小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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熱く重く打つ鼓動が、舞緋流にも伝わってくる。
力強い乙の腕…。
そして、今さっき乙の口から発せられた言葉…。
何かを必死に押さえてきた人の腕だと、どことなく悟った。

『熱い…乙様の鼓動…』

乙は今、自分が抱いている温もりに気付き我に返るとバッと離れる。

「わ、悪い…」
「…いぇ…」

2人は昨日座っていたテーブルについた。
軽い沈黙が抜ける。
遠慮がちに最初に口を開いたのは舞緋流の方だった。

「…私…似てるんですか?
…お母様に…」
「……」
「すみません…、余計なことを聞いてしまって…」
「……いや…構わない…」
「…ずっと解らなかったんです。
どうして私がメイド長達に呼ばれたのか…」
「…似てるんだよ、その眼が…」
「そう、なんですか…、だから…」

また沈黙が流れた。

「…ここに居る時以外は何をしているんだ?」
「皆さんと一緒ですよ」
「見掛けなかった…」
「…すみません」

乙はスッと手を差し出した。

「握ってくれないか…」

舞緋流は、ソッと両手で包んだ。
2人の瞳が合わさる。
少し寂しそうに微笑む乙に舞緋流も微かに優しく微笑んだ。

「温かいな…」
「……//」

乙の言葉に舞緋流が少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「…解っていたんだ、本当は…」
「乙様…」

乙の言葉を遮るように、優しく微笑み首を静かに振る。

「良いんです。
1人で苦しまなくても…」

乙は舞緋流の言葉にそっと目を伏せ、はにかんだ。

「フッ…やはり似てるな」
「そうですか…」
「母さんも同じ事を言っていた」
「……」

舞緋流は少しはにかむ。

「でも…違うんだな、母さんは…」
「ええ…」
「舞緋流…母さんに似た眼差し…」
「重なりますか?」
「…ああ、でも…嫌じゃない」
「…そうですか」

舞緋流は手を伸ばし、乙の頬に触れる。
目を閉じ、その温もりを感じる。

温かく…
優しい…
慈愛に満ちた…
過去に感じた母の温もりを懐かしむように…

目を開くと目の前には、舞緋流の瞳が光に包まれ霞んでさえ見える。
母の面影…。
優しく慈愛に満ちた微かな笑顔が舞緋流の顔と重なった。

「乙様…」
「舞緋流…」

『母さん…
貴方の笑顔を俺は忘れられない…
…それでも、良いんだよね…』

乙の笑顔には、いつの間にか物悲しさが消えていた。

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