じゅういちわ―――知らねーよ
「やっと帰れるぜ」
バスに揺られながら零は呟く、キャンプも無事終わり、今は帰路につき始めたころ、テントの中では心地よく眠れなかった者も多いのであろう、バスの中には半分以上の生徒が既に寝息を立てている。
「僕、腰が痛いよ、テントの床におっきな石があってさ」
老人のように腰を叩きながら柊は言う。
「俺はどっかの小説根暗のいびきの所為で寝不足だ」
零は大きく欠伸をする、すると。
「うるせー、テメェの寝相の悪さでこっちが寝不足だっての!」
前の席から身を乗り出した青谷が零に指をさす、彼の目は寝不足の所為もあってか少し充血している、要するに、零の寝相の悪さのほうが青谷のいびきを上回った、といいことである。
「あー、寝てたから覚えてねーな」
「寝てんじゃねーか! 何が寝不足だコラァ!」
「うっせー、寝不足なら突っかかってこないで寝てろ」
席の肘掛に頬杖をつきながら面倒くさそうに零は言った。
「誰の所為でこうなったと思ってんだよ」
歯を食いしばりながら青谷は元の席の戻る。
(実際、僕も朱雀君の寝相の悪さには驚いたけどね・・・)
口には出さないが柊は零を横目でチラリと見る、するとその視線に気がついた零は柊に目を向ける。
「何だ柊?」
「え? いや・・・た、楽しかったなーって思ってさ」
それを聞いた零は鼻を鳴らす。
「そうか? 俺は疲れたけどな、後ろで寝てる椎名に勝手に班長にされて」
後ろで寝ている椎名を指差しながら零は言った。
「でも、朱雀君も楽しかったでしょ?」
「さーな、よくわからねー」
「そう? 僕は楽しかったなー、初めてだったからさ・・・」
「あ? 初めて? 中学の時、こういう行事あったんじゃねーの?」
「あったにはあったけど、僕、そんなに打ち解けられる性格じゃないから、いつも独りぼっちだったんだ」
柊は少し表情を伏せる、だが直ぐに顔を上げると、零に笑いかける。
「だからね、朱雀君に班に入れてもらったときはすっごく嬉しかった」
柊の笑顔を見た零は少し微笑む、つられた笑っただけかもしれないが、自然と頬が緩んだのだ。
「そうかよ」
「そういえば朱雀君、中学の時ってどうだったの?」
突然の質問に零は柊のほうに顔を向ける。
「は? どうって?」
「朱雀君は友達作れそうだからさ、中学のときもこう言う行事は楽しかったんじゃないかなーって思って」
「・・・さあな」
零は柊から目線を外し窓の方に視線を移しながらそう言った。
「え?」
「知らねーよ」
「そう・・・」
零はそれだけ言うと、それ以上は一言も話をせず、ただ過ぎ去る景色を見つめているだけであった。
―――家への帰り道にて
駅から零が出てくると聞き覚えのある声がした。
「よお、ゼロ! 遠足は楽しかったか?」
ニカリと笑いながら蔵野は手に持つ缶コーヒーを零に向かって投げた、それを零はなんてことのように片手で掴むと、プルトップを開ける。
「遠足じゃねーよ、キャンプだキャンプ」
「細かいなー、どっちでもいいじゃねー」
「遠足はガキが行くのだろうが。キャンプは老若男女だ」
「まー、いいや、そんなことより、そのキャンプはどうだったんだ?」
からかう様に目を弧を描くように曲げ、白い歯を見せて笑う。
「あ? 疲れた」
「・・・それだけ?」
面白いことを期待していたのか蔵野はなんだーと肩を落とす、それを見た零は少し詳細を混ぜることした。
「勝手に班長にされたり、焼きそば作るのを邪魔されたりしたよ、その所為でかなり疲れた、満足か?」
「誰に?」
「あ? 誰にって・・・誰でもいいだろうが」
それを聞いた蔵野はチッチッチ、人差し指をメトロノームの用に左右に振る。
「甘いですよ、ゼロ君、君の事を班長にしたり、妨害するということは、何の武器も無いままライオンと一騎打ちするようなものだろ? と言うことはその相手は女だな? 誰だ?」
獲物を追い詰めた肉食動物のように目を光らせる蔵野突然の攻撃に零は言葉に詰まる、徐々に距離を詰める蔵野に零は言い放った。
「うっせー! だっ、誰でもいいだろうが! 俺はもう疲れたから、帰るぞ」
「フッフッフ、ゼロよ、逃げれるものなら逃げてみよ」
「今ここで屍にすれば逃げるもクソもないけどな」
零は握りこぶしを蔵野に見せる。
「やめてくれよー、俺はまだこの年で死にたくないぜ」
「アホ、じゃーな」
零はそれだけ言うと曲がり角を曲がった、その後姿を蔵野は見つめていた。
「疲れたねぇ〜? 詰まらなかったじゃなくてよかったな、ゼロ」
親友はそう口ずさんだのだった。