家に着くと、瀾が乙の所までいそいそと駆け寄ってきた。
「乙様、お帰りなさいませ」
乙がフルフェイスを外し、軽く首を振りながら風を感じる。
瀾に気が付くと、髪を掻き上げチラリと見た。
「瀾、どうした?
こんな所まで出なくても良いんだぞ?」
「ふぁ〜///」
ヘルメットを外し、髪を掻き上げた乙の姿は、瀾にとっては悩殺バリューセットというところだろうか。
瀾は急に腰が砕け、その場に腰を着いた。
「な、瀾!!」
乙は急いでバイクから降りると、瀾に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「は、はい…///」
間近に迫る乙の顔に、思わず瀾は目を閉じてキスを期待してしまう。
「こらこら。
こんな場所では誰かに見られてしまうだろ?」
「あっ!!」
瀾の手を取り、立ち上がらせると頭をポフンと撫でる。
「出迎えありがとうな。
じゃあ、またお茶の時間にな」
乙は静かに屋敷に入っていく。
瀾は何となく残念そうに、しばらく乙を見つめていたが仕事に戻るため屋敷に入っていった。
乙は、部屋に戻ると大きな溜め息を吐き、倒れこむようにソファーにドサッと座る。
手の甲を額に添え、目を伏せる。
リアの最後の言葉が聞こえた気がした。
「…っ…」
不本意だったのかも知れない。
「…愛してる…か…」
愛という言葉は乙にとっては、不誠実な言葉だった。
またしても、遠い過去に乙に向けられた言葉が甦る。
『…馬鹿馬鹿しい。
愛なんて俺には、芽生えることはない。
本気になったって、俺を見ているわけじゃない事くらい手に取るように解る…』
女達は、乙達の加護とステータスを求めて、声を掛ければすんなり着いてくる。
そんな事が繰り返される中、乙の心の中には常に闇が渦を巻いてモヤモヤと漂っていた。
そういう意味ではある意味、輝李よりも冷酷な一面なのかもしれない。
乙自身が、これから起こる事を事前に頭が回らなかったわけでも、罪悪感が無いわけでもない。
しかしあの時、部屋に留まり、リアを輝李の手元から救わなかった自分がいたのも事実だ。