小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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「はぁ…」

瀾は、乙のベッドにうつ伏せに、温もりの余韻と黄昏に身を委ねていた。


…そんな時、乙の部屋のドアが、ゆっくりと静かに口を開いた。
音もなく一歩ずつ、輝李が部屋のメインルームに入ってきたのだ。
輝李は不意に、部屋にいる人の気配に気が付く。

ベッドルームに視界を向けると、瀾を確認した。
ギラリと獲物を狙うフクロウのように妖しく笑みを浮かべ、小さく囁いた。

「……見つけた…」

輝李はベッドルームの縁に腕を組んで寄りかかり、瀾の様子を見ていた。


「乙様…」

ため息混じりに瀾は黄昏ている。
輝李は、目を伏せクスリと笑うと次の瞬間!!
寒気を催すようなオーラを放ち、氷の表情で少し大きな声で存在を主張した。

「何をしてるのかなぁ!!」
「ッ!!!!」

輝李の声にビクッと振り向くと以前、写真で見たことのある人物に気が付いた。
輝李は静かに口を開く。

「野中 瀾…だね」
「……!!」
「乙のお付きのメイド…。
フッ…それにしては乙のベッドに横たわってるなんてメイド失格だね!!」

輝李の言葉にハッとして、慌ててベッドから飛び降りる。
深々と頭を下げる。

「あ、あの…!!申し訳ありません!!!」
「それと、メイドは仕事中に携帯電話を所持することは許されてないはずだけど?」

輝李は、チラリとベッドの上に置いてある携帯電話に目をやりながら吐き捨てた。
瀾は、サッと携帯を手に取ると、後ろ手に隠した。

「あ、あの…こ、これは…」

自分の失態に瀾は、申し訳なさそうに俯いた。
輝李はゆっくりと瀾に近付き、瀾の周りをグルリと歩きながら、瀾の頬から首元をスルリと撫でた。
それはまるで、まとわり付く蛇のように…。

「ああ…そういう事か…なるほどね…」

何かを悟って笑みを浮かべたが、次には、冷たくはき捨てるように続けた。

「フン!!たかがペットのくせに!!
身の程を知らないとは、この事か!!」

見下すような冷たい瞳…。
嫌悪感がヒシヒシと肌を刺し、瀾は寒気をもよおした。
言葉を失っている瀾に輝李は、悪魔の微笑みを浮かべ、恐ろしい一言を投げた。

「さて…僕の相手もしてもらおうか。
今まで感じた事がないような世界に飛ばしてあげるよ…」
「あ…ああ…」
「…最も、帰ってこれるかどうかは保証しないけど?」
「…あ…あ…」

その威圧感に瀾は、顔を真っ青にして一歩後退る。

「そうだ、壊れちゃうかもしれないんだ。
最後に乙の声を聞かせてあげるよ、その携帯電話でね…」

そう言うと瀾の手から携帯をもぎ取り、乙の携帯にコールを入れた。



── 一方その頃、乙と言えば…

前半の授業を終え、昼休み中だった。
学院の中庭を散歩している時、携帯のコールが乙を呼んだ。


ピリリリ…ピリリリ…


ポケットから携帯を取り出そうとすると、背後から若々しい声が乙を呼び止めた。

「お姉さまぁ〜!!」
「…?」

駆け足に乙の胸に飛び込むと、あどけない笑顔で微笑む。
見た目は小学生に見える程の童顔の少女。
乙の手の中で恋しそうに鳴く携帯に気が付くと、甘えながらも「メッ」とばかりに上目遣いで注意をする。

「あ!!携帯電話!!学院内で携帯電話は禁止ですよ?」
「あ、ああ。緊急用なんだよ」

乙は、困ったような笑顔をみせる。
未だ鳴り止まない携帯に女生徒は、ぷぅと膨れる。

「着信、誰ですかぁ!?貸してください!!」
「お、おい!!」

そういうと、タジタジな乙の手から携帯をもぎ取り携帯の画面を見る。
(野中 瀾
090◎★◆…
)

あからさまな疑いの目を向け、さらにふくれる。

「…女の名前」
「ん、んん。そ、そうだな…」

乙は、困った笑顔で目を反らし、人差し指で頬をかいてはぐらかす。
途端に女生徒は、通話ボタンを押すと電話に対応した。
…と言うより一方的に話し始めたと言った方が正しい。

「もしもし?
乙お姉さまと私の邪魔しないで下さい!!!」

それだけ言うと、勝手に電話を切ってしまった。
乙は、ため息をつくと女生徒から携帯を取り返す。

「お、おい。勝手に人の電話に…」
「だってぇ〜」

乙は、携帯をポケットにしまうと女生徒と共に学院内のカフェへ向って行った…───


輝李は瀾をベッドに押し倒し、手首をしっかりと片手で押さえて携帯をスピーカー設定にし、少し長く呼び出すと電話に出たのは見知らぬ少女の声だった。

「もしもし?乙お姉さまと私の邪魔しないで下さい!!」

プツッ…
ツ・ツ──…ツ──…

それだけ言うと電話は切れてしまった。
輝李は、それを聴くとさも楽しげに怪しくニヤリと笑う。

「クスクス…【GAME OVER】だ」
「…ああ…あ…」
「残念だったね」

パチリと携帯を閉じるとガラリと妖艶と冷徹な表情に変え、静かに囁いた。

「…続き…やろうか…」
「…い…ぃゃ…」

瀾の顔は恐怖と戦慄に満ちた。
輝李の表情と声に血の気が引く限界を超え、ガタガタと震えている。
そんな瀾に輝李は追い打ちを掛けた。
最悪で残酷な…


「そんなに乙が好き?なんなら…」

輝李の声が、ガラッとトーンダウンして低い声でこう言った。

「お望み通りアイツの声で抱いてやるよ」
「…あ・ああ…
イヤ゙ア゙ァア゙ア!!!!!!」

瀾は目を見開き、断末魔の叫びを部屋中に響かせた。






そう…その声は…
乙の声だったからだ…。

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