まるで遊園地のコーヒーカップに乗っているような、周りの景色が流れていく。
しかし意外にもテンポは早く感じることもなく、まさに二人だけの世界だ。
タキシードを身に纏った乙は、本当に王子様の様に映る。
しかし、その顔は落ち着いていてニヒルな印象を受ける。
踊りながら瀾は、乙に口を開いた。
「あの…」
「何だ」
「どうして…私なんですか?
乙様なら、もっと適した方がいらっしゃるんじゃないんですか?
私、分不相応じゃないんでしょうか…」
「それはさっき話しただろう、そのままだ」
相変わらず乙は、顔色一つ変えずに答える。
「アクセ・・サリー…ですか…」
「……」
無言の乙に瀾は伏し目がちに、さらに言葉を問う。
「…私・・・アクセサリーとして乙様の名に恥じをかかせない程度に…
見合っていますか…?」
「…ああ」
「そう、ですか…」
「そんな余計な事を考えてないで、お前も少しは楽しんだらどうだ?
今はお前が普段メイドであることも、俺との階級の関係も全て忘れて夢でも見ていると思えばいい」
相変わらず乙は、クールに口を開く。
曲が終わり、しばし二人は沈黙していると中年の紳士が歩きながら話し掛けてきた。
「やぁ、乙。来てくれたんだねぇ」
パーティーの主催者・雛羽の伯父だった。
乙は瀾からスッと離れると、伯父に挨拶をした。
「そうだ、乙に渡したいものがあってねぇ。
お嬢さん、折角のダンスの最中に邪魔をしてしまってすまないが少し乙をお借りしてもよろしいかな?」
紳士は瀾に了承を問う。
「あ、はい…」
瀾が答えると、乙は瀾に言葉を向けた。
「悪いな。すぐ戻るから、その辺の料理でも摘んで待っていてくれ」
そういうと紳士とホールの奥へと消えて行った。
ホールにポツリと残された瀾は、料理に手を付けることもなく壁の花と化していた。
慣れない会場に段々と不安になり時間が経つのが長く感じる。
「はぁ…」
思わずため息が漏れた。
すると、目の前にグラスが現れた。
「一人かな?」
「え?」
見知らぬ男性が瀾にグラスを差し出していた。
少し軽そうな印象を受けたが、優しそうな美男子の青年。
青年は瀾に笑顔を向ける。