「…赤梨 留奈がどうしたって?」
静かすぎる乙の声は、聖慈の声帯の機能を停止させる。
「…ッ…」
全身をガタガタと震わせ、次第に目には涙が溜まっていく。
「所詮、お前はその程度か…。
ならば、赤梨 留奈は俺の物だ。
せいぜい遠くで自分の腑甲斐なさに悶え苦しみ、奴の醜態でも指を加えて見ているんだな…」
[蛇に睨まれた蛙…]
いや、[龍に睨まれた鼠]と言ったほうが正しいのかもしれない…。
幼年期の子供には酷なくらいの威圧感に小水すら零れそうになる。
口を開く事も出来ず、ガタガタと震えながらも小さな拳を握り締め、その腕はフルフルと震えている。
「……だ…」
「なんだ…。この俺に言いたいことがあるのか?」
「留奈……なん…だ…」
「…言いたいことがあるなら、はっきり言え…!!
それとも俺が怖くて言えないか…?」
「留奈は…」
「……」
「留奈は僕のメイドだ!!
どんな事があったって僕が守ってあげるんだ!!!
姉様なんかに渡さない!!!!」
『─…言った!!』
冷たい瞳のまま一瞬、乙の口元が微かに上がった気がした。
乙の右腕が高く上がる。
それを見るとハッと聖慈は固く目を瞑った。
その勢いで小さな瞳から2粒の涙が宙を舞う。
ポフン…
頭に優しく置かれた手の感触に恐る恐る目を開けると、聖慈と同じ目線までしゃがみ、いつもと変わらない優しい乙の顔が目の前にあったのだ。
「よく言った…」
その声には今さっき聴いた無機質な声ではなく、包むような…それでいて力強い優しい声だった。
不意に緊張の糸が切れ大粒の涙が零れては床に落ち、止まる事をしなかった。
「聖慈の[赤梨 留奈を守りたい]という強い意志が俺には伝わったから。
約束する!!お前から留奈を離したりしないと」
「…うッ…ヒック…うわぁあぁん」
大声を上げて乙に泣き付いてくる。
そんな聖慈を抱き締めた。
「…怖い思いをさせて悪かった。
でも…遠い将来、お前は俺よりも冷酷で手段を選ばない、血も涙もない奴に立ち向かわなければならない…。
だから、その強い意志を忘れるな…」
「ヒック…ヒック…姉様より…ヒック…怖い…?
誰…ゥッ…なの?」
その言葉に目を伏せ、聖慈を強く抱き締めた。
「…今は…まだ知らなくていい…
お前は俺が絶対守ってやる…!!」