小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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辺りはすっかり日が落ちていて、ライトアップされたコンクリートの階段を一段一段、丁寧に登っていく。
隣にはタキシードを着た乙。
まるで本物の男性のように見える。
一メイドの自分が、こんな格好をして、エスコートを受けて…。
まるで子供の頃、夢見たお伽話のヒロインにでもなったようだった。

大きな扉がドアーマンの手によって開けられる。

「わぁ…」

瀾は、その煌びやかな会場に息を呑んだ。
まるで宝石箱の中に入ったようなキラキラ光るシャンデリア。
ホールの片隅には料理が並んでおり飲み物を運ぶホールスタッフが歩き回っている。

「飲み物を持ってくるから少し待っていろ」

しばらくして、乙が飲み物を持って来るとフルーツポンチを瀾に手渡す。
コクリと口にすると、様々なフルーツの味が口に広がる。

「美味しい…」

しばらく飲み物を堪能していると、ホールにワルツの生演奏が流れ始めた。
音楽に気が付くと乙は、瀾に手を差し伸べ静かに口を開く。

「踊ろう」
「えっ!!でも私ダンスなんて…」
「俺がリードする…さぁ!」
「乙様!!!」

グラスをテーブル置くと、瀾の答えも聞かず手を引きフロアへ連れていく。
瀾の腰に手を添え、瀾の手を自分の腕に添えさせ、もう片手を絡める。
瀾にとっては初めての経験で、その距離感さえ解らないまま無意識に少し腰が引けてしまう。
そんな瀾に乙は、

「ほら、もっとこっちに寄って」

と添えている腰の手を引き寄せる。

「きゃっ!」

瀾は小さく声を発すると、小さく一歩乙に近づく。
ダンスとは意外にもお互いの距離が近く、拳が入るか入らないかの距離にたじろいでしまう。
あまりの近距離につい、顔を赤らめて俯いてしまう。

「こんな事で動揺していたらチークダンスなんて踊れないぜ?
変に意識するな。
ちゃんと顔を上げて、踊るパートナーを見るんだ」

恐る恐る、顔を上げるとクールな紳士の顔をした乙の顔が近い。

「あ・あの…やっぱり、私///きゃっ//」

瀾が声を発すると同時に乙が、ダンスの一歩を踏み出す。
乙に半ば引きずられるような感覚があったが、それは最初の2・3歩で、後は乙のリードが上手いせいかスムーズに流れるように踊っている自分がいる。

「…そう、その調子だ。
自分で動こうとせず俺に身を任せて」

不思議な感覚だ。
ダンスなど学校で定番のフォークダンスしか踊ったことがなく、こうした形式的なものなど全く踊ったことなどない自分がこうして踊っている。

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