小説『夢幻奇譚〜上杉軍神録〜』
作者:maruhoge()

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「うわぁ……直江様怖いなぁ」



隣に座っている長秀殿が呟くのが聞こえる。




「長秀殿は直江殿が怒っているところを見たことはないのですか」


「無い無い、全く無い。僕は武官だし、内政官やってる直江様と会う機会なんか無いしね。聖正君は見たこと有るのかい?」


「有りますよ」


「有るんだ……」




基本的には為景様が何かやらかした時とか、親衛隊内で口論になっている時とかなのだが………まぁ、あれは怒りの種類が違うか。


兎角、長尾家に仕えて日の浅い割には直江殿と行動を共にする事が多い俺は、割とそういう一面も見るのだ。



「そういえば長秀殿の部隊はどれ位の被害でしたか」


「う〜ん、死者は無しだけど負傷兵が10人程かな。中条様が先行してくれたから被害が少なくてすんだよ」


「中条殿の被害は分かりますか」


「死傷者合わせて10人程だって聞いたよ」



流石は中条殿の精鋭部隊だ。伊達に最前線で戦ってないな。



しかし500の内、50の被害を受けた。残りは450だが負傷した者を運ぶ者が必要になる。負傷者一人につき二人は付かなければならないのだから、戦闘可能な人数は少なくとも400を下回る。


俺と直江殿の部隊は無傷だが、大将の前原民部の部隊の被害が30程。実質、150から120に減り、其処からまた30は減るわけだから前原民部の部隊は100未満となる。其れに安田、中条両氏の部隊の事もある。




「少し心許ないな」



「そうだね。前回小競り合いが起きた時は、宇佐美、柿崎両氏の兵力合わせて700から900だったらしいから」






其処で虎千代様の言葉が頭に過ぎる。




『嫌な予感』




背後に控えているのが若し神算鬼謀と謂われる宇佐美ならば如何する。俺が宇佐美ならばどの様な策を取るか。




「……長秀殿」


「何だい」


「一刻も早く春日山まで撤退しなければいけないかも知れません。中条殿に周囲の警戒をお願い出来ますか」


「分かったよ。虎千代様の言も気になるからね」



そう言って長秀殿は陣幕の外へ走っていった。


そして俺のやる事は………



「前原民部様、直江大和守様、少し宜しいでしょうか」


「何じゃ!! 貴様如き若造が口を挟むでない!!」


「ハッ、しかしながら此処は自領内とはいえ、敵対勢力の領内と一番近い場所に御座います。此処で敵が城から兵が押し寄せてきたら、我らは壊滅する恐れがありますれば、此処は一刻も早く撤退するのが得策かと思います」



直江殿の顔を見やる。意図を理解してくれた直江殿が援護を入れる。



「確かに立森の言う通りだな。此の場での討論は不毛だ。城にて白黒はっきりつけようではないか」


「ふんっ、貴様等に言われずともそうするつもりであったわ!!」



如何にも俺が気に入らないらしい前原民部は自身の部隊へと怒気を抑えることなく帰っていった。



「済まなんだ、立森殿。恨まれ役を買わせてしまって」


「お気になさらず。恨まれるだけで壊滅が避けられるのであれば幾らでも買いましょう。其れより、早く撤退しましょう。戦場に長居して良い事は有りませぬ」


「………そうであるな」





こうして多少手間取ったが、何とか撤退の準備が完了したのであった。

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