【悪魔の真珠】
あれから2人の時間はゆったりと進んだ。
乙は、寮制だというのに学院が休みの時には屋敷に帰ってくるようになった。
由緒ある女子校なのに、制服はズボンタイプとスカートタイプがある学院だった。
乙はもちろん、ズボンタイプを選んだ。
乙が帰ってくると瀾は、すぐ様ティータイムの用意をしていそいそと乙の部屋に急いだ。
ノックして中に入ると、瀾は乙に駆け寄り腕に包まれる。
「乙様〜!!」
「クス、ただいま」
「お帰りなさい!!」
キスを交わし、ティータイムを過ごす。
あの日、2人の間に交わされた小さな約束。
≪「遊びでもいい…。
今だけ…ほんの少しの間…
夢を見ても…良いですか…?
乙様のお側に…」
「…瀾…」≫
お互いが暗黙の了解で、それ以上の事は聞かない代わりに乙の気持ちが入っていなくても瀾は、今の時間を本当の恋人のように過ごすようになった。
そして、乙もそんな瀾の気持ちに応えた。
「乙様、学院には慣れました?」
紅茶を入れながら瀾が尋ねた。
「ん?ああ、まぁな」
紅茶とお菓子をソファーに座っている乙の前に置くと、隣に腰掛け寄り添い上目遣いに見つめた。
「乙様、おモテになるから心配です」
「心配?何が?…浮気か?」
浮気…そんなもの乙にとっては、あってないようなものだ。
それは瀾にも充分解っていた。
自分もその1人だと…。
しかし瀾は、あえて顔には出さず甘えてみる。
瀾の頭を撫でると乙は優しく微笑んだ。
「するように見えるのか?」
「…少し」
瀾は悪戯っぽく笑った。
「クス…参ったな。
瀾、今日は部屋に泊まってけよ。
せっかく帰ってきたんだから」
「はい///」
「新しいメイド服、似合ってるな」
「本当ですか?」
「…ああ、選んで良かった」
他愛のない会話が部屋を包み、瀾から笑顔が絶える事はなかった。
夕食を終え、乙の部屋に向かうと乙がドアまで出迎える。
瀾にとってこの一日は、ひととき、ひとときが幸せで、このまま時が止まれば良いとさえ思ってしまう。
週に一度の2人の時間…。
乙の笑顔が自分だけに注がれる時間…。
そして、次の日には学院に戻る。
毎日、瀾の仕事が終わると乙と電話をして…。
そんなある日、瀾はいつものように乙の部屋を掃除し、ベッドメイクをするため寝室に向かう。
「瀾…」
まるで乙の声が聞こえるようだった。
幾度となく、このベッドで乙と肌を共にして。
思えば、瀾を初めて快楽の世界へいざなった相手も乙だった。
ベッドに座り、指でベッドをなぞる。
ポケットから乙から貰った携帯を手に取り、じっと見つめた。
『今頃、乙様は授業中かな…』
そんな時…
1人の足音がゆっくりゆっくりと、乙の部屋に近づいていた。
「乙様…」
そんな事とはつゆ知らず、瀾は乙のベッドにポフンと身を委ねた。
──廊下を静かに歩く一人の影は、屋敷を迷うことなく乙の部屋へ向かっていた。
一枚の少女の写真を手に、薄気味悪く口の端が上がった。
「…クス…ショータイムだ…
…ね?乙…」
身長165のスラリと伸びた手足。
サラサラのストレートのショートヘア。
どこか妖艶さの漂うパッチリとした瞳。
少年を思わせるような中性的な雰囲気。
そう…
月影家の次女。
乙の双子の妹で、乙の元ペットのリアレインを連れ去った−8[エイトアンダー]の司令塔。
と呼ばれる
月影 輝李[ツキカゲ キリ]だった!!─―