小説『くっだんねー!』
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じゅうわ―――薪で



―――川原付近にて。

「椎名さん、椅子がもう無いよー」

 遠くの方から柊が重そうに椅子を抱えながらテーブルの備え付けられた場所に歩いてくる。

「困りましたね、3つしかないんですよ、後3つも足りません」

「あと1つでいいと思うよ、あの2人は来ないと思うから」

 椎名の隣で紙コップを並べる栗歌はそう言った。

「なんでですか?」

 それを聞いた椎名は不思議そうに首をかしげる、それと同時に栗歌は少し困ったような表情をすると。

「青谷君はあの性格じゃ来ないと思うんだ、それに私は見暮さんと一緒の中学だから知ってるんだけど、あの人、ずっと1人でいたのよ、だから来ないと思う」

 それを聞いた椎名は少し不服そうに口元を歪めるが、そうですかと一言だけ言い、それ以上は意見を出さなかった。

「でも、2ついらなくても後1つ、朱雀君の分がないよ」

 柊が困ったように口を開く。

「それなら心配要りません、私にいい考えがあります」

 椎名は笑顔でそう言うと、走ってどこかへといってしまった、残された2人は何がなんだかわからず首を傾げた。




―――一方

「おい飯だ、食え」

 川のせせらぎに耳を傾けていた青谷の耳元で聞き覚えのある奴の声がした、青谷は目を開け、そのわかりきっている声の主に目を向ける、零だ。

「あ? テメェの飯なんて食いたくねぇな」

 青谷は嫌そうに顔をゆがめてそう言った、それを聞いた零は焼きそばを投げつけたい衝動を堪えながら口を開く。

「俺だってテメェみたいな味の良し悪しもわからなそうな奴に食わせたくねぇんだけど、椎名がうるせえから持ってきてやったんだよ」

「それはご苦労だったな」

「ああ本当に」

 今にも火花が散りそうな2人、それを途中でやめたのは零であった。

「いいから食え、ほら!」

 強引に青谷の手に焼きそばを持たせると、零は身を翻しめんどくせぇと愚痴を溢しながら、皆のいるテーブルへと戻ろうとする。

「おい!」

 その時不意に背後から声がかかる、零は後ろを向いたまま返事を返した。

「なんだ?」

「おめぇ、まさかあの程度で俺様に借り作ったと思ってねぇよな?」

「なんのことだよ?」

「しらばっくれんじゃねー、俺様が屑の不良に絡まれてたときだよ」

「あーあれか、別に・・・テメェに借り作ったところでどうせ返ってこねぇだろ?」

 真意のついた答えに、青谷は一瞬だが言葉を失った。

「・・・じゃあ、なんで」

「はぁ? お前、頭いいんだろ? んなこともわかんねーのか?」

 少しこばかにした口調に青谷は眉を寄せるも、怒鳴りはしなかった。

「うるせぇ、早く言え」

「簡単なことだろ、お前があのまま喧嘩をかってたら、他の班員に迷惑がかかるからな、いっそ俺が一発で伸したほうが手っ取り早いと思っただけの話だよ、事実、お前が言う屑どもは、黙っただろ?」

 淡々と零は言うが、それは無謀と言う言葉がもっとも合うであろう、そのことに気が付いた青谷は口を開く。

「けど、それで周りが煽られていたら、お前はどうする気だったんだ?」

「・・・ま、そん時はそん時さ、1人残らずぶっ倒してたな」

 その言葉に繕いも何も無かった、零の言葉を聞いた青谷は直ぐにそれがわかった、奴らが手を出したら、間違いなく、やられている。

「お前、いったい何者だよ? あんなに喧嘩がつえー奴、お前が初めてだな」

「上には上がいるってことさ、テメェもいつまでも意地張ってないで、さっさと素直になったらどうだ?」

 心を見透かされたような言葉が零の口から出たとき、青谷は零の後姿から目線を外した。

「どういうことだ」

「さあな、わかってることを教えるほど俺は暇じゃねーんだよ、あと1人渡してこなきゃならねー奴がいっからな」

 零はそう言い、さっさと戻って行ってしまった、残った青谷は軽く鼻を鳴らすと、零に渡された焼きそばを口に運んだ。

「・・・わるくはねぇな」

 青谷は再び焼きそばを口に運んだのだった。




―――その後。

「飯だ、食え」

 面倒くさいように零は見暮の目の前に焼きそばを突き出した、キャンプ場から少しはなれた川の辺で零は見暮を見つけ、声をかけたのだ。

「いらない」

「いいから食えっての、渡さないと俺らが食えないんだよ」

「はぁ?」

 見暮はわからないとでも言いたげに片眉を上げる、と入っても彼女の眉はほとんど無いに等しいのだが。

「椎名だよ、お前もわかるだろ? あの少し頭のねじが外れかかってる女だよ、あいつが五月蝿くてな、だから食え」

「意味わかんないし、あたしなんてほっといて先食べてれば?」

「お前さ、人の話聞いてるか? 食えねーから困ってんだっての!」

「もー、うるさい! ほっといてよ!」

 見暮はそう言うと立ち上がり、さっさとその場から立ち去ろうとする、それをよしとしない零は見暮の腕を掴む。

「逃がすかよ、食え!」

「離してよっ! この変態!」

「うっせー、お前になんと思われようが俺には何のダメージもねぇ」

 零は見暮の言葉をなんてこと無いように受け止める。

「だいたい、何で食わねーんだよ? 腹減ってないわけがないだろうが」

「今ダイエット中なの、だからいらない」

 見暮は零をキッと睨むと吐き捨てるように言った、それを聞いた零は目を丸くする。

「お前・・・馬鹿じゃねーの?」

「は?」

「この歳でダイエットとか、体壊すぞ?」

「あんたなんかに心配される筋合いなんて無いでしょ?」

「女は理解できねー、今日は倒れるほど歩いたんだから食っても足りねーくらいだろうが」

「うっさい!」

 零の掴む腕を振り切ると、暫く歩いたところで再び座り込んだ、零は呆れたようにため息をつくと、再び見暮に近づく、それに気づいた彼女は零を睨み付けた、だが。

「わーったよ、別にお前のやってることに口出すつもりはねーよ、ただ、渡してこないと俺らが食えねーから、ここに置いておくぞ」

 零はそう言うと、安定した石の上に紙皿を置いてその近くに箸を沿えた、そして零はクルリと後ろを向き口々に文句を言いながら離れて行ってしまった。

 1人残った見暮は彼が置いていった焼きそばを見る、途端、恥ずかしいくらいの大きな音がお腹から響き、見暮は顔を赤くする。

「フン!」

 見暮はプィと横を向き、焼きそばから目を離し、地面に視線を落としたのだった。




―――キャンプ場にて

「おほいですよ、へいくん!」

 口をもごもごさせながらテーブルに戻ってきた零に声をかける。

「なあ、1つ質問していいか?」

「ふぁい、どうほ」

「何で食ってんだよ!」

 零はテーブルを強く叩く、上に乗っていた紙コップが少しだけ宙に浮き、柊と栗歌は少しヒヤリとする。

「ふぁっへ、へいくんおほいんへふもん」

「なんて言ってっかわかんねーんだけど!」

 低い声で怒りを露にしながら零は椎名に詰め寄ると、ゴクリと口の中のものを飲み込む。

「零君が遅いのがいけないんですよー」

「あのよ、誰が俺にあの2人に飯もって行かせたんだよ!」

「私ですよ」

 ニコリと無邪気に椎名は笑いながら言った、この莫迦莫迦しいやり取りに零の怒りも次第に冷めてきた。

(そうだ、コイツ、馬鹿だった)

「もーいい! ったく・・・」

 零は簡素な木製の椅子を引き、座ろうとした、その時柊と栗歌が同時に声をあげる。

「「ダメ! その椅子!」」

 だが、その言葉を聞いたと同時に零は椅子に腰を下ろしていた。

「は?」

 その時、先ほどまで見えていた景色が急に90度変わった、正面にいた柊の姿は視界の下に移動し見えなくなる、変わって見えたものは夕闇に落ち始めた綺麗な夕焼け空と、風に揺れる沢山の木の葉。

 その後零の背には鈍い痛みが走る。

「おい、どーなってやがる」

 余りのことに呆然としている零に柊が駆け寄り、事情を説明する。

「椅子が1つ足りなくて、椎名さんが即席で作ったんだ・・・薪で」

 横目で椎名を睨む。

「テメェ、先に言いやがれ!」

「うまく出来たと思ったんですが、零君やっぱり重いんですね」

「む、無理があると、フフッ!」

 口元に手を置き栗歌は必死に笑いを堪える、その証拠に頬は真っ赤に染まり、目には涙が微かに光っている、それよりも今回は零の怒りが頂点に達しつつある。

「くっだんねー!」

 歯を食いしばり吹き出そうな怒りを抑えながら零は静かにそう言ったのだった。

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