そうなるな。20メートルくらい離れたところから、思ったところに『投げ込めれば』、ある程度距離が離れていてもだいたいコースには投げ込める。つまり………」
「今日の訓練みたいに、100メートルくらい離れていても大丈夫、ってこと?」

 そゆこと、といって、俺は一旦器具を片付ける。毎日のノルマはだいたい百球前後だけど、初日は落ち着いてと言うことなので三割減で終わらせておく。これを見て、スバルももう終わりと理解して一緒になって器具の片付けを手伝ってくれた。うん、気が利くやつはモテるぞ。スバルがモテるかどうかは知らないが。
 その後、俺たち二人は訓練場のシミュレーターを消すのを忘れずに、一緒になって隊舎に戻る。
 この時、まだ俺は知らなかった。俺が気絶したときに言われたこと、キアに言われたことが、本当のことだったなんて。



Side Another

 隊舎に向けて話しながら歩くトーリとスバル。会話の内容は様々で、訓練に関するものから年相応の内容まで、本当に様々だった。
 そんな時、トーリの目つきが一瞬変化した。彼は感じていた。隊舎の周りを囲むような、異様で怪しい気配を、体全体で感じていた。
 彼は横目でスバルのことをちらりと見る。どうやらスバルはまだ気がついていないようで、先ほどからずっと話していた。

「スバル、ちょっと用事思い出した。先に隊舎に戻っていてくれ」
「え、うん。分かった」

 スバルにそう言い残して、彼は隊舎の先にある橋に向かって駆け出す。もしも『あのとき』言われたことが本当なら、橋の上の方が隊舎などに被害が少ないと考えたからだ。
 彼は走りながらガーンディーヴァとバリアジャケットを展開し、腰に『アレ』があることを確認してから、もう一度加速する。
 橋の上、だいたい橋の中央辺りに着くと、そのまま立ち止まってガーンディーヴァを構える。その構えは、どこから敵が来ても良いように、射出と直接打撃の両方が行えるような構えだ。

「どこだ、どこから来る………?」

 小さく呟きながら、彼は神経を集中させる。もしも彼のことを本当に殺そうとしているものが現れるのなら、その方法は一撃必殺………つまり!

「ふっ!」
「………っ!」

 真後ろから来た気配に反応して、トーリは腰に差してある軍用の大型ナイフを素早く抜き去って真後ろに出す。それと同時に首の後ろで金属と金属がぶつかり合う強烈な炸裂音が橋の上に鳴り響く。

「ぐっ、マジかよ」
「………なるほど」

 真後ろにいた気配は、軍用ナイフと鍔競り合っていた『何か』を引いて後退した。それを逃さないとばかりに、トーリは素早く反転、ガーンディーヴァの弦を引いて魔力矢を射出する。しかし、それはその気配によって簡単にはじき飛ばされてしまう。

「お前、何者だ?」

 トーリが静かに問いただす。彼の正面にいるのは黒髪の男性。装備している浅黄色の鎧で解りにくいが、筋骨隆々な体型、その黒髪で左目が隠れているが顔立ちはよいのが見て分かる。両手には燃えるような真っ赤なガントレットが装備されており、片方だけ見える右目からは、戦闘に向ける思いの強さが感じられた。

「俺は、クロウ=バルチスク。暁の死霊のメンバーの一人だ。早速で悪いが、ボスにとってお前は死んで欲しい存在らしい」
「なんだ、それ?俺、どっかで恨みを買うような事したか?」
「それは俺にも解らん。だがな、ここで死んでくれ」

 そう言いながら、黒髪の男―――クロウはぐっと腰に力を溜めて肩一気に駆け出した。その速度は、フェイトやシグナムをも勝るほどの速度。単なるブリッツアクションにもかかわらず、二人を勝るほどの速度だ。

「ふっ!」
「いぃ!?」

 ギリギリ反応できたトーリは、鼻先五センチの所を通過していく鉄拳に戦慄する。しかし、そこで怯んではいられなかった。右のストレートの次に、ほぼ正反対の軌道から左の鉄拳が飛んでくる。
 しかし、それをもトーリは回避する。自分自身、何故回避できるのか信じられないと言ったところだが、今はそんなことに構ってはいられなかった。
 幾度となく放たれる鉄拳を、最初は悲鳴を上げながら回避していたトーリだったが、徐々に慣れてきたのかしっかりと出所を確認しながら回避し始める。

「ほう、確かに筋は良いな。だが………!」

 何回か避けきった後、クロウが唐突に距離をとった。普通なら自分の間合いに入ってきてくれたその瞬間を逃すトーリではないが、ここはあえて静観していた。その理由は、相手の『中(ミドル)〜長距離(ロングレンジ)での実力が未知数』だからである。先ほどまで行ってきたのは全てが『近距離(クロスレンジ)』。いくら近距離しかやってこなかったとはいえ、そう言う相手が距離をとったら何らかの『隠し球』があって良いという証拠に繋がることが多い。だから、彼も同じように距離をとった。

「なるほど。お前の戦闘スタイルは中(ミドル)〜長距離(ロングレンジ)の射砲撃者(バスター)。俺が距離をとったらすぐに撃ってくると思っていたが、様子見か?」
「さて、どうだかな」

 そう言いながらもトーリは右手をガーンディーヴァの弦に添える。既に射出の準備は完了しているが、相手が何をやってくるか解らないことには何も動けない。それに、今トーリがすぐに動けない理由はもう一つある。

(ダメだ。強がってても意味ねぇのに、思いつく全ての策が全部ぶっつぶされる展開しか思いつかねぇ!)

 トーリは基本的に『策士』と呼ばれるタイプの戦い方だ。策を巡らし、策に相手を追い詰めて確実に仕留める。そう言う戦い方をしてきた、しかし、今の彼には『策が何も思いつかない』。つまり、先読みが全く出来なくなっているのだ。
 ジリジリと距離を詰めるクロウに対し、それに合わせてジリジリと後退するトーリ。しかし、その千日手もじきに終了した。

「―――仕留める!」

 そんな静かな声と同時に、クロウが高速の弾丸となって飛び出してくる。一度障壁で防いでも突進で砕かれ、その後の鉄拳は確実に通してくるだろう。つまり、防御できるのは最初の一回のみ。ならば………

(防御してからの行動………は、アレしかないか!)

 たった一つの策を思いつき、彼は左手に取り付いているガーンディーヴァを外して普通に持つ。それを見たクロウは、にやりと口元を歪めて更に加速する。
 そして―――

「はぁぁぁぁぁ!!!!」

 トーリの張った障壁に、全速力のショルダータックルをぶち込むクロウ。もちろん障壁はその一撃で砕け散り、霧散する。
 そこから更に一歩詰め、鉄拳の射程距離にトーリを捉える。そして、その鉄拳が振り下ろされる―――

-ガギンッッ!!-

「むっ!?」

 そう、振り下ろされた。しかし、その鉄拳はトーリの体を捉えることはなく、代わりに黒い湾曲剣となったガーンディーヴァがクロスになってその鉄拳を受け止めていた。

「これを出させたんだ。責任は………」

 強引にクロウの鉄剣を振り払い、一度距離をとるトーリ。距離をとった先で体勢を低くして、まさに『突進の体勢』とも言えるような体勢をとる。それを見たクロウも、来ると感じて身構える。

「重いぜッ!」
(System Formula start up!)
「行くぞ、クロウ!ゼロヨン!!」

 トーリのかけ声と共に、一度ダンッと言う地面を強く蹴る音が鳴ったと思うと、次の瞬間には『トーリの姿が消えていた』。どこに行ったとクロウが周りを見渡す。が、その時には既に………

「あぁぁぁ!!」
「何!?」

ガキン、と言う金属と金属がかち合う音が響き、クロウの目の前にトーリが現れていた。何が起きた、とクロウが考える前に、再びトーリの姿が消える。そして、再びクロウの死角に現れる。しかし、それにクロウは反応して素早く防御をとる。そして、またトーリは消える。
 まさに神速。そう言って良いようなトーリの攻めの応酬が続く。しかし、それを捌ききりながらもクロウは冷静に対処法を考えて………それを実行に移した。

「ぬぅん!」

 魔力を込めた一撃。それを、トーリが幾度目かの突進のために距離をとり、再び突進に入った瞬間に『地面に向けて放つ』。そう結論はこれだ。止めきれない攻撃ならば、強引に止めればいい。それがこの一撃だ。
 巻き上げられた土煙によって、突進してきたトーリの足が止まる。しかし、このままではいけない、そう一瞬で判断し、そこから移動しようとした瞬間―――

「はぁぁぁぁッ!!」

 既にそれは遅かった。頭上には土煙の中から飛び出してきたクロウが、右腕を大きく振り上げて急降下してきた。空中で加速したのか、既に彼の射程範囲内にトーリの姿が入っていた。
 これは避けられない、その答えは揺らぐことはない。ならば、どうする?トーリが出した答えは………

「これで、どうよ!!」

 そう、彼の出した答えは近距離で放つ『ジャイロシューター』。いつものように振りかぶらず、ただただコンパクトにサイドから小さく速いモーションで投げ込む。
 そして、それを弾くためにクロウは正面に障壁を張る。しかし、その障壁がジャイロシューターに通用しないと解ると、彼は障壁を解除して鉄拳でシューターを弾き飛ばす。
 その瞬間、再びトーリがクロウの正面に現れた。

(ぬ、謀られたか)

 あくまでも冷静に振る舞うクロウ。自分で罠にかかっておきながら、彼の表情は余裕そのものである。そう、彼は、自分の思ったとおり、クロウの罠に引っかかったのだ。
 近距離(ショートレンジ)で放たれた射砲撃をまともに受けないようにするには、まず砲撃を防ぐ必要がある。この世の中には、近距離砲撃をスピードだけで対処する『金の閃光』という二つ名持ちの魔導師がいるが、そのように速度だけで対処出来るのは本当に一握りだけだ。つまり、殆どの魔導師は近距離で放たれた砲撃は障壁などで一度防御しなければ回避は難しい。しかし、トーリの放つ『ジャイロシューター』は、その常識を180°覆すものなのだ。
 まず、彼のジャイロシューターには障壁が効かない。特にその効果は近距離で最大限に発揮される。投擲する魔力球にジャイロ回転―――ドリルのような回転が加わった状態で飛翔する。そして、障壁にぶつかったらその障壁を一気に『削っていく』のだ。そのため、彼のこれには障壁やAMFが効かないのだ。
 つまり、至近距離で放たれたトーリの魔力弾を防御した時点で、この戦いは勝負が決まっていたようなものなのだ。

(だが、しかし………!)

 だが、そこで簡単に諦めないのがクロウである。正面に迫る黒い刃に視線を合わせながら、彼は体を捻って至近距離まで迫っていた刃を回避すると、体が戻る勢いを利用して一気に体を縮ませ、右の鉄拳をトーリの腹部に叩き込む!

「ぐっ………カハッ!」

 腹にたまっていた空気が一気に押し出され、その場に膝をつくトーリ。しかし、その後の追撃は来なかった。それもそのはず、クロウも彼の前方10メートルの辺りで膝をついていたのだ。彼の右肩、浅黄色の甲冑の隙間に浅めの切り傷が着いていたのだ。しかし、浅くともその一閃は鋭いもの。人の体にダメージを与えるにはちょうどよいものだった。

「くっ、流石はヒスイが見込んだだけはある。近接戦闘も出来るとはな。少々見くびっていたようだ」
「はぁ―――はぁ―――はぁ―――そりゃ―――はぁ―――はぁ―――どうも」

 息が切れかけているトーリに対して、今だ問題なさそうに話すクロウ。状況は絶望的だった。このままなら負けることは確実、いっそのこと隊長達を呼んだ方が良いかと考え始めた時だった。
 トーリの正面にいたクロウが、不意に立ち上がった。それに応じてトーリも立ち上がる。足腰にダメージが来ているのか、かなりふらふらとした状態だ。しかし、その彼の状態を見てクロウは彼に背を向けた。

「な、どういう気だ?」
「今のお前と戦う気が失せただけだ。それに、本当は俺はお前のことを殺したくはないのでな」

 そんな捨て台詞とも捉えられる言葉を残して、クロウはその場から消え去った。どうやら、彼がいることで維持される結界が張ってあったようで、瞬間周りの景色が普通のものに入れ替わる。
 トーリはその場に座り込み、その流れで地面に仰向けに倒れ込む。今までのダメージ、正確に言えば、最後に受けた至近距離のボディブローと今まで使っていた『ゼロヨン』の反動が今になってきていたようだった。

「ふぅ、さすがにまだ高速戦闘は慣れねぇな」
(そうそう慣れたら貴方はもっと良い部隊にいたでしょう?それに、今の力でも充分良い部隊に入れるはずですが?)
「別に良いんだよ。だいたい、何で俺が近距離戦闘に強いのかすら解らないだし」
(左様でございますか)

 そんな会話を交わしながら、彼は夜空を見上げる。
 星達が輝いている。しかし、その星はいつもの輝きより、怪しい輝きのほうが強いように感じていた。




 とある研究施設。
 先ほどトーリと戦闘してきたクロウは、そこに転移して来ていた。それは、ここが今の彼の住居のようなものだからだ。

「なるほど。氷雨トーリ、か。確かに、あの戦い方は兄に瓜二つだ」

 そんな独り言を呟きながら、クロウは施設の奥にある住居スペースの一角を目指す。そんな時………

「ク〜ロウ♪」
「っと」

 ふと背中に来た軽い衝撃。こんな事をやってくるのは、この施設内では彼女しかいない。クロウは小さく聞こえないようにため息をつくと、背中にくっついた『彼女』の襟首を掴んで、自分の正面に持ってくる。

「こらカノン。何も言わないで抱きついてくるんじゃないと言ってるだろう?」
「は〜い」

 そう言いながらはにかむのは、同じ研究施設で生活しているカノン=レイナード。プラチナブロンドのロングヘアーを揺らしながら微笑む彼女に、クロウは僅かに笑みを浮かべながらそのまま歩き出す。その彼の後ろにぴったりくっつくようにカノンはついて行く。

「クロウ、今日はどこに行ってたの?」
「ん?今日はヒスイに頼まれごとを食らってな。アイツの下調べってやつだ」
「ふ〜ん………あ、これがその彼?」

 クロウはカノンの問いかけに答えながら、今日回収した彼―――トーリの写真をモニターに出す。その写真を、クロウの横からひょいっと身を乗り出すようにカノンが見る。

「へ〜、結構かっこいいね。私、こういう人タイプかも」
「ほう、カノン。お前、こいつに惚れたか?」
「うん、そうかも〜」

 ニコッと笑いながら言うカノンに、ちょっとばかり驚くクロウ。その後、彼は余計彼のことを殺しにくくなってしまったな、と彼女に聞こえないように小さく呟いた。

「でも、何でヒスイお兄ちゃんはこの人を殺そうとしているんだろうね?」
「それは俺にも分からんな」

 そう言いながら、クロウは背中にくっついてきたカノンを黙認しつつ住居エリアを目指す。しかし、移動の間も彼の頭の中ではたった一つのことしか考えていなかった。

(ジェイル=スカリエッティ、首を洗って待っていろ。絶対に俺が、殺してやる。クイントの仇、この手で討つ!)

 彼の瞳は、先ほどの柔和な瞳とは打って変わって、復讐に駆られた狂気の瞳でしかなかった。

-5-
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