小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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瀾はまた辛そうに俯いた。
そんな瀾を見て、乙が口を開く。

「一体何が気に入らないんだ。
俺が勝手に連れ出したことか?
それとも、お前がメイドだとバレないか不安なのか?」

…そういう事ではない。
解っていてわざと言っているのか、本当に気付いていないのか、乙は残酷な事を平気で口にする。

「安心しろ、メイクアップは完璧だ。
誰も屋敷の使用人だとは気付かない」

乙は、そういうと瀾の膝元に手鏡を置いた。
仕方なく手鏡を見ると、そこには見たこともない女性が写っていた。
瀾は思わずハッと息をのむ。
普段した事がない、きちんとセットされた髪。
その天辺に細やかに小さなティアラが輝いている。
胸元にも素敵なネックレス。
そして一番驚いたのは、その顔だった。
まるで自分だとは信じられない位に綺麗にメイクが施され、本当にこれが使用人だとはわからないだろう。

「これが…私…?」
「そろそろ時間だ」

乙はスッと鏡を奪い、車から降りるとソッと手を差し出した。

「…行くぞ」

恐る恐る乙の手を取ると、車から降りた。
目の前には目を見張るような立派な建物が構えていた。

圧倒されるような、その建物に軽い目眩さえ起こしそうだ。
不意に乙が支える。

「大丈夫か?まだ頭がクラクラするのか?」

少し心配そうな乙の眼差しにドキッとする。

「い、いえ…」

自分を悟られないように、俯き加減に瀾は答えた。

「ほら」

乙は腕を差し出した。
瀾が訳が分からず困惑していると瀾の手を取り、自分の腕に添えさせる。

「ぁ…///」
「どうした?」

スマートな体の割りには、しっかりした乙の腕…。
かといってゴツイわけでもない。
瀾は、ほんの少しだけ逃げ腰になる。

「そんなに離れていたら歩きづらいだろ、もっとこっちに来いよ」
「あ、あの!!でも…あ…」

その態勢のままグイっと腕を手前に引くと、瀾は反動で引き寄せられた。

「格好が付かないから、それ以上離れるなよ。
恥をかくのはお前の方なんだからな」
「…////」

そういうと履き慣れないヒールの瀾に合わせて歩きだした。
間もなく瀾の耳元でソッと囁く。

「もうすぐ階段がある。
足元に気を付けて、ほんの少しだけ裾を上げて登るんだ…」
「は、はい…//」

瀾は、乙のサポート通りゆっくり慎重に階段を登っていった。

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