小説『365本の花』
作者:STAYFREE()

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「あのさあ、毎日花を買いに来る男の子のことなんだけど……」
 次の日の朝、店を開けてすぐに隣の八百屋の主人が話しかけてきた。
「あの男の子、うちの孫と同じクラスの子だったんだよ。こないだ、あの男の子が花を買いに来た時に孫が見ていてね。男の子のことを教えてくれたんだ。どうやら母親を病気で亡くしたみたいだ。それから学校へ行かなくなってしまったみたいでさあ」
「そうだったんですか……。お母さんをなくして相当、ショックだったでしょうね。」
 
 八百屋の主人からその話を聞いて、僕は8年前に亡くなった自分の母親のことを思い浮かべた。
 母親は実家の庭で花を育てるのがとても好きだった。朝顔、菊、千日紅、クレマチス、ヒガンバナ――。たくさんの種類の花が我が家の庭にはきれいに咲いていた。
 僕は家の庭のきれいな花を眺めるのがとても好きだった。天気の良い日は太陽の光を浴びて輝いている花を何も考えずにのんびりと眺めたり、雨の日には雨粒が花びらに残り、透き通った水滴が浮かんで見えるその光景にとても癒されたり――。
 ある夏の日。学校から帰ってきて自分の家の庭を何気なく見ると、いつもは生き生きと咲いている花たちが皆しおれて首をもたげていた。地面は乾ききって肌色になりいつもとは違う色だった。
 その理由はそのあとすぐに分かった。いつも花に水遣りをしている母親がいなくなっていたからだった。
 母親はその日、突然家を出て行った。
“しばらく、戻りません”
 その一言だけが書かれた小さなメモ紙と、普段は飾られていない白くて小さい花がたくさんついた植物が花瓶に生けられてテーブルの上に置いてあった。理由は全く分からなかった。
 父親との間に何かあったのだろうか? いや、それも特に思い当たることはなかった、息子の自分から見て、両親は普通に仲が良いように見えていたからだ。
 母親から家に連絡が来ることはなかった。そのまま、1年半の月日が流れた。
 そしてある日、まったく知らない東京の病院から電話があった。母親が事故で亡くなったとの知らせだった。
 その時の僕には母親がなぜ東京に行ったのか、なぜ家族のもとを離れたのか、まったく想像がつかなかった。
 僕は高校を卒業して上京し、花屋でアルバイトを始めた。母親が出て行ってからは僕が実家の庭の手入れをしていた。その経験を生かして、花屋で働きたい。そう思ったのだ。
 そして、花屋でバイトをして花のことを勉強してわかったことがあった。母親が家を出て行った日にテーブルに生けられていた白い花はユキヤナギ。その花言葉は“自由”。母親は自分の人生のために家族を捨てて出て行ったのだと思った。無理やりにでもそう解釈することにしたのだった――。

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