小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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スッと立ち上がると瀾に手を差し伸べる。


「大丈夫か?」
「…あ…」


乙の手を取って立ち上がるとかなりソワソワしている。


「……。あ、あの!!
大変申し訳ありませんでした!!!」


勢い良く深々と頭を下げ謝ってきた。
瀾は目を思い切り閉じ、そのままじっとしている。
よく見ると若干肩が震えていた。


「……」


乙はポフンっとメイドキャップに手を乗せると


「別に怒っているわけじゃない。
気にするな。
ただ…あの荷物にあんなスピードで走ったら危ないだろう?」
「…申し訳ありません…」
「さぁ、顔を上げて」


瀾は恐る恐る顔を上げる。
相手が怯えないよう注意を払い乙が言葉を続けた。


「怪我はないか?」
「は、はい…」
「それは良かった。
…そのメイド服、最近新しく入ったのか?」


本当は事前にリストを見て知っているくせに、いけしゃあしゃあと質問を投げた。


「は、はい!野中 瀾 [ノナカ ナミ] と申します!!」
「野中 瀾…ね。
クス…覚えておくよ♪」


瀾のメイドキャップの上からポフポフと頭を優しく撫でると笑顔を作る。
乙が転がっている籠を手にした時だった。


「野中さんっ!!!!」


遠くからメイドの声が聞こえた。


「あちゃ〜、見つかっちゃったな…」
「…ぁ…」


チラリと横目で視線を送ると瀾の顔色が少し曇っていた。
メイドはツカツカと急ぎ足でこちらへ向かってくる。
乙達の側まで来ると瀾に強い口調で注意をした。


「野中さん!何をしているの!!」
「…あ、あの…」
「乙様、申し訳ありません。
さぁ、早くそれを片付けて仕事に戻りなさい!!」


先輩メイドの言葉に、瀾は言葉を詰まらせた。


「いいんだよ、俺がぶつかったんだから」


穏やかな顔でメイドに言葉を向ける。
その言葉にビックリして瀾は乙に視線を向けると乙は小さく一瞬ウインクした。


「なぁ、そんな事よりカートはないのか?」
「ごさいますが…」
「悪いけど持ってきてくれないかなぁ?
こんな籠でこの量は少し無理があるぜ?」
「…かしこまりました」


メイドはカートを取りにその場を後にした。


「あの…ありがとうございます。
ぶつかったのは私の方なのに…」
「クス…気にしなくていい」


程なくして先程のメイドがカートを持ってきた。


「ありがとう。悪いな」
「いいえ」


瀾が洗濯物を集めていると乙も拾うのを手伝う。
メイドが口を開いた。


「乙様!そんな事をなさらないでください!」
「え?」
「それは野中の仕事です。
それに乙様にそんな事をされては野中の為にもよくありませし、他の者にも示しがつきません!」
「…そ、そうなのか?」
「もちろんです!」


キッパリとした口調に少したじろいだが、すぐに平常心を取り戻すと、こう質問を投げる。


「解った。手出しをしなければいいんだな?」
「はい。さぁ、野中さんも仕事に戻りなさい」
「は、はい」


乙に一礼するとカートを押し歩きだした。
乙も後を追おうとした、その時。


「何・処・へ!行かれるんですか?乙様」
「……」
『う…。め、目ざといな…』


内心ため息をつくと、ゆっくりメイドに視線を向けクールに微笑む。


「さて、何処にいこうかな…」


メイドの手を取ると、廊下を歩きだした。


「勿論、君も付き合ってくれるんだろう?散・歩♪」
「き、乙様!!」
 
慌てながらも手を引かれ瀾とは反対方向へ引っ張られていった。





瀾はカートを押し、洗水所にやってきた。
 
「さて!やりますか♪」
 
心機一転!やる気満々で大量の洗濯物を洗濯機へ。
 
「よし!えっと、次は…終るまで仕込みのお仕事っと♪」


休む暇もなく、厨房へ向かい、夕食の食材の皮剥きを始めた。


『これを乙様が食べるんだよね。
大財閥の娘なんて、もっと冷たいワガママな人だと思ってたけど。
男の人みたいだったし…優しかったし・・・何か意外だったなぁ…』


食材の皮を剥きながら、先程の廊下での出来事を思い出す。
(「いいんだよ。俺がぶつかったんだから」)
 
『乙様かぁ…。また会えるかな?
ちゃんとお礼も伝えられなかったし』


少しボーっと上の空になった。


「野中さん。手が止まっていますよ」
「す、すみません!」


我に返り、またせっせと皮剥きに取り掛かる。

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