部屋に入り、程なくしてドアからノックの音が聞こえる。
ドア越しに執事が声をかけた。
「お持ちいたしました」
「ありがとう」
乙の声を確認すると、カートを押した執事が入ってくる。
各自の目の前に、まずは先程のケーキが置かれる。
次にお茶のセット。
「乙様は、ケーキに合うようにハイティーには、
みかんの皮をアクセントにしたアールグレイを。
ポットには三温糖をご用意させていただきました。
聖慈(セイジ)様には、チョコレートムースのホットココアを・・・」
聖慈の前には、ホットココアと小皿に乗った板チョコの切れ端が二枚。
「他にご用はございますか?
ご用がなければ、私はこれにて失礼いたしますが」
「いや、ありがとう」
乙が応えると、執事は一礼をし
「それでは、失礼いたします」
と部屋を後にした。
乙は静かにストレートの紅茶を口に含んだ。
聖慈もココアを飲みながら、ケーキに手を伸ばした。
なんだかソワソワしながら、ぎこちない感じが伝わってくる。
「クス…どうしたんだ?」
「あ、いえ…」
モジモジとしながら、たまにこちらをチラチラと見る。
乙は両肘をつき優しく見つめると
「俺の顔に何か付いているのか?」
「い、いえ!そ、そんな事は」
乙の問いに聖慈は、ココアを落とすのではないかという程、取り乱した。
何とか落ち着きを取り戻すと、照れ臭そうに口を開いた。
「…何だか…不思議な感じがします…」
「不思議?」
「はい。僕は姉様達のお顔を写真でしか知らなかったから…。」
「…。…俺がここにいた時、聖慈はまだ赤ん坊だったからな。
その後、しばらくして俺達は留学してしまった…。
親も仕事で帰らない、いるのは大勢の使用人。
こんなただ広いだけの家にお前を一人にしてしまって、寂しい思いをさせてしまったな…」
聖慈の言葉に少し申し訳なさそうに顔を曇らせた。