小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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【噂】



ズキン…ズキン…
重く杭を打たれるような、どうしようもない痛みに瀾の瞳から大粒の涙が流れた。
ふと以前、休憩室で乙の噂話を遠巻きに聞いた事を思い出した。



────ガヤガヤ
ここはメイド達の休憩室で使用人達の昼食室でもある。
休憩時間になれば、沢山の先輩達が集まってくる。
いつも瀾は、新人のメイド同士昼食をとったりお茶を飲んだりしていた。
メイド達もやはり女の子。
この休憩室で繰り広げられる話題は、女の子特有の噂話やファッションの話が飛びかう。
特に毎日のように話題に出るのは輝李という人物と乙の事だった。
新人の瀾達にとっては、屋敷内の唯一の情報源だ。
それに6人用のテーブルが4つほど置かれている程度のスペースで、先輩達の話は嫌でも耳に入ってくる。


「ねぇ、乙様と輝李様どっちが好み?」
「私は輝李様かなぁ。
猫フェイスだし、元気な悪戯っぽい感じが可愛いわよぇ。
小悪魔って感じでぇ〜」
「何言ってんのよ!!
乙様の方が良いに決まってるじゃない!!
あのポーカーフェイスが素敵♪
しかもクールなのに優しいんだよねぇ♪」
「輝李様だって優しいわよぉ」

先輩達の話は尽きる事がない。
先輩メイドの話に耳を傾けながら留奈が瀾達に話し掛ける。

「ねぇ、乙様と輝李様って会ったことある?」
「ううん、ない」
「毎日のように話題にあがってるじゃない?
なのに、この屋敷では見たことがないなんて忙しい人なのかなぁ?」

そんな時、舞緋流が口を割った。

「あら、確か2人とも今は留学中のはずよ。
たまに帰って来ているらしいけど。
私も会った事はないけど、顔なら知っているわ」
「会った事がないのに、顔を知っているってどういうことですのぉ?」

もう一人のメイド、
櫻井 かなえ[サクライ カナエ]が質問をした。
舞緋流は、周りを少し見渡すと身を乗り出し気味にヒッソリ小声で答えた。
思わず3人は耳を近付ける。

「…実はね。私、2人の写真持っているのよ」
「ええ〜!!!!!」

留奈と瀾の2人は、立ち上がると興奮気味に大きく驚き、慌てて周りをキョロキョロと見渡すと座り直し、また舞緋流に向かい小さくまとまり詰め寄った。
瀾が、小声で舞緋流に質問する。

「今も持ってるの?」
「ええ。あるわよ」
「見せて見せて!!」

留奈も興奮気味に詰め寄る。
舞緋流は、辺りを伺いながらポケットから2人の写真を出し、テーブルにソッとおいた。





「…これよ」
「わぁ…////」
「まぁ…」

3人が一斉に、ため息混じりの声を漏らした。

「でも、この写真一体どうしたんだよ?
アタシ達みたいな新人が手に入れられる代物じゃないんじゃない?」

留奈が舞緋流に不思議そうに聴く。

「クス…貰ったのよ。
必要になるからって」
「誰にですのぉ?
そう言えば舞緋流さんお仕事中、私達と一緒になる事ありませんわよねぇ…」
「クスクス…内・緒」

かなえの質問に舞緋流は悪戯っぽく笑った。
そんな時だった。
休憩室に1人のメイドが勢い良く入ってくる。
何やらだいぶ興奮気味に息を荒くし朗報!!とばかりに口を開いた。

「ねぇ!!大変よ!!
乙様が帰ってくるんですって〜!!」

途端に休憩室中にメイド達の黄色い悲鳴が響き渡る。
まるで学生寮の様な騒めきが、辺りを埋め尽くした。

「輝李様も帰ってくるかしら?」
「美容院行ってこようかなぁ?」
「乙様とお話するチャンス!!」
「きゃ〜ん!!
私、乙様に抱かれたらどうなっても良い!!」
「辞めちゃった乙様のお部屋番の空席、まだ決まってないんだってえ」

物凄い騒ぎように瀾や留奈達の新人は気後れどころか、若干引きさえしている。

「凄いな…」
「う、うん…」

こんなにまで騒がれる程の存在の乙と輝李という人物とは、一体どんな人なんだろうか?
瀾は、そんな事を思った。
騒めきも治まる事もなく、ふと1人のメイドが口を開いたのが聞こえた。
 
「私も一晩で良いから乙様とすごしたいなぁ。
ああ〜ん!!乙様のペットになりたーい!!」
「…でもさ、ミステリアスな乙様には、タブーがあるってもっぱらの噂だよね」
「私も聞いたことある!!
タブーって何だろう?」
「それがわかれば、お部屋番になれるかも?」
 
騒いでいたメイド達も口々に答える。

「なんでも、それをするとアッサリ捨てられるんですって」
「ああ、この間もペットの1人が乙様を訪ねて来てたよね?」
「そういえばさ。
だいぶ前に辞めたメイド、実は乙様のお気に入りだったって本当?」
「ああ、そんな子いたよねぇ。
輝李様にも色目を使ってたって話じゃない?
あんな子辞めて当然よ!!」
「だいたいさぁ、乙様と輝李様の二股なんておこがましいわよ!!
タブーじゃなくても捨てられて当然だよ」

女の争いとは恐ろしい。
しかし気になるのは【ペット】という存在だ…。
瀾は、先輩達の話から耳を避け、留奈達に話かけた。

「ねぇ…ペットって何の事かな?」
「いやぁね、瀾ったら。
決まってるでしょ?
アッチのお相手のお友達の事よ」

舞緋流が小声で答えた。

「アッチ?アッチって何?」

きょとんとした瀾の質問に留奈、舞緋流、かなえは、たまらずクスクスと笑いだした。
瀾は、皆のその反応に少し膨れると留奈が笑いなら答える。

「クスクス…愛人の事だよ」
「愛人?」
「そ、つまり……の事」

留奈は瀾に耳打ちをした。

「セッ…!!!!」

それを聞いた瀾は途端に顔を真っ赤にして思わず口から、その単語を発しそうになった。

「何でも、相当の数の愛人がいるらしいわよ」

舞緋流が口を開いた。

「いくらハンサムでも私、そういう男の人嫌い!!」
「あら、瀾は知らなかったの?
乙様と輝李様は女の人よ」
「ええ!!」

舞緋流の言葉にさらに目を丸くして唖然とした。
かなえも考え込みながら口を開く。

「確かにあの写真だけでは女の人なんて普通、気付きませんわぁ」
「まぁ、イケメンだしねぇ、仕方ないよなぁ」
「もう、留奈まで!!
男の人だろうが女の人だろうが、私はそういうのは嫌いだよぉ」

瀾はまた、ぷぅと膨れっ面になる。

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